すべては創業者の瞑想体験から始まった〜シリコンバレー発ウェルビーイングで最も成功した2200億円スタートアップ秘話
はじめまして!
大学院入学のため渡米、そのまま米国シリコンバレーにてキャリアを積み、米国Yahoo!のバイス・プレジデント、ベンチャーキャピタルなどの経験を経て、現在は、シリコンバレー拠点の日米クロスボーダーの投資及び事業開発の会社、アンバー・ブリッジ・パートナーズを経営しています。これまで一貫して日米間ビジネスの橋渡しの仕事に従事してきましたが、これからも日本と世界、スタートアップと大企業、テクノロジーとビジネスなど、様々な分野でどんどん橋渡しをし、Win-Winな共創を仕掛けていきますのでよろしくお願いします!
日経COMEMOを通して、米国シリコンバレーより、ウェルビーイング・テクノロジーを中心に、テクノロジートレンド、ESGなど、ホットな話題、興味ある分野の情報を発信していきたいと思います。
私が、ウェルビーイング・テクノロジーに興味を持ち始めたのは数年前、世界最大のウェルビーイング・テクノロジーのエコシステムである非営利団体、Transformative Techが主催するカンファレンスに出席してからです(Transformative Techについての詳細は別途シェアさせていただきます)。昨年からTransformative Techの顧問に就任し、その活動を通して多くのウェルビーイング・テクノロジーの起業家と出会う機会があります。3月25日の日経新聞紙面+オンラインで紹介された、企業価値評価額2200億円のスタートアップ「Calm」の創業者、マイケル・アクトン・スミスもそのひとりで、創業にまつわる話を伺いましたが、とても印象に残るものでした。
瞑想アプリ「Calm」の誕生秘話
2012年創業、英国発のスタートアップであるCalmはスマートフォンのアプリを使った瞑想の指導や快眠のための読み聞かせを提供しています。実は、このサービスは、創業者であるスミス氏の実体験から始まったのです。スミス氏は、くしゃっとした髪の毛にジーンズといういでたち、近所のお兄ちゃん的な気さくな雰囲気で話しやすく、大きな目をくりくりさせながら、ユーモアを交えながら語ってくださいました。
不眠症を瞑想で治癒したことがきっかけ
連続起業家であり、たまごっちの大ファンであったスミス氏は、子供向けゲームのスタートアップを英国にて経営していました。一時は順調で「次のディズニー」と称されるほどの人気を称した会社の経営が急速に傾き、約200名の従業員を解雇することを余儀なくされました。眠れない日々が続き、疲弊し、酷い頭痛に悩まされ、薬に頼っていたスミス氏に、見かねた友人(後に共同創業者)が瞑想を薦めましたが、スミス氏は「そんな宗教臭いこと・・・」としばらく見向きもしなかったそう。とはいえ、友人からの熱心な薦めもあり、他に対処法も見つからなかったことから重い腰をあげて瞑想についてリサーチをした結果、「瞑想はニューロサイエンス(脳神経科学)と深く関わりがあり、科学的に効果が証明されている」ということが判明しました。宗教的だと思っていた瞑想の効果が科学的に証明されていることに驚いたスミス氏は、とりあえず10分間だけ瞑想をしてみることにしました。そして、10分間瞑想をだましだまし続けるうちに、心身のバランスが戻り、深い睡眠を取ることが出来るようになったといいます。その効果を実感したスミス氏は、「エンターテイメント・ブランドは明日になると人々忘れられてしまうかもしれない。この先何世紀にも渡って人々の生活を豊かにすることのできるブランドを創るべきではないか?そのために、自分たちの仕事人生をかけてみるべきではないか?」と考え、Calmのプロダクト開発に取り組み始めます。とはいえ、決して順調な滑り出しではなく、資金調達の壁にぶつかります。
英国を離れ、シリコンバレーへ
Calmのサービスを本格的に開始しましたが、上手くいかず、運転資金は底をつきました。英国のVC、エンジェル投資家と回れるところはすべて回り尽くしましたが、「瞑想なんて、そんな宗教くさいこと」と最初から毛嫌いする人、「市場が小さすぎる」「カルト的だ」「誰も瞑想アプリにお金を払おうとはしない」と否定する人々ばかりで、資金調達は無残に失敗。意気消沈するスミス氏は、「シリコンバレーに行けば、瞑想の良さとビジネスの可能性を理解してくれる人がきっといるはず」という言葉に背中を押され、片道切符の気持ちで飛行機に飛び乗りました。とはいえ、シリコンバレーでもCalmの良さを理解してくれる投資家はごくわずか。とにかく利益を出すこと」を優先して、ベットルームが一つしかない小さなアパートで10名の社員が必死に働き、2016年にはようやく収支とんとんとなりました。
人々の”メンタル・フィトネス”をサポート
シリコンバレーはオープンなカルチャーとはいえ、瞑想に偏見を持つ人々はまだまだいました。そのため、瞑想を全面に出すことを控え、「メンタル・フィットネスをサポート」とマーケティング・ピッチを変えたことがターニング・ポイントとなり、瞑想に対する偏見を克服し、多くの支持を集めるようになります。
コロナ禍で更に急成長
コロナ禍により、心の健康、ウェルビーイングへの注目が高まると同時に、Calmのダウンロード数も飛躍的に伸びました。これには、これまでB2C向けのサービスだったものが、企業に採用されることによるB2Bビジネスが成長していることとも大きく貢献しています。その結果、Calmは企業パートナーシップを倍増させ、$75 million (約80億円)の資金調達に成功し、企業評価価値は2200億円に達しました。創業者自らの経験と思いから創業されたCalm。ウェルビーイングへの注目が高まる今、どのように業界を牽引していくのか注目しています。
最後に、「私自身に向けられた言葉なのかしら」とはっとさせられ、とても印象に残ったスミス氏の言葉をシェアします。
「まず、自分のことを大切にしよう。僕も、起業家として、常に従業員がしっかり仕事をしているかを気にし、メトリックス(数字)に囚われがちなのだけど・・・。でもね、ビジネスにとって一番大切なのは、他でもなく”自分自身”なんだ。仮に、自分が幸せで健康でなければ、いろんなことが脆く崩れていってしまうんだよね。」