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キャリアには「計画」などいらない。「コンパス」があればいい

キャリアは「計画された偶然」

5年前に時間を巻き戻してみてください。今これを書いているのは2023年の2月なので、ここでは2018年の2月を5年前としてみます。そのときの、向こう5年間の人生計画はどのようなものだったでしょうか? 私は計画と言えるほどのものは持ち合わせていなかったのですが、いくつかちょっとした夢がありました。そのうち1つは8割方実現したように思われます。1つはまた途上で実現していません。1つはもう夢ではなくなりました。今思えば、なんでそんな事が夢だったのだろう? という感じです。

大方実現した夢やまだ途上の夢のほうも、その見え方は5年前からは様変わりしています。その間悲喜こもごもありながら5つ年を重ね、自分を取り巻く人とその関係が微妙に変化し、自分自身の考え方も変わりました。社会も激変しました。Chat GPTの登場はまだしも、5年前にコロナやウクライナ戦争を予想できた人は、少なくとも身の回りには一人もいなかったはずです。5年前の自分に何か一言だけ声をかけられるとしたら、きっとこうなるでしょう。「5年後は悪くないよ。でも、今からは予想もつかないことになってるよ」。

今から5年後、ましてや10年後はどうなっているでしょうか。その「予想がつかない」度合いは、増してこそいれど減っていることはないでしょう。このような時代に、人生やキャリアの「計画」を立てることに、一体どれくらいの意味があるでしょうか。私は以前から、「キャリアは計画された偶然である」とする「プランドハプンスタンス理論」を支持しています。スタンフォード大学の心理学者、クランボルツ教授が提唱した理論で、多くの成功者は自身のキャリアを「大半は偶然だった」と回顧する、という事実を裏付けています。この考え方は、先の見えない現代において、より一層説得力を増しているように思われます。

Ikigaiとは「好きで」「得意で」「求められ」「見返りがある」こと

「プランドハプンスタンス理論」はキャリアの偶発性を説きますが、それでは将来に備えて何もやらなくてもいい、という考えではもちろんありません。「偶然」や「幸運」が遊び回る運動場をなるべく広く保つために、好奇心や柔軟性、ポジティブ思考や粘り強さを磨くことが大事だと主張します。私はこれに加えて、毎日偶然の結果目の前に配られるいくつかのカードから、1枚を選び取るためのキャリアの指針が必要だと考えています。これをここではキャリアの「羅針盤(コンパス)」と呼びましょう。

ではそのコンパスとなり得るものは、具体的には何なのでしょうか? ヒントになるのはIkigaiという考え方です。これを教えてくれたのは、イタリアに住むイギリス人の友人でした。イタリアに住むイギリス人から、元々は日本語である「生きがい」について教わるとは、これぞまさに予想もつかない人生の偶然です。ZOOMで雑談する中で、最近自己啓発(セルフヘルプ)の本を出版したんだよ、と近況報告したところ、あの”IKIGAI”みたいにベストセラーになると良いね、と友人は言うのです。

The Japanese Secret to a Long and Happy Life (日本人が幸せで長生きである秘密)という副題が付けられたその本は、実際には日本人が書いた本ではなく、エクトル・ガルシア氏と、フランセスク・ミラージェス氏という二人のスペイン人の共著でした。ガルシア氏はサブカル系の日本文化から、ミラージェス氏はワビサビなどの伝統文化から日本に興味を持ち、この「生きがい」とう概念に共通の関心を覚えたようです。

両氏は大量の文献を読み漁り、沖縄の離島に滞在してフィールド調査を行い、この「生きがい」という概念を言語化しました。好きなことで、得意なことで、人から必要とされ、見返りが得られること。これが「Ikigai」だと。これは、私たち日本人が意識できていなかった、素晴らしい「生きがい」の言語化ではないでしょうか。「プランドハプンスタンス理論」に従えば、キャリアは偶然の産物です。ただ、私達は、いくつか提示される偶然のカードから、一つを意思をもって選び取ることができます。そんな選択の指針として、私たち日本人は、Ikigaiという生きる知恵をすでに持っていたのです。

どんなベクトル(方向性)の変化を起こすか? 

好きなことで、得意なことで、人から必要とされ、見返りが得られること。この最後の「見返りが得られること」というのは、英語では”What you can be paid for(それによって支払いが得られること)”と表現されています。「お金になること」と訳さなかったのは、「孫の面倒を見るのが生きがい」などというとき、得られる見返りは必ずしもお金ではないからです。

見返りとは平たくいうと「お返し」という意味ですが、何に対してのお返しなのかというと、自分が生み出した価値です。つまり、「見返りが得られること」をもう少し本質に向けて掘り下げると、「価値を生み出せること」と言い換えられます。「価値」とはいかにも堅苦しい表現なので、ここでは「前向きな変化を生み出せること」とさらに平たく言い換えてみます。ここでいう変化は、自分自身の変化ではなく、自分が何か(誰か)を変えた、という「世の中の変化」です。例えばiPhoneはコミュニケーションとエンタメとメディアを大きく「変化」させました。

すると、加えて考える必要が出てくるのは、「自分はどんな(前向きな)変化を起こしていきたいのか」という問題です。このとき、起こした変化の大きさは見返りの大きさに繋がります。起こした変化が世界規模であれば、その見返り(≒お金)も世界規模になるでしょう。変化が歴史的な規模であれば、見返りも歴史的な規模になります。iPhoneが起こした変化の見返りが膨大なものであることは、誰もがよく知るところです。このように考えたとき、まずはどのくらいの「規模の」変化を目指すのか? というのが「キャリアコンパス」の総仕上げとして必要な観点です。

それ以上に重要なのは、どのようなベクトルの(方向性の)変化を目指すのか? という観点です。地球を、社会を、会社を、自分の周り半径10メートルを(ここまでは規模の話)、「よりクリエイティブな世界に」変化させるのか「より優しい世界に」変化させるのか。それは「より猫が生きやすい世界」なのかもしれません。あるいは「より子供が個性を発揮できる世界」なのかもしれません。ここには自分の価値観が100%反映されて然るべきです。

価値観とは「何度もそこに戻ってくる心のホーム」

価値観などと言われると、そんな大層なものは持ち合わせていない、と感じるかもしれません。私もそうです。その場合、価値観とは、「何年もかけてぐるぐると思考を巡らせても、結局はそこに戻ってくる、あるいはそこにいる時間が結局一番長い心のホーム」と考えてみるのはどうでしょうか。

「ここ数年時代の潮流にあわせて力んでみたり力を抜いてみたりしてきたけど、どのタイミングでも考えていたのは結局◯◯のことなんだよな」。そんな領域があれば、そこが心のホームだと考えます。それを拠り所に、自分が世界に起こしていきたいのはこういう変化なのではないか、というベクトルを設定するのです。

最後にこれまでの話をまとめると、以下の通りです。

  • キャリアは偶然の賜物。しかし、偶然を広げたり、いくつかある偶然の一つを自ら選びとることはできる。

  • その偶然を選び取る基準=キャリアの羅針盤(コンパス)。キャリアには「計画」ではなく、この意味での「コンパス」こそが必要。

  • コンパス=Ikigai=好きで、得意で、必要とされ、世の中に前向きな変化を起こせること

そして、そのコンパスを具体的にどうつくるか? というポイントに関しては、ワークシート形式で質問にしてみましょう。

  • 自分が「好きで」「得意で」「必要とされ」「世の中に前向きな変化を起こせること」は何か?

  • 自分が変化を起こしたい「世の中」とは、どのくらいの規模なのか? 歴史的な規模なのか? 半径10メートルなのか?

  • ぐるぐる回る思考が結局はいつもそこにもどってくる、そこにいる時間が一番長い「心のホーム」とはどこか? それを拠り所にした、自分が世の中に起こしたい変化のベクトル(方向性)とは何か?

この質問への答えは、はっきりと揺るぎないものである必要はありません。また、歳を重ねるごとに微妙に変化したり、曖昧だったところが明確になったりする結果、この先ずっと上書きされて続けていくべきものです。

ですから、今の時点で明確なものである必要はありません。

また人の目を気にして、クールに誂えたり、体裁を整える必要もありません。

キャリアのコンパスは、ひっそりと自分だけが解るように、心の内ポケットに忍ばせておけばいいのです。

おわり

<お願い>

noteを気に入っていただけたら、ぜひ書籍もご覧になってみてください!

マーケターのように生きろ: 「あなたが必要だ」と言われ続ける人の思考と行動

<参考文献>

IKIGAI — The Japanese Secret to a Long Happy Life — Book Review

Krumboltz's theory

文化は戦略にまさる VUCA時代の企業経営:日本経済新聞

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#NIKKEI



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