みんな、そもそも生まれつきフリーランス。 ~ 日経のお題「フリーランスだからできること」に日経の切り抜きなどで答える。
「上に言ったんだよ。こいつらみたいな社内フリーランスは、マネージメントできないですよ、俺、って。」
入社してから3年目頃。新しく部長になった方に、そう言われたことがある。その頃、僕と同期の金井くんというデザイナーはいつもペアになって、自分の所属局以外の仕事をたくさんしていたから。
だから、ま、フリーランスについて語る資格は少しあるだろう。
そして、「フリーランス」の定義としては、個人事業主でなくてはならないようで、そうなると、正確に言えば、2020年4月末に会社を辞めて7月1日に会社を作るまでの2ヶ月間しか「正しい意味でのフリーランス」にはなったことがないのが、いまは、まだ僕の会社「Creative Project Base」は、1人の会社なのでフリーランスと呼ばれてもおかしくはないだろう。
だから、フリーランスについて語る資格はもう少しあるだろう。
さっきからフリーランス、フリーランスと行っているのは、日経新聞のnote、comemoのお題が「フリーランスだからできること」だから。これに日経の切り抜きやリンクなどを貼り付けながら、以下、返歌として書く。コレ↓。
会社を辞めてから10ヶ月。7月1日に会社を立ち上げて8ヶ月経つ。
「会社辞めてどうですか?」とよく聞かれるが、そのときには、こう2つ答えている。
「正直そんな変わんないです。」&「リアリティーを経験中です。」
後者の「リアリティー」から行くと、コレは辞めないとわからない。様々なことを想像はしていたけど、実感が伴って本当に勉強になる。
いろんな手続きにかかる手間と時間。自分の会社として法人口座を持つこと&事務所を契約すること。その口座で金銭をやりとりすること。経理、法律、そのプロセスの1つ1つの意味を、外に出て初めてわかったことがたくさんある。
また企業に属するが故に生じる様々な事務や会議から解放されると、どれくらいの時間が生み出せるかと言うこともわかった。
社会のリアリティーをわかってこそ、新たなサービスは生める。だから、勉強中。
前者の「変わんないです」については、元々のメンバーたちとも仕事してるし、仕事内容も、やりたいことも変わらないし、本当に変わらない。それは、多分人生でやりたいことを、そもそもやっていたからだと思う。
そう言う実感を色々と得つつ。
いま「フリーランスだからできること」について答え始めると。
こういう機会をもらうのはありがたいことで。フリーランスってどういう定義だっけ、どういう語源だっけ、なんて普通調べたりしない。
で、今回語源を初めて知った。
フリーランスの英語"freelance"は、 free(自由な)+ lance(槍)=「自由の槍」らしい。
面白い。
wikipediaによると、「まだ敵勢力と契約を交わしていない (英: free) 戦闘単位 (英: lance) を指す言葉として「freelance」が用いられるようになった。」
同時にwikipediaに書いてある、「派遣会社と契約している派遣社員は、派遣会社に属する従業員と見なされるため、フリーランサーではない。」みたいな現代の一文なんか、すっとばし、この語源に戻った方が、わかりやすい。
だって「フリーランスという言葉には、自営業・自由業・個人企業(合同会社、パパママ法人などと呼称される小規模事業者)等の複数の法制度が混在しているため、福利厚生や税制度が一律に提供できず、また実態を把握しにくいという社会的な課題がある。」みたいに、わかりにくいんだから。
自分の才能という武器(槍)を、あるべき姿で、生かす。
その時の戦(=プロジェクト)で。その時に惚れ込んだ組織で。
柔軟に。
さらに先に向かう前に、ここで日経の切り抜きを2つ紹介する。
3月5日の日経朝刊1面「春秋」の欄より、先日107歳で亡くなったアーティスト篠田桃紅さんのセリフ。
全文はこちら。
もう1つは、同じく3月5日の日経、「大機小機」のコラムよりタイトルを一言切り抜き。
2つ紹介したのは、フリーランス=自由な槍の語源に戻るなら。
どこに所属しようがすまいが、自分の武器を持つ人は、みんな「フリーランス」と呼んでいいんじゃないか。
と思ったからだ。
武器=才能やスキル。才能やスキルは、ずっと伸び続けていくものだろうから、僕は自分の仕事に対する「軸」を持っている人は、みんな「フリーランス」だと思う。やりたいことがある人。仕事や人生に対する哲学がある人。
それは、一人だろうが、大企業に属そうが、公務員だろうが、スタートアップだろうが、老舗企業だろうが。
精神的に、フリーランス。いや、そもそも、みんな生まれつき、どこにも所属していない、フリーランスのはずである。
人に強いられようが、強いられまいが、自分がやりたいこと、やるべきことがある。そんな人は、自由な槍。未来を切り開く、人々を助ける槍。篠田さんの切り抜きからはそんな力をもらえる。ポジティブな例。
しかし、世の中見渡すと、会社員という枠組みにガッツリ自分を縛ってしまって、槍じゃなくなっているシーンを、いろんな組織で、これでもかというくらい見てきた。
今の日本の戦力を落としているヤバイ問題の1つは、「会社員だから、、病」だと思う。下はそう言って自分の槍を錆びつかせ、上は上で「会社員なんだからさ(従え)と言う病」で、槍を仕舞わせる。
イノベーションとか起きる率はそれは低くのは当たり前だ。
後者の切り抜きはそういう流れの、自分の軸がないとこうなるという悪い例。これは特区の話だが、そういうの社内にも、たくさんないだろうか。あのプロジェクトどうなった?みたいなやつ。軸がない会社員がやってる場合は、特にこう言うの起こる。その率は高い。
時間がかかる。そのうち担当が異動する。引き継がれる。薄まる。そして、消える。
この日経からのお題は、フリーランスだからできること、だが、「フリーランスだとこう言うことできる、いいなあ」みたいな情報や議論がたくさんあっても、あんまり意味ない。
どんな場所で、どんなことをやってても、意味がある話でないと、「会社員は関係ないよね」「公務員だからそれはできないね」となってしまう。
そうではない。社内フリーランス。公務員フリーランス。などもありうる。自分の魂や軸まで、ずっと終身雇用させてはいけない。
社内でも、社外でも、個人的な話でも、大きな話でも、手伝って欲しい、助けて欲しい、力を貸して欲しいと言われて、すぐに駆けつけられる。そういう槍でなければ、プロではない。
どこにいようが「自由な槍」。そう言う人が増えてこそ、面白い日本になるはずである。
槍を錆び付かせてる暇はないよね。
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