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学ばない日本 ― 日本が失ったこと(下)

営業時代は毎晩お客さまと会食していた。1晩で3組のお客さまと3回夕食をとったこともある。話題は殆んど一緒。池永ロボットがいたらと思った。週末の土曜・日曜はゴルフ。早朝に家を出て、ゴルフをして食事して、夜中に帰った。ゴルフのない週末はイベント・展示会・見学会。ひたすら車で移動していた。こんなことばかりしていたら、「あほになるのとちがうか」とも思った。昭和・平成の営業だった。
企画時代は、早朝に家を出て終電で帰った。中期計画・単年度計画・予算と諸々の戦略策定の資料をつくった。いつも社内の誰かと打ち合わせや会議をして、上司や先輩に相談して、詳しそうな人に訊き、関連資料を調べ、資料をつくり、説明用のPowerPointをつくり、根回しのために幹部をめぐって資料説明を繰り返す。ご意見を聴くたびに微調整する。昭和・平成のスタッフ・ワークだった。
「24時間、戦えますか」CMそのものだった。起きている子供に会うことがなかなかできなかった。“会社が人生”と思っていた。会社での生活が“生き甲斐”だと思っていた。仕事中毒、ワーカホリックと周りからいわれても、それなりに充実していると信じていた。しかし本当は内も外も見えてなかった。

令和に入り、コロナ禍となった。毎晩の会食・週末のゴルフがなくなった。一日中オフィスにいるという生活がなくなり、テレワークが増え、家で家族とすごす時間が大半となった。「自分時間」が増えた。コロナが収束してもコロナ禍前には戻らない。

コロナ禍後、日本はどうなっていくのかを考えるなか、「折角」「まさか」「便乗」という言葉が浮かんだ。この言葉を通して、日本の現代社会の本相と課題を観た。コロナ禍のなか、大きく変わろうとする社会の現場で「日本人が失ったこと」の所在を考えている。

1.日本人は勤勉なのか?

配送センターで荷物の仕分けの仕事をしているタイの人から訊いた―― 仕分けするうえで、日本の地名をきちんと理解していないといけない。日本に来て漢字を勉強しはじめた。ボクは昼休みも日本の地名を勉強しているのに、同僚のみんなは昼寝をしたりゲームをしたりしている。仕事の終わりのチャイムが鳴ったら、みんなはすぐに帰る。ボクはちゃんと仕事ができるようにと、家に帰ってからも地名や漢字の勉強をした。ずっと勉強しつづけてきたから、ボクが職場で一番地名が分かるようになった。すると職場のみんながボクに教えてくれと訊いてくるようになった。訊かれるたびにボクの手がとまって仕事が進まなくなるので、社長にそのことを言ったら、ごめんねといってくれたけど、それからも日本人はなんどもボクに訊きにくる。どうして日本人は勉強しないのですか?

日本人は、勉強しなくなった。勉強は高校で大学まで“一所懸命”にしたからもういい。会社に入ったら、社会に入ったら、“勉強”しなくていい。その“勉強”していたという高校入試・大学入試のための受験勉強のスタイルは昔と大きく変わった。とても効率的な勉強法で、分からない漢字や単語や英語があればスマホで調べる。辞書で調べる時間は勿体ない。スマホならすぐ答えがでてくる。調べたい単語だけわかればいい。寄り道はしない。
たとえば「源氏物語」の原本は読まない。平安時代の日本語は外国語のようだし、長い本だからなかなか読み進まない。だけど漫画ならば楽しく簡単に読める。歴史もそう。漫画で読んで勉強する。それで、原本を読んだような気になる。読破した気になる。YouTubeを観たら、ベストセラーの本を15分、30分で話してくれる。スマホで、自由自在に“勉強”できる。1次情報に触れず、2次情報・3次情報をつないで、問題を解く。その方が簡単に早く答えにたどりつける。受験はいかに最少の時間で、いかに効率的に、最大の成果を得られるかという“テクニック”競争となった。その方法論は、社会人になってもつづく。

2.スマホで騙る日本人

満員電車のなかで折り畳んだ日経新聞を器用に読む社会人がカッコよかった。その車内のいまは、スマホが主流となった。電子ニュースを読んでいるのかと思いきや、ゲームをしている人が多い。子どもだけではない、学生も、社会人も、高齢者もスマホでゲームをしている。

オフィスのなかも、会議室のなかも、スマホが主流。分からないこと、気になることがあったら、スマホ。議論が煮詰まったら、スマホ。なんでもかんでも、“すぐに答え”がわかる。仕上げも、スマホ。企業人だけではない。

有識者といわれる“大学の先生”たちも、スマホ。”先生”方がスマホで検索して堀りだした言葉が会議室を飛び交う。さも原書・原本を読んで、自らの頭で考え、導き出したかのように騙(かた)る。それが正しいのか正しくないのかは調べない。人に訊かない。現地を訪ねない。言葉と言葉を数珠繋ぎしてストーリー化して騙(かた)る。不文律がある。“質問はしてはいけない”。それを騙る人はわかっていない。質問されたら答えられない。だから質問をしてはいけない。こうして日本は弱くなった。弱くなったのは必然。自ら調べないから、自ら考えないから。

3.めんどくさいと言う日本人

図3

飲食店向けにも“クックパッド”のような料理サイトがあるんですが、そのレシピでつくったら必ず失敗する。美味しくない。競合店をつぶすために、そんな嘘の情報を流している同業者がいます。プロの料理人がそのサイトに頼ろうとする自体が問題ですが…」と語るのが大阪船場の日本料理店主。

料理をつくりあげる工程には「めんどくさい」ことが一杯ある。日本料理の真髄といえば、出汁。昆布やまぐろ・鰹節などを煮出して出汁をとるというプロセスを「出汁の素」のような調味料で代替することで、調理の手順を減らせるとともにプロ級の味がうみだせる。

図1

めんどくさいプロセスが減らせて、便利になる、作る時間が短縮できる。十分の一どころか百分の一にもなる。コストダウンができる。ストレスを解消できる。いいことだらけと思うが、大切なことが失われた。

図2

この変化の構図が近年に頻発する金融機関をはじめとする情報システムによる現場の混乱の一因。その本質はなにか。当初は自分たちができていたことやしていたことをITにさせた。それが、自分たちができないことやしたことがないことをITにしてもらうようになった。ITによって人々にとってのプロセスが減って、全体が見えなくなり、一歩ずつプロセスを踏み、それぞれを習得して、レベルアップして力をつけていくという

“成熟”がなくなった。

「手間はかけています。毎朝毎晩“手数”の積み重ねです。料理は1年間ずっと同じではありません。食材によって、季節によって、お客さまによって変わります。調味料のレベルは格段にあがりました。私たちの手数をかけた味と似た味はつくられるようになりましたが、私たちが店でお客さまにお出しする料理の味とはちがっています。
似ていますが、ちがいます。ひとつひとつのちがいは微妙かもしれませんが、全体としては圧倒的な差になっています。その差があるからこそ、お客さまが私たちの店に足をお運びいただけるのだと思っています。お客さまに“美味しい”と言っていただけるため、お越しになられるお客さまを“想像”して、気の遠くなるほどの手数をかけるのがプロだと思っています」と語るのが大阪船場の日本料理店主。

4.そんなん、意味ないのとちがうかという日本人

そんな一所懸命する人たち、努力する人たちに

そこまでせんでも、ええのとちゃうか。
そんなん、意味ないのとちゃうか。

というようになった。そう言うだけならまだしも、嗤(わら)う。相手を馬鹿にして、嘲(あざけ)りわらう。もっと言えば

ディスる。

頑張っている人を否定する、批判する、けなす、侮辱する、軽蔑する。ネット前だったらその影響は限定的だったが、ネット後の影響は広範囲で破壊的である。何か標的を見つけ、だれかがディスりだすと、それがトリガーになって、みんなが便乗してディスる。相手の状況を知りもせず、完膚なきほど否定する。自分と同じ境遇・立場であると思っていたのに、自分が到底できないことをしている人への嫉妬が本質で、徹底的にディスる。これはおかしいこうじゃないと批判しても、なにも残らないのに、ディスり、炎上させる。批判するのだったら、“こうする” “ああする”というのが物の道理だが、SNSは

“言いっぱなし”で、言った人は居なくなる。
“言いっぱなした言葉”だけが残る。

5.人を褒めなくなった日本人

「1つの実績をあげるよりも、1つの堕落を出してしまう方がダメージが大きい」という社会定義がある。信頼は、一夜できるものではない。長年にわたって築きあげてきた信頼・信用が、一夜どころか一瞬の不注意で失ってしまう。これも真理である。

自分にとって棚にあげ、この人は悪い、ずるい、おかしいことをしているという事件をつくりだし、相手にダメージを与える。そのつくりだされた”物語”がネットで拡散していく。自分がそういう状況に陥ってしまうことをみんな、怖れるようになった。

中国人の友人はこういった。「悪いところは、だれにだってある。日本人はささいなことばかりを論(あげつら)うようになった。その人の素晴らしいことに目を向けなくなって、称賛・称揚しないようになった」

そういう面が増えた。日本人はディスることが増えた反面、人のことを、すごいと

褒めなくなった。

褒めないどころか、たった1回の失敗を徹底的に叩く。2度と立ち上がれないくらい集中砲火を浴びせる環境が簡単につくりだされるようになり

やり直なくなった。
やり直なくなった。

かつてよく聴いた「七転び八起き」の物語が日常的に聞かれなくなった。失敗しても、そのたびに立ちあがり、また努力して、再起したという物語が社会から減った。会社のなかでの“敗者”復活の物語が減った。「一回こけたら、二度と立ち上がれない」といつからか日本人は思うようになった。

6.学ばなくなった日本人

刻苦精励、奮闘努力・粉骨砕身・一所懸命。そんな頑張っている姿は流行らない、カッコ悪い、スマートじゃないという時代の空気となった。だから何かを始めるが、

すぐあきらめる。
すぐ違うことをしようとする。
しんどいことはしない。

楽なやり方が別にあるはず。もっと近道があるはず。みんなよりもっと良い世界があるはず。現状に満足できず、次々と新しいものを手に入れようと

「青い鳥」を求めつづける。

ちょっと頑張って、大きな成果を手にしたい。しんどいのは嫌。だから

学ばなくなった。

「日本がこんなに弱くなったのはなぜか」を日本史を勉強している中国の友人と議論した。
         日本はエリートをエリートとして
         あがめなくなったからではないか。


と彼は言った。日本人はいつからか、ものすごく勉強できる人を素晴らしいと褒めなくなった。あの家は金があるからよい学校に行けた、近所のことはなにもしないで勉強ばかりさせたからよい成績がとれたとか言って、その子のことをすごいと褒めない。

東京大学の世界大学ランキングが大きく下がっていることに日本人は口をつぐむ。シンガポール大学や北京大学などが上位になっていること、欧米の有名大学への留学生が日本人以外のアジア人が多いこと、彼らがクラスの上位の成績をあげていることを言わない。その人たちが社会に出てビジネスで活躍していることを言わない。

にもかかわらず、「勉強ばかりしている人はだめだ」という風潮が日本にできている。かつての日本人はそうではなかった。江戸時代も明治・大正・昭和の戦前もそうではなかった。たとえば旧制高校の帝大受験の語学科目は3ヶ国語(英語とドイツ語は必須)だった。数学は超高等数学だった。文理科の区別がなくスーパーエリートを巻成していた。勉強ばかりして人間性を失ったといったりするが、当時の政治家・企業家・技術者・医学者・文化人など日本社会の支配層の多くは帝大出身で、すこぶる人格者だった。

それが”ゆとり教育”につながる戦後教育で、漫然と平均的な人を大量につくり、圧倒的スーパーエリートを意図的につくらなかった。社会・経済基盤全体を高めていくために平均点をあげることはだれも否定しない。しかし社会の革新的イノベーションをリードする「スーパーエリート」が必要である。科学知識もない、数学もできない、語学力もない、教養もなく、「アイデアだけ」の人がビジネスをたちあげて、うまくいくわけない。

日本においていちばん大切なのは「これだ」ということが置き去られている。会社・大学・家庭でいちばん大切な事柄をささえている「これ」が、ここまで「なおざり」にするのかというくらいにレベルダウンしてしまっている。日本人が失った最大の「これ」とは

一生、学びつづけることをしなくなったこと。

高校や大学までの勉強も「資格取得」的な受験勉強でなく、実社会につづく学び、社会人となってからも一生成長しつづける学びがなくなった。今流行の学び直し・リスキリングやリカレント教育といった過去を否定して、これから頑張るという学びではない。一生つながりつづけて、ずっと学びつづけるのだ。

世阿弥は「風姿風伝」で、有名な「初心忘るべからず」の前提として「年来稽古」といった。80歳の晩年に至るまで「花」として咲きつづける稽古、年齢に応じた稽古の大切さを口伝した。
秘伝二刀流兵法の開祖・剣術家の宮本武蔵は「五輪書」で、兵法・剣術の日常の稽古にとどまらず、弓・相撲・乗馬・歌・花・将棋などの「諸芸・諸能」を一生習得しつづけて、全人的な教養を身につけよと書いた。

世阿弥は一芸を追求して年来稽古、宮本武蔵は多種多様の稽古を一生続けることの大切さを伝えた。私たち日本人が失った最大の「これ」とは、「生涯稽古」ではないだろうか。




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