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提言②:後編 地場産業をアップグレードするのではなく、アップデートする

「地方は何もない」からの脱却

首都圏から地方都市に移住してくると、ほぼ必ず言われることがある。「地方だから何もないでしょう?」確かに、東京の都市部は高層ビルが立ち並び、連日多くの人びとでひしめき合っている。その喧噪からは、地方都市の風景は程遠い。また、会社からの辞令で転勤してきた会社員にしてみると、縁もゆかりもない土地では何をどうしたら良いのかわからず「地方には何もない」と孤独感にさいなまれるだろう。

しかし、「何もない」というのは本当だろうか。それは、ただ楽しみ方が違うだけではなかろうか。多くの人が日常生活で行動するコンテンツは地方都市であっても満たされることが多い。今や、Amazonと楽天で大抵のものを買うことができ、カラオケや映画館などのアミューズメント施設も日本中にある。

逆に、地方にはあって首都圏にはないものも多い。最も大きな恩恵は、通勤負担の軽さだろう。公共交通機関の不便さはあるが、通勤ラッシュで毎日往復2~4時間も消耗することがない。対して美味しくもないチェーン店と同価格で、美味しい地の物を楽しむことができる。

前編で取り上げた、ジャパネットたかたの髙田氏が「佐世保にいれば、大好物の新鮮なイカも食べられます。広島にいれば、おいしいカキだって食べられるのに!」と言っているが、その通りだ。地方には何も無いのではなく、楽しみ方が都会とは違うだけだ。

しかし、残念なことに首都圏にはあって、地方には絶対的に足りないものがある。それは、「高付加価値」「高収入」「大規模な雇用」の3条件を満たす企業の存在だ。もちろん、このような企業が既にある地方都市もあるが、東海地方の自動車産業群など限定的だ。地方都市に不足しており、充足しなくてはならないものは、昨今注目されている、インバウンド観光客でもなければコールセンターの誘致でもなく、「高付加価値」「高収入」「大規模な雇用」を生み出す地元企業と言える。


地方で「高付加価値」「高収入」「大規模な雇用」は無謀か?

「高付加価値」「高収入」「大規模な雇用」を満たし、地方都市を代表する優良企業は、現在の日本国内にも数多く存在する。しかし、平成以降に誕生した若い企業に事例を絞ると、途端に数が減少する。ましてや、縮小する国内市場に依存せずに海外市場を主戦場とする、いわゆるボーン・グローバル(Born Global)企業となるとツチノコを探すような難しさである。

しかし、世界に目を向けると地方都市から世界市場で活躍を果たしている創業30年以内の若い企業が数多く存在する。2019年1月に本社をシンガポールに移転してしまったが、ダイソンは長年、本社をイギリスの小都市マルムズベリーに置いていた。また、スコットランドの小都市エロンを本拠とするユニコーン企業のブリュードッグは、現在、世界で最も勢いのあるクラフトビールの醸造所だ。

ジェームズ・ダイソンは、事業に成功するまで長い期間がかかったことが知られている。掃除機の開発を始めたのが1978年であり、1993年の創業まで15年の月日が経っている。それまでジェームズ・ダイソンは定職に就かず、掃除機の開発に全てを注いでおり、物価と生活費の高いロンドンなどの都市部で挑戦を続けることはできなかっただろう。事業化においても、マルムズベリーは産業革命以来の小規模工業の街であり、製造業を始めるには良い土地であった。

また、ブリュードッグも地方の強みを活かしたビジネスをしている。ブリュードッグの本社があるスコットランドはウィスキーに代表される世界的な酒どころとして知られる。しかし、スコットランドがビールの一大産地であることを知る人は少ないだろう。スコットランドにおけるビール造りの歴史は古く、およそ5000年前に起源を求めることができる。その後、20世紀末からは、スコットランドの良質なホップと豊富な水を活かし、クラフトビールの小規模醸造所が増えた。そのような中、クラウドファンディングを活用して2人の若者が始めたのがブリュードッグである。

ダイソンもブリュードッグも、突然、地方都市に綺羅星のごとく生まれたのではなく、もともと事業を始めるのに適した環境があった。ダイソンでは5,000を超える試作品を生み出すことができるイギリスの町工場の街があった。ブリュードッグでは、小規模醸造所が多数あり、美味しいビールを作ることのできる環境があった。そして、2つに共通してみられるのは、そのような環境において、これまでにはないまったく新しいモノを生み出そうとしたことだ。


地場産業をアップデートする

ダイソンは掃除機の概念を変え、ブリュードッグはビールビジネスの固定概念を破壊した。そして、都市の在り方まで変えてしまった。マルムズベリーは人口5,000人余しかいない小さな町だが、ダイソンの本社に勤務する従業員は1,600人もいる。ダイソンが成功する前の2001年の人口は凡そ2,600人しかおらず、ダイソンの成功で人口が倍増した。そして、2017年にはダイソンが設立・運営する大学まで開学している。

ブリュードッグはビールを生産するだけではなく、直営のパブ・チェーン経営やイベント企画によるエンターテインメント性を持たせたことで、ブリュードッグという新たな若者文化を作り、成功を収めている。これは、レッドブルに近しい事業戦略と言えるだろう。そして、スコットランドのアバディーンから、ブリュードッグの本社兼醸造所のあるエロンに向かう見学ツアーには、世界中からブリュードッグ・ファンが集まる観光名所ともなっている。

これらの企業の成功は、本社のある地方都市を活性化させ、企業の存在が都市の顔となっている。しかし、ダイソンやブリュードッグの成功に、地元企業や産業との協業や格別のサポートがあったという話は聞かない。ジェームズ・ダイソンが試作品を作り始めるとき、地元銀行から融資を受けたという話くらいだが、それも特殊な話ではない。既存のビジネスにはない、独自の事業を創り出すことに全力を注いだ結果の成功である。その結果、市場と顧客に「現代的な、新たなビジネス」として受け入れられた。

マルムズベリーはダイソンの街として、エロンはブリュードッグの街として、アップデートされた。こうやって活字にすると簡単に思える取り組みだが、実際の地方創生の現場で行うことは困難だ。多くの場合、地元産業と組み合わせ、なんとか延長線上で新しいものを生み出すことができないかと考えてします。既存のビジネスにはない、独自の事業を創り出そうという発想を持つことができないことがほとんどだ。

その結果として、よくみられる発想が「地場産業のアップグレード」である。アップデートとは、現代的なものへ上書きや置き換えてしまうことだ。それに対し、アップグレードは上位のものへ発展させる。

例えば、SaaSを導入して業務の効率化を図ろうとしたり、MaaSによって地域の公共交通機関を改善しようとする。これらの取り組み自体は悪いことではないが、「高付加価値」「高収入」「大規模な雇用」を満たし、地方都市の抱える問題に対して根本的な解決策とはなり得ない。加えて、多くの現場で「そんなものは求めていない」と無下にされてしまう。

アップデートに対して、アップグレードをするためには、どうしても既存産業のやり方を否定することになる。そこでは、より良いものへと変わるための痛みと上手く行くかどうかわからないリスクを追う必要が出てきてしまう。そして、最も重要なことは、アップグレードは「時代に乗り遅れてはいけない」という外圧に端を発することが多く、「嫌だが、やらされている」感が出てしまう。

それに対し、アップデートは変化に対する痛みやリスクが少なく、「変わらないといけない」という外圧も少ない。なにせ自分たちとは直接関係のないところで勝手に成功をおさめただけであり、痛みやリスクは成功者が勝手に追ってくれている。そして、その成功の波に乗るか乗らないかという選択権は自分にある。

地方を活性化させるためには、「高付加価値」「高収入」「大規模な雇用」を満たす新たな事業を興し、地方都市の産業をアップデートすることが重要だ。そして、新しい何かを生み出そうという挑戦者の背中を押し、支援や教育・啓蒙をしていくことが求められている。

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