雑談や旅、そして接客のプロセスが世界を面白いものにする〜スロー文化の本質
雑談とは何か。雑談力という言葉もある通り、適度な距離感で相手との関係性を構築したり、お互いの信頼度を高めたり、新たな発想につながったりと、多くの効果が謳われている。しかし、雑談まで役に立てようというのは、ファスト文化に侵されている発想ではないだろうか。
雑談の本質
次の記事は、「となりの雑談」というラジオ番組のパーソナリティたちのインタビューだ。
「雑談で得るものなんかがあったら、それは雑談じゃないよ。私たちの『となりの雑談』は、雑多な話をするところから自己開示をしていったり、知らないことを知って世界が面白くなっていったりするものです」と言う。
この「雑談論」のすばらしさに、思わず膝を打った。
そう、まさに禅の教えとぴたっと通じる考え方なのだ。
旅の本質
いま京都市で、脱炭素ライフスタイルを促進するための旅を企画し、継続開催している。その一つが、禅体験の旅なのだが、妙心寺養徳院の副住職の横江さんは、「この草引きはどんな意味があるのですか?」という参加者の質問に対して、「ただの草引きです。それ以上に何の意味もありません」と答える。その上で、こう続ける。「草引きに集中したときに、あなた自身が何か気づけば、そこには意味がある」と。
世の中のすべてが、「こうすればこうなる」というノウハウにあふれる。旅に対しても、「ここに行くとこんな良いことがある」「ここで写真を撮ると映える」など、あらかじめ知っていることを「体験で確認」する。
これが、ほんとうの意味で「面白い」とは思えない。「雑談」が「世界が面白くなっていったりするもの」だとすると、「旅」も雑談と同じで、目的地に行くことよりも、そこで「得るものなんかない」と割り切った時に、世界が面白くなっていくのではないだろうか。
接客の本質
次の記事は、美容院などで「雑談ゼロ」をあらかじめ指定できるアプリだ。次のように、接客サービスが苦手な人のコメントが紹介されている。
「店員さんの側も話しかけるよう教育されているのだと思うが、ファッションや髪形にあまりこだわりがなく、いろいろと質問してもらっても答えられない。それでも気を悪くされたくなくて話している」、と言う。
この記事で思い浮かぶのは、「変なホテル」のような無人のロボットホテルだ。きっとシャイなお客さんだけでなく、日本語の話せない外国人もいるし、ユニバーサルデザインに近づけていくと、究極的にはロボットが髪を切ることだ、となりかねない。
自分の話だが、最近紹介されて行き始めた美容院は、一軒家で髪を切ってくれる。いろいろ相談すると、あらかじめ雑誌などを調べて、髪質や雰囲気にあった髪型、セットの仕方、ファッションなども提案してくれる。これは雑談というよりは、テーラーメイドに近いサービスだと思うが、この美容師さんは私の仕事の内容にもすごく好奇心をもって聞いてくる。それは、トータルにプロデュースしていこうとする意欲からくるものだ。
以前、ファッションのセレクトショップでも、いつも洋服を選んでくれる店員さんが、私のfacebookアカウントを見つけて友達申請してきたことがある。私の仕事の様子をfacebookの写真で確認して、「なるほどこういう用途なのですね」と服の提案に生かしてくれた。
もちろん、こういうカスタマイズされたサービスこそ、AIが超得意とすることではないか、という声も聞こえてくる。しかし、人間は複雑だ。つねに一貫した格好をして、一貫した行動をするわけではない。相手が誰なのかによって、反応も異なる。
美容師さんの話に戻ると、髪型は、町田啓太のイメージで行かないかと提案された。正直、AIがこれを出してきたら、「No」と一発否定したと思う。だが、美容師さんという人間が、好奇心をもって関わってくれるなかで、その対話のなかで、ちょっとそういうイケメンの気持ちでふわっとした髪を楽しむことができたら、自分自身のファッションや仕事の仕方も変わるかもな、と思うことができた。いわば、相乗効果でこちらの気持ちが変わったという事例である。
スローの本質
生産性や便利さがファストの教義である。
それに対して、スローは、結果ではなく今に意識を置く。
いま話していることに集中し、いま旅している瞬間に集中し、そしてお店で何かを発見する瞬間に集中する。
すべての時間が、世界を面白くする可能性に満ちている。
お金を効率的に稼いで、映えるところに旅をして「いいね」を稼ぐ。
こういったファスト文化を乗り越え「いまを生きる」ために、雑談、旅、接客の3つのポイントは、スロー文化を意識する格好の場面だ。
得るもののない雑談を楽しもう。
旅の移動やプロセスを楽しもう。
接客という相互理解を楽しもう。