見出し画像

副業の労働時間通算は「複雑」というより法律解釈の限界を超えていないか

かねてから副業政策の大きなテーマとなっている労働時間通算ですが、以下のとおり「労働時間の通算が複雑で、大きな負担」という内容の記事が掲載されています。

このテーマについては、これまでの複数回、noteで書いていますが、個人的には「複雑だから問題」というのもそうですが、そもそも法律解釈の限界を超えている考えています。
※副業については他にも色々書いているので読んでいただけると嬉しいです。

厚労省はどう考えているか

さて、前提として、雇用型副業の場合に、本業先と副業先の労働時間を通算しなければならないかという問題について、学説上は通算不要とする見解が有力であるものの、厚労省は通算が必要としています。

厚労省は、労働基準法38条1項の「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。」との規定について「事業場を異にする場合」には「事業主を異にする場合も含むのだ」との解釈通達を根拠に、労働時間の通算を要するとしています。

どうやって通算するか

通常の労働時間制度

ここでは通算方法の解説ということはしませんが、どれだけ通算が大変かというと、まず、特別な労働時間制度を適用しない場合、上記記事にもあるとおり、所定労働時間については、契約の先後、所定外労働時間について実際の所定外労働が行われる順に通算して、法定労働時間を超えた方が残業代等払うことになります。


厚生労働省「副業・兼業における労働時間の通算について(労働時間通算の原則的な方法)」より

特別な労働時間制

日経の記事では、「これが大変だ」としていますが、これはまだまだ簡単な方です。もっと大変なのは、変形労働時間などの特別な労働時間制を採用している場合です。

その場合には、上記のうち①所定労働時間を「固定的な労働時間」(例えば変形労働時間の場合は、変形労働時間制の下で予め定めれられた労働時間。8時間超の場合もある)、②所定外労働時間を「変動的な労働時間」と読み替えて通算することになります。

厚生労働省「副業・兼業における労働時間の通算について(労働時間通算の原則的な方法)」より

フレックスタイム制

さて、既に意味不明という状況ですが、さらに問題なのはフレックスタイム制です。フレックスタイム制の場合は、固定的な労働時間というものが観念できないので、全く別ルールで通算することになります。

とてもnoteで解説しきれるものではないので、図だけ示しますが、かなり複雑です。

厚生労働省「副業・兼業における労働時間の通算について(労働時間通算の原則的な方法)」より

「複雑」という論理だけで通算不要を直ちに導けない

さて、日経記事のとおり、通算はかなり複雑で、企業側がやらせたくない理由もうなずけます。

ただ、個人的には「複雑だから通算しない」は政策的にあり得ますが、通算不要を導くには弱いと思っています。

というのは、「複雑なら簡単な方法を出しますよ」と言わた場合、結局通算が維持されるからです。
そして、実際、厚労省は「複雑だ」というのは理解しつつ、「管理モデル」を示して「簡便にしたので通算は維持します」というスタンスに立っています(この管理モデルも問題なのですが…)。

最も問題なのは「複雑」な通算方法を「解釈」だけでやっていること

むしろ、法律家として問題だと思うところは、上記のような通算方法が、労働基準法のどこにも記載されていないということです。

労働基準法には、副業の場合の労働時間規制の適用の在り方については、上記の労働基準法38条1項しか規定されていません。そもそもこの規定も、文言上は「事業場が異なる場合」しか書いていません。

上記のような「複雑」な通算ルールは、通常の労働時間制度の場合の通算方法については、解釈通達に根拠がありますが、特別な労働時間制度を採用している場合の通算ルールは、通達にはハッキリ書いていません。
(参照)

https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000673995.pdf

じゃあどこに書いているのかというと、副業・兼業ガイドラインQ&Aやそれを図式化したリーフレット等です。

(Q&A)https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000964082.pdf

(説明資料)https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001079959.pdf

つまり、労基法38条1項のたった一つの条文を根拠に、これほどまでに複雑な通算ルールを、通達にも書かずに示していることになます。
解釈通達などは、あくまでも「法律の解釈」である、その解釈の限界を超えることはできません。しかし、上記のような通算ルールの解釈は、労基法の解釈の限界を超えているのではないでしょうか。

これは、労働基準法が、最終的には刑罰もあり得る刑罰法規であることからしても、相当に問題であると思われます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?