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DXが浸透したアメリカ社会の変化

CESに参加するためにアメリカに渡ったこの年初であったが、 CES の実施状況と同じかそれ以上に印象的だったのは、アメリカ社会が、この2年の間に大きく変わったのではないかと感じたことだ。 

日本では、掛け声だけは大きく聞かれるわりには日常生活の中でそれを感じることがまだまだ少なく感じるいわゆる DX が、アメリカの社会では日常的な生活の中に浸透・定着していると感じる場面がいくつもあった。

いくつか事例とともに紹介していきたい、

まず今回サンフランシスコについたところ、自分が乗り継ぐラスベガスまで行くフライトがキャンセルになっていた。 事前に、アメリカではオミクロン株感染拡大の影響もあり感染した職員が仕事を休まざるを得なくなったことから多くのフライトが欠航したり遅延が発生していることは事前に知っていた。 このためフライトのキャンセル自体はさして驚きがなかったが、驚いたのはその代替便の手配が全てオンラインで完了していたということである。

利用予定だったデルタ航空のアプリを開くと、予約していたフライトがキャンセルになったことの通知とともに、アラスカ航空に振り替えられ、以降はアラスカ航空のサイトで手続きをするように促すリンクが貼られていた。

リンク先に行くと、既に私の名前など搭乗に必要な情報はすでに登録されており、希望があれば指定されている座席を自分の好みの席に変更することとマイレージ会員番号を入力することを求められた(デルタ航空とアラスカ航空はアライアンスが異なるので、同じマイレージ番号ではマイルが貯められない)だけで、すぐに振替便のチェックインは終了した。あとは荷物をアラスカ航空のカウンターに行って預ければ良いだけ。結局、デルタ航空のカウンターには一切立ち寄る必要はなく、この振替が終了している。

これまでであれば、フライトがキャンセルになりそのための代替便の手配となると、混雑したカウンターに並んで係員とやり取りしながら手続きをしなければいけなかった。電話で、と思っても、たいてい混雑していてつながらないのが通例で、過去に大変な思いをしたことが何度かあるが、そうした手間は一切かからなかった。これは、フライトキャンセルに伴う顧客対応・体験が根本的に変わってしまったDXの事例の一つと考えてよいだろう。

この後に紹介する事例とも共通するのだが、こうして DX 化が進むことによって、人的対応が大幅に不要になった分だけ人件費が削減でき、また人的な対応が必要なポジションに集中的に人を振り向けることができるようになって、結果的に大きなコストをかけずにより良質のサービスを提供することが可能になっていると思われる。

実際に、デルタ航空は2020年の CES にも出展していたが、かなり大掛かりな IT 投資をし DX を推進することによって、乗客のトラベル体験を塗り替えている。 自分のスマートフォンに手荷物が積み込まれた通知が来たり、各乗客の個別のカテゴリー・ゾーンの搭乗開始の案内通知や、荷物が出てくる回転ベルトの番号の通知なども、全てスマートフォンがあればそこで知ることができるうえ、これらの情報はすべてパーソナライズされたものだ。わざわざ電話など口頭で知らされたいほどのものでもないが、プッシュ通知を受ければ自分で空港内のディスプレイやアナウンスで情報を探す必要もなく便利な情報。乗客のトラベル体験をDXしたもので、これらは「デジタルおもてなし」をまさに「カスタマージャーニー」の初めから終わりまでに沿って発明した、と言えるものと感じた。

こうしたDXを進める一方で、2020年にCESに行くため日本出発時からデルタ航空を利用した時の経験では、エコノミークラスのフライトであっても食器への盛り付けを個別に行なうなど人的なサービスについてもさせ、各席にアメニティやスリッパを提供するなど、デジタル面以外でも、これまでよりも充実させてきている。残念だが日本の航空会社と比較してもかなり進んだサービスを提供しているといえるだろう。これは私だけの印象ではないようで、今回アメリカ在住の知人と話した中でも、デルタ航空の利用体験は別格であるという点で意見が一致した。

こうした面だけでは判断できないが、デルタ航空の最新決算の赤字が大手3社の中では一番低く抑えられていたのも、こうした企業努力の一環が影響しているのかもしれない。

またサンフランシスコ空港に近いカジュアルなレストランに入った時、レストランのスタッフが注文を取りに来ることはなく、注文からチップを含む支払いまで、テーブルにあるQR コードで読み取ったサイトからオンラインで完結し、店のスタッフは食事を作ることと出来上がった食事を運ぶこと、そして食べ終わった食器類を下げることだけに従事していた。

テーブルの紙ナプキンケースにあるQRコードでメニューを選び、注文と支払いを行う

こうしたことは限られた労働力を有効に活用するとともに 、コストを抑えて
価格を安定させ、また同じ価格でありながら人的なサービスを充実させるためにリソースを割くことができることを物語っている。

特に、新型コロナウイルスが流行している現在においては、このように従来人がやっていたことをデジタルを通じて行うことによって、対面による感染の可能性を低下させているという点で大きなベネフィットになっていると言えるのではないだろうか。

同時に、高まる人件費上昇圧力に対し、価格に転嫁するか人件費を抑えるか、の選択において、人的対応を可能な範囲で減らしながら、顧客の利便や(感染可能性の抑制という)安心を高められるのであれば、価格上昇を抑えられることとも相まって、人を減らすDXは消費者の支持も期待できるのだろう。


ラスベガスではモノレール券売機も多くがNFCかQRコードを利用したモバイル化が進み、現金で物理的なチケットを買える券売機は大幅に減少。券売機の設置(更新)コストとメンテナンスのコスト削減につながっていると思われる。

これは前回2020年のCESに参加するためにアメリカに渡航した時にはさほど強く感じなかったことであるが、この2年の間にそれがはっきりと感じ取られるほどに、一般的な社会生活のさまざまな局面に浸透したのだと感じた。

日本は「おもてなし」の国であるという自負があるが、人的なおもてなしはもちろんのこと、こうしたデジタルを活用したおもてなしのあり方について、アメリカに学ぶべき部分が大きくなっているのではないか。自負が邪魔をし慢心して他国の動向を無視したり、素直に受け止めることが出来なくなるのだとしたら、それは非常に危険なことである(そして日本は過去に同様の失敗を一度ならずしたことに思い当たるところがあるはずだ)。

今は、なかなか自由に海外渡航する状況ではないため、海外の動向、とりわけこうした日々の生活の中で起きている事象を体感的に把握することは、非常に難しいのが現状である。しかし世の中は確実に変化しており、この点で2年前と同じ認識でいることは、大きく変化しつつある世界の動きに日本が取り残されてしまうという危機感を強く持った。 

昨今話題となっているメタバースも、こうした社会のいわゆる DX 化が進んでいった延長線上に、連続してつながっている部分があるのだとすれば、日本ではこうした DX の段階を飛ばしていきなりメタバース の世界に突入せざるを得ないことになり、それがうまく社会に定着することになるのかどうか、という点の懸念はぬぐえない。

新型コロナウイルス対応を考える時に、感染防止や感染した人のケアが優先か、あるいは経済が優先かという二者択一の議論になりがちであるが、私たちの社会生活を維持していくためには両者ともに重要であり、そのバランスを考えながら対応していく必要がある。

これについては、正解があるわけではなく各国ともに難しい選択をしながら対応しているが、前者を優先した対応を取りがちであるわが国であるからこそ、世界の社会の変化に対してはより高くアンテナを張っておかないと、コロナがおさまった時に浦島太郎のような状態になってしまっていると、今度は経済的に立ち直れなくなってしまう恐れもある。

対応策として、例えばアメリカをはじめ海外に駐在員を置いている企業であれば、意識的にこうした日常生活の変化も含めて駐在員からの情報をとり、各国の社会がどのように動いているかについて継続的に理解しておく方法が考えられる。こうして得た情報をもとに、自社の DX のあり方を、いたずらにバズワードやトレンドとされるものを追うのではなく、地に足のついたものとして構築し、それを自社の経営全体に反映していくことが急務であると思う。

なおこの話題に関してはケータイジャーナリスト・石川温さんのラジオ番組「石川温のスマホNo.1メディア」でもお話しさせて頂いた。既に放送は終了しているがPodcastも提供されているので、ご関心あれば下記のリンクから、2022/1/20放送の第382回をお聴き頂ければ幸いである。


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