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危機に陥った組織のオーセンティック・リーダーと倫理の両立はできるのか(ロシアから考える)

ロシアの「失われた30年」

24日から始まったロシアのウクライナ侵攻に対して、まずはどのような理由があったとしても戦争行為を容認すべきではないと強調したい。ウクライナには1日も早い平和が訪れるように強く祈っている。

そのうえで、紛争の当事者ではない人々は加害者と被害者の双方の言い分を同等に理解することが求められるだろう。組織行動論におけるコンフリクト(紛争)・マネジメントの基本だ。たとえ自分の感情や立場から許すことができないことであっても、冷静に双方の言い分を聞き、理解することができなければ問題の解決はできない。

今回の侵攻にあたって、プーチン大統領の演説をまとめると以下の通りだ。

・30年にわたってNATOが継続的に拡大しロシアの生死の脅威だ。
・隣接する領土にも対抗的な「反ロシア」が生まれている。
・ウクライナ政権によって8年間にわたり虐待やジェノサイド(集団虐殺)を受けてきた人々を保護する。
・ウクライナが軍事化とナチス化している。
・ロシアを含む一般市民に対して血なまぐさい罪を犯した者たちを裁く。
・直接攻撃をロシアに加えれば、核の使用を仄めかす。

なぜ、ロシアがここまで追い込まれた状態に陥っているのかは、テレ東BIZの解説動画がわかりやすい。日本も90年代以降を「失われた30年」と呼んでいるが、ロシアは日本以上に「失われた30年」だ。経済だけではなく、国際社会の地位も、安全保障も、なにもかもが停滞している。

つまり、ロシアの主張に耳をかすと、NATOをはじめとした西側諸国からの圧力によって危機的状況にあり、ウクライナの現状を見過ごすことは国家としての存亡にかかわると考えている。

優れたリーダーは「自分らしさ」を重視する

危機に陥ったときこそリーダーの本質が問われると言うが、長期政権を樹立しているリーダーが危機的状況で問題解決ができた試しは驚くほど少ない。

ロシアのウラジミール・プーチン大統領も、2000年の大統領就任以降、基本的には優れたリーダーシップを発揮してきた。たしかに、独裁的なところがあり、民主主義の価値観とはそぐわないところが数多くある。しかし、ソ連崩壊後のロシアで経済の再建で成果を出し、社会的混乱をはじめて鎮めた。原油価格の上昇を追い風に好景気を演出し、ロシアの生活水準を一気に引き上げることにも成功している。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの土田陽介研究員も、「非民主的でも優秀なリーダー」とプーチン大統領を評価している。

プーチン大統領をみていると「オーセンティック・リーダーシップ」という、ハーバード・ビジネススクール等のMBAで教えられているリーダーシップ理論を思い出させる。

「オーセンティック(authentic)」とは、本物の・確実な・真正なという意味の英単語であり、自分らしさを重視したリーダーシップだ。従来のリーダーシップ理論では、外部環境に柔軟に対応することが求められたり、優れたリーダーの行動特性を学習して模倣することが重要だと考えられてきた。しかし、オーセンティック・リーダーシップでは『自らの目標に情熱的に取り組み、自らの価値観をぶれることなく実践し、知識だけでなく感情の面から 人々を引っ張っていく(George et al. 2007)』。

オーセンティック・リーダーシップの特徴をまとめると以下の通りだ。

・自分の半生について理解する
・自己認識力を伸ばす
・信念と言える価値観を体現する
・外発的よりも内発的動機に注目する
・応援してくれる優秀なチームを作る
・仕事と私生活に一貫性があって堅実である
・十分な権限が与えられたリーダーを配置する

オーセンティック・リーダーシップの活用は難しい

優れたリーダーは、自分らしさを重視する。国内企業でも、トヨタの豊田章男社長は「モリゾウ」の相性でモータースポーツファンから慕われる稀有なリーダーだ。同じ自動車メーカーでは、スズキの鈴木修相談役も自身を「中小企業のおやじ」と称し、オーセンティックなリーダーだった。ほかにも、京セラの稲森和夫氏も日本電産の永守重信氏も「自分らしさ」が際立つ優れたリーダーだ。

しかし、オーセンティック・リーダーシップを先に挙げたリーダーたちの様に健全な状態で発揮し続けることは難しい。オーセンティック・リーダーシップは、運用を誤ると途端に独善的になり、利益よりも弊害が大きくなる。

ハーバード・ビジネス・レビュー誌に寄稿された論文をまとめた『オーセンティック・リーダーシップ』(ダイヤモンド社)をみると、全10章の中で6章がオーセンティック・リーダーシップの運用上の注意となっている。有用で新しいビジネスの概念を紹介するとき、多くの書籍ではほとんどの紙面を「如何にこの概念が素晴らしいのか」について説明することに割く。

しかし、ハーバード・ビジネス・レビュー誌では逆に「オーセンティック・リーダーシップの扱いが如何に難しいか」について多くの頁を割いている。それだけ、このリーダーシップを健全に運用することが困難であり、容易にネガティブな作用をもたらすリスクをはらんでいることがわかる。

特に、リーダーは常に多大なストレスにさらされ続ける。組織が大きくなり、責任が重くなるにつれて、ストレスも莫大なものとなる。一企業のリーダーでも抱えきれないほどのストレスを背負うのに、国家元首となるとその肩にかかるストレスは想像もできないほど大きなものとなるだろう。

国の存亡がかかるような重要な局面で意思決定を下さないといけないとき、常にリーダーは社会的な倫理観に従った決断ができるのだろうか。強力なオーセンティック・リーダーをトップに掲げる組織では、その周囲にいる応援団がリーダーが健全な意思決定を下すことができるように支援し続ける、質の高いフォロワーの存在が欠かせないものとなるだろう。


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