自民総裁選の論点「若い世代の社会保険料負担」をどう考えるか
いま行われている自民党総裁選に立候補している河野太郎デジタル相は、政策の一つとして「現役世代の社会保険料の負担を減らす」ことを掲げています。
社会保険とは、保険料を支払うことで、病気や高齢、介護、失業、労働災害などのリスクに備えるための公的保険制度です。
医療保険、年金保険、介護保険、雇用保険、労災保険の5つがあり、会社に勤めている人は、毎月の給料からこれらの保険に必要な「社会保険料」が天引きされています。何となく、給与明細でその名前を見たことがある方も多いと思います。
このうち、医療保険の中でも、主に大きな企業に勤めている人が支払う「健康保険料」が、この15年ほどで年間10万円以上増えていることをご存知でしょうか。
天引きされる「健康保険料」大幅に増えているのはなぜ?
大きな企業に勤める人が主に加入する「健康保険組合」の場合、1人あたりの年間の平均保険料は、2008年度は年間38万6038円でした。それが2022年度は、49万8366円と10万円以上増えています。
健康保険料は労使で折半するので、働く人の負担増は半分の5万円程度ですが、それでも家計には痛い出費です。
なぜ、増えているのでしょうか。実は健康保険に集められたお金のおよそ4割は、高齢者医療への「拠出金」、つまりお年寄りの医療費のために使われています。
「拠出金」その仕組みとは
この「拠出金」の仕組み、ちょっと詳しくご解説します。
日本では、すべての人が公的な医療保険に加入することになっています。この医療保険ですが、1つの組織によって運営されているわけではありません。
・健康保険組合 ※働く人が多い大企業に勤める人が加入
・全国健康保険協会(協会けんぽ) ※中小企業などに勤める人が加入
・国民健康保険(国保) ※フリーランスや自営業者などが加入
このようなタイプに分かれるいろいろな団体が、パッチワークのようにつなぎ合わさることで、国民全員が医療保険に加入できるようカバーしているんです。
いっぽうで75歳以上の人は、全く違う枠組みに加入しています。それが「後期高齢者医療制度」というもので、それまでどんな保険に加入していたかにかかわらず、75歳になるとこの制度に入ります。
この制度に入った人は、現役世代より低い自己負担で医療を受けられるようになります。現役世代は、医療費のうち3割を自分で負担する必要がありますが、後期高齢者医療制度の場合は1割の負担ですみます(現役世代並みの収入の人は3割)。
75歳以上の人は、病気になりやすくなる一方で収入は少なくなります。そこで、収入が多く病気になりにくい現役世代から「拠出金」という形で支援を受けることで、低い保険料と自己負担で医療を受けられるようにしているのです(注)。
そもそも、この制度ができた2008年の段階では、大企業などで作る健康保険組合の多くは黒字経営でした。そこで、余裕がある健康保険組合などから支援を行うことで、お年寄りが安心して医療を受けられるようにしよう、という考えがありました。
ただ、高齢化が進む日本では、負担を担う現役世代が減り、支援される高齢世代が増えていきます。このままでは現役世代の負担がどんどん増えてしまい、制度が立ち行かなくなるのは明らかです。
医療費の抑制に失敗、限界を迎えつつある制度
そこで制度の導入と同時に「メタボ健診(特定健康診査)」が始まりました。2008年当時、約1400万人とされた「メタボリックシンドローム」の人を減らすことで、高齢者が増えていっても、医療費の伸びを抑えられるのではないか?とも期待されました。
ところが制度がスタートして15年以上たったいま、迎えているのは厳しい現実です。
厚生労働省は、メタボの人を1400万人(08年度)から2015年度までに1050万人に減らす目標を立てていましたが、実際は約1412万人と、減るどころか微増してしまいました。
また、お年寄りの人数が増えただけでなく、医療の高度化などによって1人あたりにかかるお金も増え、後期高齢者医療制度にかかるお金は増え続けています。
その結果、2008年度には経営に余裕があった健康保険組合も、軒並み収益が悪化し、解散する組合も増えています。
解散する健康保険組合が増えれば増えるほど、国庫から支援しなければならない金額は増え、国の財政の悪化につながると懸念されています。
「小手先の改革」では限界?残された時間は少ない
冒頭の河野太郎候補の政策の背景にある、若者の社会保険料負担の増加の経緯や現状について見てきました。
日本はこれまで、お年寄りの負担を抑え、医療にかかる機会をできるだけ減らさないことで健康を維持する戦略をとってきました。このことが、世界に冠たる長寿国を作り上げてきた要因の一つと言えるかもしれません。
しかし現行の医療制度は、少子高齢化の中では「働く世代の負担が際限なく増え続ける」というリスクを内包しています。いまは何とか維持できていても、持続可能な仕組みではないことは間違いありません。
いま現役世代で忙しく働いていると、「医療の制度」といっても遠い話に感じられます。しかし、実は毎月の健康保険料などの形で、いままさに生活に密接に関わっている話でもあるんです。
「私たちは今後、どのような医療制度を選び取っていくのか?」
今回の総裁選、それに続くと予測されている衆議院議員選挙のニュースを見ていく際に、各候補の「社会保障」の政策について注視する必要があると感じます。
(注)拠出金には75歳以上の人が加入する「後期高齢者医療制度」への納付金のほか、65~74歳の人が加入する「前期高齢者医療制度」や「退職者医療制度(現在は廃止)」への納付金が含まれます