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医療人材育成のAI活用はこれからも加速度的に進む

ヒト依存の技術をAIで再現する

機械学習(ディープ・ラーニング)のブームが起きてから10年弱が経ち、AI技術の活用はハードルが大きく下がってきた。Chat GPTに代表される、エンジニアではなくとも、誰でも使える生成AIの登場は象徴的だ。それと同時に、AI技術を活用したサービスの開発もコストが大幅に引き下げられ得ている。そこから、さまざまなスタートアップが立ち上がっている。
特に、医療関連のスタートアップはAI技術で大きな変革が起きる余地が大きい。日経新聞の記事でも、医療現場DXのスタートアップ事例が紹介されている。

医師の熟達と経験学習

医療業界は医師や看護師の熟練で成り立つ部分が多く、属人的な要素を数多く持つ。身近な例でいえば、健康診断で注射を打たれるときにも、熟練者と新人で大きな違いを体感したことがある人は少なくないだろう。そのため、医療従事者の熟練は、心理学者にとってポピュラーな研究関心でもある。

例えば、熟達者の研究で有名な経験学習理論でも、医療従事者の熟練に着目した研究は多い。日本で有名な研究成果として、青山学院大学の松尾 睦教授の著書『医療プロフェッショナルの経験学習』に詳しく解説がされている。

熟達研究で良く知られるものとして、いわゆる『10年ルール』がある。フロリダ州立大学教授のアンダース・エリクソンによるものがよく知られ、様々な領域の実証研究を通して「熟達者になるには10年の年月が必要である」という。加えて、エリクソンは経験の質にも言及しており、「よく考えられた練習」を積んできたかが重要になる。「よく考えられた練習」とは、①課題が適度に難しく、明確であること、②実行した結果についてフィードバックがあること、③何度も繰り返すことができ、誤りを修正する機会が組み込まれていること、という特徴を持つ。
また、UCバークレー校のドレイファス兄弟による熟達プロセス理論(『ドレイファス理論』)も著名だ。初心者が熟達者になるまでを5段階(初心者、見習い、一人前、中堅、熟達者)に分け、それぞれの段階でスキルを獲得することで熟達する。
これらをまとめると、熟達のためには初心者から熟達者に至る5段階で、「よく考えられた練習」を積み続け、10年たってようやく熟練の域に至るということになる。

医療現場だけでなく、一般のビジネスの現場においても、「よく考えられた練習」を積む機会を得ることの難しさは想像に難くない。特に、医療現場では「③何度も繰り返すことができ、誤りを修正する機会が組み込まれていること」をどう確保するか、非常に困難だ。

そこでAI技術が生きてくる。AI技術は、熟達者のスキルを学習し、医師を支援してくれる。それによって、「よく考えられた練習」を提供してくれる。

テクノロジーで医師の技術力は上がる

医師の熟練を支援するテクノロジーはAIだけではない。例えば、株式会社クロスメディカルが提供する術前シミュレーターや臓器モデルは「③何度も繰り返すことができ、誤りを修正する機会が組み込まれていること」を支援するテクノロジーだ。
特に、稀少な事例や重大な病状について、熟練していない医師が経験を積むことは難しい。しかし、テクノロジーで再現することで、医師は訓練を就くことができる。
一時期、インドの医師と看護師が欧州で非常に人気が高く、労働市場で激しい競争が行われていた。これは、インドの人口の多さと健康寿命の短さから、医師と看護師の経験値が豊富で、熟達が進んでいたためだ。尚且つ、インドの知識階層は英語が堪能で、即戦力として欧州の医療現場で重宝された。経験は医療従事者にとって自らの価値を高める重要な要素だ。
テクノロジーを活用し、人材育成することで、10年かかるとされた熟達は短縮化できるかもしれない。医療人材を支援するテクノロジーの活用は、今後も加速度的に進んでいくだろう。


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