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再び炸裂したECBのブログ砲~会合軽視 or 多様化~

妥結賃金は加速、ECBは冷静な対応?
ECB政策理事会が接近しており、利下げが確実視される中、照会も増えているので筆者の見解を提示しておきたいと思います。こちらの記事は誰でもお読み頂けます。

ECBウォッチの上で重要な情報として、5月23日はECBの「次の一手」を占う上で極めて重要なデータである1〜3月期妥結賃金が公表されています:

伸び率は前年同期比+4.69%と2四半期ぶりに加速しており、先行指数として注目されていた求人広告賃金(1~3月期平均で約+4.00%)からの上方乖離も目立つ結果となりました

ECBは年初から「6月に決断する」との情報発信を重ねてきましたが、それによって金融市場では「6月には利下げする」という予想が済し崩し的に織り込まれてしまった感があります。早くガイダンスを打ち過ぎたことで予想が硬直化してしまい、順次明らかになるデータを受けて政策運営が機動的な対応に動けなくなっている懸念は抱かれます

現時点で6月6日の政策理事会における利下げを見送ることはあり得ません。しかし、ラガルドECB総裁の会見では7月の追加利下げは明確に否定される可能性が高いでしょう。一方、6月会合後の総裁会見では「7月は不透明としても、『次の一手』は利下げである」という趣旨が引き続き強調される公算が大きいと筆者は予想しています

これは妥結賃金統計と同日に公開されたECBブログから読み取れます:

ブログは、上記のような妥結賃金の動きにもかかわらず「全体的な賃金圧力が緩和している」との結論から始まっており、団体交渉を通じて決まる賃金設定に関し「段階的、不定期かつ分散的であり、賃金契約の期間も比較的長い(平均2年)ため、その動向は経済状況の変化に緩やかにしか反応しない」という性質を指摘しています。

こうした理解に基づき、「妥結賃金の一時的な高止まりは技術的に起きるものであり大きな問題ではない」との基本認識が示されています。要すれば、1~3月期妥結賃金の加速については想定の範囲内であり、利下げ路線という大勢には影響しないというメッセージを読み取るべきでしょう。より具体的には1~3月期の上振れは一時金による効果で趨勢に影響はないというのがブログにおける分析となっています。また、ブログではECBが目下開発中の賃金トラッカーも2024年中に賃金上昇率が減速してくることを示唆しているとの事実に触れた上で、ECBが今年4月に行った企業金融アクセス調査(SAFE)でも企業が予想する賃金上昇率が鈍化傾向にあるという調査結果を紹介しています。さらに言えば、上図でも見たように、確かに足許の上振れこそ目立ったものの、当面の加速は基本的には考えられなさそうです

なお、ECBウォッチに際し極めて有用と考えられるユーロ圏の賃金トラッカーは現状、内部利用にとどまっており、政策理事会の判断材料にはなっているものの、データベースでは公開されていません。しかし、ブログによれば2024 年後半には定期公開されるという重要な情報も紹介されています(※分析者からすると、この点が一番目を引く情報でした)。
 
続きそうなブログと政策理事会の微妙な関係
妥結賃金の性質を冷静に踏まえれば、今回の上振れは一時的だという分析姿勢は説得力のあるものでしたが、そもそも1~3月期妥結賃金の発表に合わせてブログを準備していたことの方が物議を醸すようにも思えます

金融市場においてECBにとって不本意な期待形成が進む前に介入しようという意思がどうしても透けます。ちなみにECBがコミュニケーションツールとして「THE ECB BLOG」を利用し、政策決定に関する重要な情報を発信するのはこれが初めてではありません。ちょうど2年前となる2022年5月23日にはラガルド総裁の名前でブログが発表され、拡大資産購入プログラム(APP)の早期終了とこれに伴う2022年7月中の利上げ、さらには同年7~9月期中のマイナス金利脱却まで宣言されるという大胆な情報発信が見られました

その2週間後に政策理事会を控えていたにもかかわらず、ブログという形態で重要な見通しを、しかも総裁名義で情報発信したことは極めて異例でした。その際、ラガルド総裁は「予想される利上げ時期が接近するに伴い、複雑化する政策環境を踏まえれば、正常化の道のりを明確にする重要性は増しており、この点を明確にすることがブログの目的(the purpose of my blog)」と明言しています。率直にそれは政策理事会の声明文に求められる役割だと思います

今回のブログは2年前ほど踏み込んだ内容ではないが、総裁名義ではなく、あくまでいちスタッフ分析とされており、公式見解ではないことも銘打たれています。とはいえ、1~3月期妥結賃金が6月以降の政策運営において重要な判断材料になることは年初から強調されてきたものであり、市場でも注目度が非常に高いものでした。わざわざ同日にブログを公表してその解釈方法をガイドするのは親切とも言えるが、政策理事会の存在が軽んじられているようにも思えました。ブログではECBが開発する賃金トラッカーが政策理事会の判断材料として使用されていることにも言及があるため、せめて政策理事会と同日にブログを公表しても良かったように思えます。

「事に及べばブログを通じた情報発信は政策理事会の決定に関する事項であっても躊躇はしない」というスタンスは情報発信の多様化と言えば聞こえは良いものの、やはり政策理事会の位置づけが「軽く」なっているようにも感じられます。とはいえ、それがラガルド流なのだとしたら、当面のECBをウォッチするにあたっては政策理事会とブログの双方に目を配る必要はあるのでしょう。骨が折れる話ではありますが、政策理事会前後の高官発言と同じ温度感でブログ公表を注目する必要はありそうです

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