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『ジェンダーもやもやワークショップ』に参加して改めて思った「みんなでダイバーシティ醸成」意識と「ややこしい努力」

お疲れさまです。メタバースクリエイターズ若宮です。

昨日、『ジェンダーもやもやワークショップ』というのに参加してきたのですが、これがとても面白かったのと、改めて思った「みんなでダイバーシティ醸成」という考え方について書きたいと思います。


『ジェンダーもやもや発見カード』と『ジェンダーもやもやワークショップ』

『ジェンダーもやもやワークショップ』というのは、お友達がやられているGenXross Kawasakiさんという団体が開発したワークショップです

「GenXross」というのは川崎市民有志が集まって設立された、世代 (Generation) を超えてジェンダー平等 (Gender Equality) や人権について考えようとさまざまな活動をされている市民団体なのですが、今回、川崎市の男女共同参画センターと協力し、『ジェンダーもやもや発見カード』とそれをつかったワークショップを開発したとのこと。

カードの開発も市民と一緒にされていて、ジェンダーに関する様々な問題を皆で話し合って「もやもや」を出してもらったり、子供たちに「もやもや虫」を工作してもらい、それをデザイナーさんがカードにして、親しみやすいデザインに仕上げています。


昨日のイベントはこの『ジェンダーもやもや発見カード』完成お披露目会、ということで、GenXross Kawasakiのトークの後、カードをつかった『ジェンダーもやもやワークショップ』を体験させてもらいました。


ワークショップでは、カードを1枚ずつ、3枚選んでひとりずつ感じているもやもやや実体験について話していくのですが、カードを使って話し合いをすることで、とても意見が出やすくなります。

例えば、僕が選んだカードはこんなかんじ。

実は僕は、ここ2年くらい、配偶者を呼ぶ時の言い方についてどうもしっくり来なくて「もやもや」しています。「旦那さん」や「ご主人」「奥さん」という言葉を自然に使ってしまいがちですが、こうした家父長制的な価値観を前提にした物言いはやや時代遅れな感じがして、かといって「パートナー」や「配偶者」というのもちょっと文語的というか意識高そうでどうもしっくりこず、、、どうやって呼ぶべきか迷っていたのでそんな話をしました。


同じグループの他の方からは避妊の話も出ました。男性にだけ避妊を任せていいのか、という話ですね。女性自身が自分を守る知識と手段を持つことが大事だと思うのですが、緊急避妊薬のことがなかなか進まなかったり「性の乱れ」につながる、みたいな変な議論になったりもしていて、そうした問題意識が話されました。

それからとくに僕らの世代だと、男性への性教育が圧倒的に足りていなくて、性のことについてちゃんと知ってちゃんと考える機会があまりなく、エロ本やAVみたいなのだけが「悪いお手本」になってしまっていることとか。


このワークショップのいいところは、「もやもや」というキーワードがあることで、どっちが正しいとか間違っているとかでなく、様々な意見が出てくることです。ジェンダーやダイバーシティに関する話題では、このような議論が大切だと感じました。


「課題認識のない人」をどう巻き込んでいくか?

最後のカードは目をつぶって選ぶのですが、そうするとあまり自分が関心をもっていなかったようなことも改めて考えることになり、「そういえばこれも…」とアンコンシャス・バイアスに気づくきっかけになります。

GenXross Kawasakiさんではこのカードとワークショップを、企業の研修や、学校や幼稚園、保育園などの教育現場にも届けていく予定だそうで、これもとても大事だと思います。


というのも、こうしたワークショップやセミナーってどうしても「課題認識をすでに持っている人」にしか参加されにくいところがあります。集まった方はすでに意識が高いので、「うんうんそうだよね」となるのですが、問題はそうした意識や認識を持っていない人たちをどう巻き込んでいくか、なのですよね…。

「休日にわざわざワークショップに参加しないような人たち」にどう届けていくか。その意味でもある程度、企業などが全社員向けの研修というような感じでこうしたワークショップを取り入れ啓蒙・啓発していくのが望ましいかも知れません。

そしてそのために、すでに課題認識をもっている「休日にわざわざワークショップに参加する人たち」がまずはリーダーやハブになって、社内や周りの人たちを巻き込み、気付きの機会を増やしていくのが理想かなとは思います。


それと、僕が選んだ中には「フェミニズムは女の物」というカードもあったのですが、これも僕がちょっとモヤモヤしていることの一つです。僕自身もジェンダーに関する発信をしているのでよく「フェミニストなんですね」と言われるのですが、僕は自分を「フェミニスト」ではないと思っています。「フェミニズム」という活動を決して否定するものではないのですが…どちらか一方の「イズム」というのが個人的にどうしても苦手で…


現状ジェンダーについては女性の方が不利なことがあまりに多く偏っているので、それを是正するために「femina(ラテン語で女性)」側を応援する、というのは(少なくとも一時的には)絶対的に必要です。しかしそれは本質的には「女性だけのため」ではないはずですし、どこまでも女性が優先されるべきというのもちょっとおかしいかも…?とは感じることもあります。
(たとえば国際ジェンダーギャップレポートGGGRには評価項目に「健康寿命Healthy life expectancy, years」というのがあるのですが「女性/男性 (females-to-males ratio)」」で測られるため、日本は1.039で女性の方が寿命が長いにもかかわらず「69位」になっていたりします。これを上げようと思うと男性に対して女性だけが長生きしないとだめで、ちょっとミスリードですよね…)


今回のワークショップでは参加者の男女比が自然に半々くらいでそれがとても素晴らしかったのですが、実際ワークショップ終了後の今日の参加者の感想でも、ジェンダーやフェミニズムについて学ぶ会というと、「おじさん」が参加したら否定されそうで男性が参加しづらいという意見もありました。

僕自身がジェンダーやダイバーシティの依頼をいただく時もやっぱり女性ばかりのことが多かったりするので、男性も参加しやすい会の設計も大事かもと思っています。

とはいってもこれは女性側におじさんの気持ちを斟酌してください、という意味ではありません。そうではなくて、ダイバーシティの話は「みんなの生きづらさを解決していくもの」なはずなので、女性の権利をおじさんから取り戻す、ということにとどまらず、「みんなで知恵を出し合ってダイバーシティを醸成する」という空気がつくれるとよいのかなあとも思います。



どこまで気にすべき?まずは気づいたことを自分が変えてみよう

帰宅後、早速家族でジェンダーもやもや発見カードを試してみました。いろんな話が出まして、例えば、子供たちからは「彼氏や彼女がいるの?」と聞かれることにちょっとモヤモヤするという意見も出ました。異性愛だけを前提にするのもおかしいし、2次元の推しや恋愛って物理だけでもないでしょ、と。うんうん。

また、「配偶者の呼び方」や「彼氏彼女」に関して、どこまで表現を気にするべきか?という話にもなりました。表現に対してあれもこれもダメ出しされると、何も言えなくなってしまったり、ダイバーシティで生きづらさを解消しようとしているはずなのに、逆に息苦しくなってしまうかもしれません。


たとえば、昔は問題視されなかった表現が、今では炎上しやすくなっています。何でもかんでも「炎上」する社会ってたしかに息苦しいな、と思うこともあります。


ただ、表現に関して僕は「言葉狩り」はよくないと思いますが、僕は気づきや違和感を感じた人がを自分でどう表現するか考えることは大切だと思っています。


「前はよかったのにこれもダメなの?息苦しい」という思うこともたしかにあるかもしれませんが、それって自分が社会的マジョリティだからかもしれません。マジョリティや強者の側は、違和感を感じたり困らなかったので気づかない。

たとえば昔のお笑いではいわゆるこう同性愛者の方とかを笑いのネタにしていたりしました。それが痛くないとか辛くないのは自分がマジョリティでいるからというところもあって、当時も性的マイノリティの方たちが笑いにされていることに傷ついたり辛さを我慢していたりとかっていうこともあったわけですよね。その表現で誰かが苦しんでいるかもしれないということに気づいた時に、自分たちが困らないから変えなくていい、とはやっぱりならないのかなと。


ただこれはマナーとかと一緒で、「正義」として他の人にも当然に求めすぎるものでもないのかなと思ったりもします。気づいたらまず自分が表現を変えたり提案していって、それで他の人もそうだね、それいいね、となって変えていけるといいのかなと。


今回の『ジェンダーもやもやワークショップ』でも「もやもや」という言葉がついていますが、これまで気にしていなかったことを考えるというのは、ちょっと負荷があるし、葛藤も起こります

ブレイディみかこさんの『僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー』という本にこんあシーンが出てきます。

「でも、多様性っていいことなんでしょ?学校でそう教わったけど。」
「うん」
「じゃあ、どうして多様性があるとややこしくなるの?」
「多様性ってやつは物事をややこしくするし、喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃないほうが楽よ」
「楽じゃないものがどうしていいの?」
「楽ばっかりしてると、無知になるから
(中略)
多様性はうんざりするほど大変だし、めんどくさいけど、無知をへらすからいいことなんだと母ちゃんは思う」

そう、多様性はややこしい。

ややこしいし、答えがないけれど、だからこそ「ややこしい努力」が必要であり、こうした対話の機会やプロセスが重要なのかなと、改めて思った次第です。


『ジェンダーもやもや発見カード』や『ジェンダーもやもやワークショップ』とてもおすすめです。自分の所属する企業などでワークショップをしてみたい、という方はいつでもお繋ぎしますのでご連絡くださいませませ!

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