見出し画像

【吉野家常務事件から学ぶ】越境学習で価値観のチューニングをしよう

事件は自己成長の機会

吉野家常務が早稲田大学の講義で不適切な発言をし、その結果、大炎上した。その発言の影響力は大きく、事件以来、ネットをはじめとした様々な媒体で議論が巻き上がっている。当事者は吉野家常務の職を解任され、レピュテーションにも甚大な損害を受けて社会的な制裁も受けた。正直、法を犯したわけでもない個人に対して、いささかやり過ぎではないかと思うところも個人的にはあるのだが、ネット社会の怖いところなのだろう。

個人的には面識のない吉野家の常務の問題に関心はあまりないが、このような騒動は私たちに素晴らしい成長の機会を与えてくれる。私の専門である組織行動論や産業組織心理学では、個人の行動や心理は正規分布(平均値を中心にして左右対称に山なりに曲線を描く)に従うという前提がある。つまり、極端な現象として事件になる個人の言動は、誰にでも多かれ少なかれ同じような言動をとってしまう因子が紛れ込んでいる。そのため、耳目を集める事件から私たちが学ぶことは多い。

止まらない責任ある立場の人間の不適切発言

この直近1年間をみても、責任ある立場の人間が不適切発言をし、社会問題となった事例は数多くある。

2021年2月 東京五輪・パラリンピック大会組織委員会 森喜朗氏
2021年2月 パワハラ・不適切発言 旭川医大学長 吉田晃敏氏 
2021年7月 東京五輪開会式 過去のいじめ発言 小山田圭吾氏
2021年7月 性行為の同意年齢を巡る発言 立憲民主党 本多平直氏
2021年7月 「AbemaTV」での不適切発言 KADOKAWA 夏野剛社長
2021年7月 韓国メディアでの不適切発言 駐韓公使 相馬弘尚氏
2021年8月 金メダルかじり事件 河村たかし名古屋市長
2021年11月 選挙応援演説での不適切発言 川勝平太知事
2022年4月 吉野家常務 不適切発言

デジタルリスクコンサルタントのエルテス社の調査によると、2020年に起きた企業や団体の炎上のうち、3割強が差別を含む不適切発言や行為が原因だという。不適切発言による炎上は日本だけではなく、海外でもみられる。2021年6月末には、米国エクソンモービルの渉外担当シニアディレクター、キース・マッコイ氏の環境問題を軽視した発言が問題視され、同社は対応に追われた。

不適切発言問題の多くに共通してみられるのは、発言した本人に悪気はなく、それどころかサービス精神で良かれと思った結果だということだ。つまり、発言した本人の価値観と世間との間に大きなギャップがある。

価値観は最も近しい20人で決まる

価値観と世間との間にギャップができると、企業と個人にとっては大きなリスクとなりかねない。それでは、私たちの価値観はどのように決まるのだろうか?

この疑問に対して、南カリフォルニア大学のデイブ・ローガン教授は著書『Traibal Leadership』のなかで、日ごろから接している20人~100人の親しい人たちからの影響で決まるという。ローガン教授の理論では、私たちの価値観は5つのステージがある。

ステージ1:「人生は最悪だ」・・・すべての人生は価値がない
ステージ2:「私の人生は最悪だ」・・・希望がなく自己効力感が低く、卑屈になる
ステージ3:「私は凄い」・・・私は素晴らしいし、正しい(が、ほかの人たちは取るに足りない)
ステージ4:「私たちは素晴らしい」・・・自分たちのコミュニティは素晴らしい(が、ほかのコミュニティはそうでもない)
ステージ5:「人生は素晴らしい」・・・全ての人生は素晴らしい

ステージ5に至る人は、聖人や歴史上の偉人と呼ばれるような一握りの人であり、多くの人はステージ2~4の間に属することになる。

デイブ・ローガン教授の理論は、私たちの価値観と世間のギャップについて2つのことを教えてくれる。

1つ目は、普段から接しているコミュニティの価値観が世間とズレていないかということだ。私たちは、特に意識をしていないかぎり、自分が心地よいと感じるコミュニティ(コンフォートゾーン)に留まろうとする傾向にある。例えば、企業経営者だと企業経営者とだけ付き合い、古くからの学生時代の友人を何よりも大切なものとしたくなる。基本的には、コミュニティにはコミュニティ独自の価値観があり、大なり小なり世間とのズレが存在する。そのため、心地よい特定のコミュニティのみに属していると、バランス感覚を失い、世間とのズレが生まれやすい。

2つ目は、多くの人は自分の価値観が他者よりも優れている(もしくはコンプレックスを持っている)と考えているということだ。このことは、発信者も受信者も両方が持っているバイアスである。発信者は自分のコミュニティにいるときに、他のコミュニティを蔑むことを発言すると「自分たちのコミュニティ」は優れていると同じコミュニティのメンバーに安心感を与えることができる。しかし、自分のコミュニティ外で同じ行動をとると、受信者は「自分の優れたコミュニティ」が蔑まれていると不快感を持つ。不特定多数の前で情報発信するときは、受信者の所属するコミュニティが多様なため、他のコミュニティを蔑むことでウケを狙うようなコミュニケーションは致命的になる。

越境学習で価値観をチューニングする

それでは、どのように価値観と世間のギャップの問題を解決すべきか。それは、意識して複数のコミュニティに所属することだ。特に、越境学習は効果的な手段だ。越境学習とは、自分が所属する組織やコミュニティを飛び出して、外部の組織やコミュニティに所属する人々と協働したり、お互いに学び合うことだ。リクルートワークス研究所の調査によると、日本の社会人は他の先進諸国の社会人と比べて、人間関係に多様性がない傾向にある。社会人になってからの人間関係が職場と家族、学生時代からの友達に限定されてしまい、他の組織の人たちと人間関係を構築したり、外部の研修で学び合った仲間を作ることも少ない。全く異なるコミュニティや背景を持つ人と学び合うことは、とてもストレスがたまるし、苦労も多い。しかし、そのストレスと苦労が凝り固まった自分の価値観を解きほぐし、世間とのズレをチューニングすることに繋がる。

例えば、私は3年前から株式会社ザイナスと共に地方発イノベーション人材を育成するセミナー『Oita イノベーターズコレジオ』を開催している。このプログラムでは、高校生・大学生・公務員・会社員・経営者・個人事業主などの多様な人々が集まって、地方活性化に寄与する独創性と実行力を両立した企画を如何に作り上げるか、という企画力(Producership)を訓練する。

毎年、全10回のプログラム終了後に受講生にどのような学びを得たのかについてヒアリング調査を行っている。その結果、最も大きな成長の機会となったのは、著名な講師陣による講演や薫陶よりも、多様な価値観を持った受講生との協業体験だという声が多い。まったく価値観の異なる受講生同士の協業体験によって、それまで自分の凝り固まっていた価値観が柔軟になり、視野が一気に拡がる体験が受講生に与える影響は大きい。

越境学習の機会は誰にでも持って欲しいが、最も強く勧めたいのは入社10年前後の会社で成果を出し、会社の価値観と個人の価値観が同一化(アイデンティティ化)してきた人材だ。会社の常識と世の中の常識の違いが曖昧になってきたくらいだと尚良い。これくらいの人材は、会社内で若手エースと呼ばれることも多い。越境学習で価値観をチューニングすることは、飛躍的な成長を促す「一皮むけた経験」となりやすい。

価値観が固まってきたかな、同じコミュニティに長くいるなと感じ始めた方は、是非、違うコミュニティに飛び込み、越境学習の機会を持って欲しい。そこから得ることができる成長と新たな価値観がもたらす恩恵は膨大だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?