広告会社の息子が、商社の父とパワポで話してみた。
今年最後の日経COMEMO。
珍しく家族の話を書こうと思う。
これまで元妻や息子の話は書いたことがあるが、今日は別の家族。
父の話。
なんて書き出すと、亡くなったのかと思われそうだが、存命だ。
なんなら元気に毎日ジム通いをしている。
とは言え、今月で70歳を迎えた父は、3月でようやく仕事に一区切りをつけるようだ。
僕は父の仕事をほとんど知らない。
商社勤務で、日本にいないことが多かった父。海外転勤もあり、僕も幼少期はイラン、小学生時代はマレーシアに住んでいた。半年に1回程度の「一時帰国」という日本への旅行イベントが楽しみだったことを、よく覚えている。
そんな影響もあり、自分の就職活動では「日本の都会で働ける会社」という条件を付したくらいだ。当然、商社は検討から外れ、結果的に志望していた広告会社に就職した。
子どもの頃、父の仕事内容を聞いたことはあったかもしれない。
ただ覚えていないのは「聞いてもよくわからない仕事」だったからだろう。
そこで父の引退に際して
「なにか父の仕事がわかるものはないの?」
と聞いてみた。
すると送られてきたのは、20.2MB、70枚のパワポ資料だった。
父のパワポを見るのははじめてだった。
パワポを読んでいる時間は、父と話をしているようだった。
そして読み終わった時、父と僕、そして2つの業界の変化と共通点が見えてきた。
今日はそんな話。
■1歳でイラン・イラク戦争に巻き込まれる
送られてきたのは、父が母校で学生たちに授業をした際の資料だった。
そこには僕の知らない父の姿があった。
資料の冒頭は、父のプロフィール。
早稲田大学法学部を卒業後、三菱商事に入社。
入社後すぐにペルシャ語研修として、イランのテヘラン大學へと留学。その後、イラン、マレーシアなど海外勤務などを経て、キャリアの最後は常務として地球環境事業を担当していた(らしい)。
確かに僕は、1歳にしてイランにいた。1984年のイラン・イラク戦争に巻き込まれて帰国した(父は残った)、という話は子どもながらによく聞かされていたものだ。
父のパワポは、僕の記憶を辿る資料でもあった。
しかし父は、一体何をしにイランに赴任していたか。
それだけはずっと知らなかった。
資料を読み進めると、父の赴任は「商社」というビジネスモデルの変遷と大きく関係していたことがわかった。
■商社はもう貿易の会社じゃない?
(父の資料によると)90年代まで、商社のビジネスは「トレーディング」と呼ばれる貿易が主流で、利益の8割はこのトレーディングによって生み出されていた。
しかし専門卸売業者などの登場によって、商社ビジネスは冬の時代を迎える。
そして2000年以降、商社は収益モデルを大きく変化させた。
今やトレーディングによる利益は2割程度。利益の8割は別のビジネスから生み出されれている。
それが「事業投資」だ。
父の仕事は、そんな事業投資だった。
■商社という投資の会社
商社が扱う事業投資とは、大きなリスクを伴う長期プロジェクトだ。お金だけでなく、投資先の経営陣に人を送り込むなど、人的投資も伴う。また、国や政府との関係性も重要だ。
ハイリスクではあるが、この領域に踏み出したからこそ、商社は収益モデルの変革に成功。
父はそんな一端の担い手だった。
イラン赴任もマレーシアへの転勤も、こうした「商社の将来収益の柱」となり得る分野を特定するためだった。
そして40年間に及ぶ会社員生活の中で、父は環境・次世代エネルギー・水事業の3分野を投資先として特定。100件以上の役員審議案件を通し、数千億円の投資を実行した。
と偉そうに書いてみたが、息子である僕はそれをさっき知ったばかりだ。
子どもの頃、父の仕事を聞いてもその回答は大抵「鉄の仕事」「水の仕事」「エネルギーの仕事」など、理解に苦しむものばかり。
「商社の仕事ってなんか地味そうだな」
そう捉えた僕は父に相談することもなく、14年前、広告会社に就職した。
入社してから3年間は、毎日コンビニエンスストアのプロモーション企画。
冬のクリスマスケーキはどんなチラシにしようか。
春のお花見はどんなイベントをしようか。
夏のドリンクにはどんなオマケは何にしようか。
秋の映画は何とタイアップしようか。
父とは打って変わって、それはもう実に短期スパンで、具体的な仕事。
毎日文化祭の準備をしているような日々だった。
■広告会社の事業投資
日本の都会で
短期的に
派手なアウトプットがたくさんある仕事。
そんな視点で就職した広告会社。最初の3年こそ、イメージ通りの仕事をしていたが、父の商社と同じように、そのビジネスモデルはこの10年で変化しはじめている。
拠点は国内から海外へ。
メディアはマスメディアからデジタルメディアへ。
業態は広告業からコンサル業へ。
その中身は書きはじめたらキリがないが、その中でも注目トピックの1つになっているのが「事業投資」だ。
広告会社の投資といえばこれまで、映画やアニメなど、広告の延長にある短期的なコンテンツへの投資が多かった。しかし今、必要になっているのは長期的な視点での事業投資だ。
今、広告会社はどんな事業に出資するべきなのか。
そんな会話が新たに立ち上がった投資部門や、経営陣の中で繰り広げされている。父の100回や数千億円には遠く及ばないが、僕も社の投資委員会で役員たちにプレゼンして数千万円の投資に携わる機会が増えてきた。
コンビニのペットボトルにつけるオマケを考えていた時代が懐かしい。
そのくらい、ビジネスなんてわずか10年で変わってしまうということだ。
就職活動中の学生たちに伝えておきたい。
■変わるビジネス。変わらないスキル。
最後に少し余談を。
父の資料の後半。そのテーマは「伝えるとは?」だった。
実際の資料の一部がこちら。
父は、事業投資のプレゼン経験から「難しく複雑なことを、どう簡潔に伝えるか?」を学生たちに問いていたのだ。
それはまさに、僕が日頃のテーマとしていることだった。
なるほど。
全く違う時代に、全く違う商材を扱っていても、ビジネスパーソンとして必要な能力は変わらない。
仕事とはそういうものかもしれない。
あと親子って、やっぱり似てしまうものなのかもしれない。
サポートいただけたらグリーンラベルを買います。飲むと筆が進みます。