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Spotify史上最大のヒット曲「drivers license」から「バズ」への偏見を反証する

Olivia Rodrigoという新人アーティストの「drivers license」という曲をご存知でしょうか。2021に入ってから、TikTokをはじめとしたSNSではこの曲が世界の中心かと思ってしまうほど話題が沸騰しており、これからもそのPR方法は多方面で分析されることが予想できる。アーティストや楽曲の魅力自体は上の記事で紹介されていますが、ここでは「TikTokでバズる曲に対する一般的な偏見」を取り上げていきます。

今やTikTokを開けば、3つに1つくらいはdrivers license関連のものが流れてくるし、リアルの世界はさておき、ネットで生活してるようなZ世代はほとんどみんな知ってるようなカルチャー的出来事になりました。この細かい社会的な文脈までが見えないと、ヒットの全貌がわからないというのがまた面白い。世界的な音楽のトレンドやアプリ自体に詳しくない人たちがSNSで掲げる非本質的な「成功方式」に惑わされてしまう業界人やアーティストが増加していることは、残念ながら事実です。他業界でのマーケティングと同じように、音楽も社会的な背景や世代観による影響を大いに受けます。

「drivers license」の主な記録
・全米全英シングル・チャート初登場1位
・全世界46か国のApple Musicで1位 / 30か国のSpotifyで1位
・女性アーティストとして史上最多の週間グローバル・ストリーミング数
・Spotify Globalデイリー再生数歴代1位(*クリスマス曲を含めると3位)
・Spotify Global週間再生数歴代1位
・Spotify史上最速で1億再生突破(8日間)

偏見1)バズ目的で曲を作らなければならない

Drakeの「Toosie Slide」やYung Gravyの「oops!」のように明確にTikTokヒットを狙って作られた曲が注目を集めがちだが、実際にTikTokで長期間にわたってサウンドとして使われ、さらにはSpotifyなどでもリスナーやファンを集める楽曲は「狙って」バズを起こしていないものが大多数だ。

オリビアはそこまで有名なアーティストではなく、曲のプロモーションも全く画期的ではなかった。それでもここまで伸びたのは、「聴けば誰でも感動する凄さ」が曲自体にあって、Z世代が好む「リアルな失恋ソング」のえげつない痛々しさが描き出されていたから。そして、その曲自体の良さを理解し、若者たちの音楽との接し方をしっかりリスペクトしたカルチャーが形成されているから。

「drivers license」のプロデューサーであるDan Nigroはコナン・グレイの「Maniac」や「Heather」も担当しているが、こちらもTikTokで予想外の大ヒットを起こし、コナン・グレイを超有名アーティストまで押し上げる要因となった。TikTokをきっかけにロングヒットを得られるような楽曲は、やはり根底に共通しているのは「音楽としてのクオリティの高さ」と「リスナーに対する誠意」。楽曲だけを聞いてもアーティスト本人のストーリーや音楽に対するリスペクトが感じられるようなものでないと、TikTokで数字を伸ばしたところで長期的に見た際にアーティストには還元されません。

偏見2)TikTokでバズる曲はサビから始まり、短い

日本と英語圏TikTokで大きな差があることは事実ですが、一般的には曲の長さと頭サビの有無は「バズ」にはそれほど関係ありません。逆に、明確に「バズ」だけを狙って作られた曲は一つの作品としての完成度を上げる必要が少ないため、「バズる」部分のサビだけに重点を置き、楽曲の他の要素には手を抜く傾向が見られます。

実際「drivers license」の長さは4分2秒で、イントロは車の点滅音から始まります。そして、曲の山場として「バズ」のきっかけになったのはサビではなく、サビ前の高揚感を作る「ブリッジ」の部分です。

むしろサビだけが印象的な曲は「所詮TikTok用に作られた曲」としてネガティブなイメージが定着し、そのアーティストに対しても「陳腐な音楽性」という偏見が生まれかねません。SpotifyやTikTokの台頭によって平均的な楽曲の構成が変わりつつも、普遍的に「指示される」音楽の本質に変化はありません。

「SNSの影響で音楽が安っぽくなった」と嘆く人もいますが、それは瞬発的なリスナーの行動だけに焦点を当てたマーケティングの結果であり、アーティストやリスナーのあり方の変化ではありません。このような「バズ」の分析を行う際に社会的な意味や背景を理解しないままに表面的な数字や要因だけを追っていては、すぐに風化してしまう「商品」しか生まれなくなってしまいます。

偏見3)若者は「ノリが軽い曲」しか聴かない

「コロナで隔離している中で、テイラー・スウィフトは”自宅用の音楽”を制作した。家に閉じこもっていた人たちは、逃避的なストーリー性に重きを置いた音楽や、感情を中心に据えたメロディを渇望していたのだ。ここでは、ロドリーゴはそれを最も基本的な方法で実現している。アメリカのティーンにとって最も重要な瞬間が、パンデミックによって激しく中断された。彼らは経済的な不安定さを知りながら成長し、トランプ政権によって政治的にも目覚めた。そんな彼らは、恋愛、未来への夢、親子喧嘩など、小さな世界に収まるようなシンプルなバラードが必要だったのだ。

英語圏(アジアを含む)のTikTokでは大御所アーティストも多くTikTokで大真面目な投稿をしていて、決して「ふざけているコンテンツがウケる」というわけではありません。「drivers license」的なノリの曲を作るSSWがたくさんいる土壌の影響によって、この曲から「TikTokらしい」オーガニック感を感じるのも魅力です。

現実に基づいたストーリーのゴシップ性はZ世代はまさに「必要としていた」ワクワク感でしたが、さらに「悪者」のいない失恋ソングの共感性の高さも注目すべきポイントです。「悪役のいない青春映画」として「ブックスマート」が話題になりましたが、「drivers license」も同じ構図。片思いが成就しなかったことを誰かのせいにして恨むのではなく、自分の喪失感と向き合って愛しさを振り返る。テイラー・スウィフトやロードの日記のような歌詞を聴いて育った若者たちにとって、「drivers license」は非常にノスタルジックなのです。

さらに、この曲が広がった大きな理由の一つが「二次創作の作りやすさ」です。曲がリアルで共感できるからこそ、「失恋相手の視点」から作ったカバーや分析映像、Hozierの「Take Me to Church」やビリーアイリッシュの"Ocean Eyes”などとマッシュアップするアーティストも多数出てきました。

最後に

Z世代的な楽曲構成とサウンドによるインパクト、そしてパンデミック中にSNSを通して見ず知らずの人たちと「精神的な繋がり」を築いてきたZ世代たちの信頼を最大限活用することによって生まれたヒット曲。ギミックやハックなどの「騙し」に依存するのではなく、本来アーティストや音楽が持つ不思議な力を見出し、それを必要としているオーディエンスを見出したことがこの楽曲のマーケティングにおける最大の功績だと言えます。世間で軽はずみな音楽を作ることでTikTokでの一発ヒットを狙う人が増える中、誠実な音楽を作る人たちに対する信頼も同時に強くなっていく。加速化する社会においては音楽業界に限らず、様々な業界でも「誠意」と「信念」がますます重要になっていくと筆者は考えています。


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竹田ダニエル
記事を読んでくださりありがとうございます!いただけたサポートは、記事を書く際に参考しているNew York TimesやLA Times等の十数社のサブスクリプション費用にあてます。