ゲームを学校教育と従業員研修で活かす方法
ゲームばかりしていると賢くなる?
「ゲームばかりしていると馬鹿になる/立派な大人になれません」
子供のころにそう言われた経験のある人は多いのではないだろうか。しかし、これだけテレビゲームが世の中に普及する中で、ゲームが人に何をもたらすのかの研究も蓄積され、ゲームには一定の能力開発の効果が見いだせることがわかってきている。例えば、ヨーク大学の研究チームは、MOBAと呼ばれる戦術ゲームのパフォーマンスと知能には高い相関があることを発見している。ジョージア州立大学の研究チームは、テレビゲームを頻繁にプレイする人はそうでない人に比べて意思決定能力に優れ、脳の主要な領域の活動が強化されているという発見を公表している。どうやら、ゲームばかりしていると馬鹿になるというのは科学的には否定されそうだ。
ゲームと教育を掛け合わせる
ゲームの教育効果についての研究成果が出る以前から、ゲーム開発会社は教育を目的としたゲーム開発を行って来た。しかし、英語の習得を目的とした学習ゲームなど、テレビゲームが市場に出てきた黎明期からあるが、その多くは商業的には成功と呼べるものがほとんどなかった。
教育系ゲームとして異色のヒットとなったのは、05年に任天堂から発売された『脳を鍛える大人のDSトレーニング』がある。東北大学の川島隆太教授の監修で開発され、世界的なヒット商品となる。しかし、その教育効果に関してはいくつもの論文で検証がなされ、この手の脳トレゲームには認知能力の向上に疑わしさが提議されている。つまり、ゲームの学習効果はソフトウェアそのものが持つ性質に依存するところが大きいというところなのだろう。
ゲームで訓練されるのは認知能力
ジョージア州立大学の研究チームは特定のゲームを想定せずに調査をして意思決定の学習に効果があることを認めているが、これは産業組織心理学の理論と整合性がある。意思決定の訓練のような認知能力のトレーニングは、基本的に筋トレと同じ理屈が用いられる。訓練したい能力の発揮が問われる状況を再現して、それをひたすら反復練習する。意思決定の訓練方法としては、慶応義塾大学で開発された「インバスケットゲーム」が有名だが、これも意思決定の場面を簡素化して、早いスピードで何度も繰り返すことで訓練される。
特定の状況を再現して、早いスピードで意思決定が求められるという状況はテレビゲームの得意とするところだ。特に、インテリジェントスポーツとも呼ばれるeスポーツに選ばれるゲームタイトルの多くは、高度な意思決定と駆け引きが要求される。現実には一生に何度経験できるかわからないような状況を、テレビゲームではノーリスクで何度も再現して訓練できるという点でも認知能力の訓練には適した手法とも言える。
プログラミングゲームに教育効果はあるのか?
教育心理学では、パソコンが世の中に広まり始めた90年代から学習教材としてのゲームに注目し、その教育効果の検証が行われてきた。特に、研究題材として取り上げられてきたのがプログラミングゲームだ。最もポピュラーな題材の1つが学習用のプログラミング言語であるLOGOを利用した学習効果の検証だ。学習用プログラミングを使用したゲームは、子供たちの知能を高める効果が確認されている。
しかし、商業的に学習用のプログラミングゲームが成功を収めるのは2006
年代に入ってからになる。口火を切ったのは、開発会社がユニコーン企業にもなったRobroxだ。Robroxは、ユーザーが自由にゲームを作成し、それをオンラインのプラットフォーム上で共有することができる。世界中の子供たちが熱中し、中にはゲーム内課金で大金を手にする小学生も登場した。
近年では、2021年に日経優秀製品・サービス賞にも輝いた任天堂の『ナビつき!つくってわかる はじめてのゲームプログラミング』がヒットを記録した。
それでは、プログラミングゲームによって、どのような学習効果が期待できるのか。プログラミングのゲームなのだから、プログラマーの素養が高まるのかというと、どうやらそうでもないこともわかってきている。子供へのプログラミング教育が盛んなフィンランドをはじめとした北欧では、それによって子供たちがエンジニアを志向するかというと、その期待値は低いと言われている。それでは何が高まるのかというと、LOGOプログラミングの研究でもあったように知的能力が高まるという。
さて、それでは知的能力とは何なのか。最も古典的な知能に関する理論は、J・P・ギルフォード博士によるSOIモデル(Structure of Intelligence)だ。モデル自体は非常に複雑で正確に理解するのは大変なのだが、大まかに要点だけザックリ解説すると、人間の知能は大きく2つに分類されるとされる。
私たちがよく論理的思考や批判的思考と呼んでいるものは「収束的思考」と言い、無数ある事業の関連性を見つけ出して論理を作り上げる思考だ。端的な例は数学や算数で、ロジックに従って正解を探し出す思考能力と言える。
もう1つは、独創性や芸術的な発想の源泉となる「拡散的思考」だ。1つの事象から次から次へと様々な事象を想起して、アイデアがとめどなく溢れて来る。独創的なアイデアを出すために、私たちはよくブレーンストーミングやマインドマップを作成するが、これらの手法が開発された根拠として利用されているのがこの「拡散的思考」の理論だ。思いつくままに、できるだけ数が多く、バラエティ溢れるアイデアを出して、そこからアイデア同士を掛け合わせて独創的な発想を導き出す。重要なことは、アイデアの量を出すことと、アイデアに多様性を持たせることだ。
ゲームに話を戻すと、ただ普通にプログラミングゲームを遊ぶと、主に訓練されるのは収束的思考だと言われる。プログラミングは、ロジックが成り立っていないとうまく機能しない。その試行錯誤を繰り返すことで、論理的思考が育まれる。しかし、前述したように知能は論理的思考だけではなく、拡散的思考という異なる側面も持つ。拡散的思考を効果的に訓練するためには、一工夫が必要だという。これはなぜかというと、私たちの知能は意識をしないと、拡散的思考よりも収束的思考を重視するためだ。
拡散的思考を促すための方法はいくつかある。最も効果的と言われるのが、ゲームそのものが楽しくて、いわゆるフロー状態と言われるような没入体験に陥ることだ。楽しくて仕方がない、熱中している状態は拡散的思考を促すのに適している。また、収束的思考と同時に行わず、拡散的思考はプロセスを切り離すことが大切だと言われる。つまり、「今はアイデアの批判や評価をしないで、どんなに荒唐無稽でも良いので思いつくままにアイデアを出しましょう」という状態が大切ということだ。
ゲームの学習効果には、今や子供だけではなくて、大人の学びにも役立つのではないかと注目を集めている。近い将来には、「従業員研修はテレビゲームが基本」という企業が出てきてもおかしくはない。それほど、テレビゲームを活用した教育はポテンシャルが秘められている。
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