材料視されなかった台湾有事
材料視されなかった台湾有事
既報の通り、14日、中国の人民解放軍が台湾周辺で大規模な演習を行い、台湾を隙間なく包囲できる意図および能力を誇示したことが大々的に報じられました:
習近平政権の掲げる「祖国統一」に反意を示す台湾の頼清徳政権を威嚇する意図であり、今後も断続的に懸念される事案でしょう。
国際政治情勢の詳細は筆者の専門外でありますので諸賢の分析に委ねたいと思います。筆者がやや意外感を覚えたのは、この一報が金融市場で大して材料視されなかったという事実です。この報道を受けた3連休直後の東京市場では地政学リスクの高まりを感じさせないリスクオン相場が展開され、日経平均株価指数は一時、約3か月ぶりに4万円台を回復する動きも見られました。ドル円相場も150円台に乗せる時間帯が続きました:
大型財政出動を背景とする中国経済への底入れ期待や円安再起動への期待が株価を引き上げており、台湾有事を懸念する様子はありません。もちろん、「演習であって実際の侵攻ではない」と言われればそれまでなのですが、台湾有事がいつか到来する巨大な地政学リスクとして常時注目されていた経緯を踏まえると、些かやや意外感も覚えました。
台湾有事で貿易赤字は拡大へ
しかし、日本にとって最も現実的な地政学リスクの1つである台湾有事は実現すれば相応に負荷の大きい話になるため、「演習だからスルーでOK」というわけにもいかないように思います。
仮に台湾が中国によって封鎖され、日台貿易が途絶した場合、何が起きるのでしょうか。この点は各所で詳細な試算が展開されていますが、例えば2023年の日本の世界向け輸出のうち、台湾向けは約6兆円で全体の約6.0%を占めています。単純計算ですが、台湾向け輸出が失われた場合、2023年の日本の名目GDP(約592兆円)に関し、約1%程度の押し下げが発生します。
もちろん、話はもっと複雑です。下図に示すように、輸出はともかく輸入は過去10年余りではっきりと台湾への依存度が高まっています。ちなみに日本の世界向け輸入の約4.5%が台湾で名目GDP比では約0.8%に相当します:
近年の増勢は言うまでもなく半導体輸入が増えている結果です。日本の半導体等電子部品の輸入の約半分が台湾に依存している事実は比較的よく知られており、当該需要は今後も継続するとの見通しが濃厚です:
この辺りの子細な分析はJETROから面白い成果物があります。日本にとっての台湾リスクというよりも、半導体産業そのものが台湾に依存しているのだという事実が良く分かります:
仮に、台湾からの半導体輸入が途絶し、それが日本製品に代替されるのであれば日本経済にとってプラスではあります。しかし、台湾からでなければ調達できない高性能半導体の存在も良く知られています。だとすると、台湾からの輸入停止はそのまま各種産業におけるサプライチェーンの混乱として実体経済を直撃することになるでしょう。半導体供給の不足が様々な財に影響することはパンデミックで周知された通りで、自動車やスマートフォン、パソコン、カメラ、エアコン、などあらゆる日常生活の手足を縛ることになります。その影響の甚大さを認知しているからこそ、TSMCは日本では熊本県、米国ではアリゾナ州など、各地への拠点分散化を図っています。
細かな経済効果の分析は今回脇に置くが、今や稀少な貿易黒字項目となっている自動車の輸出にも影響が予見される以上、台湾向けにとどまらず、日本から世界向けの輸出全体が押し下げられる可能性は高いし、これに伴う国内の生産活動縮小は日本経済の重しとなるでしょう。戸堂康之・早稲田大学教授の試算によれば、中国から輸入する全ての中間財の80%が2か月にわたって途絶した場合、日本全体の生産金額が約53兆円ダウンすると言います:
一方で、日本の輸入に目をやれば、台湾との取引が消滅する以外に際立った構造変化が想定されず、引き続き鉱物性燃料主導で高止まりする展開が予想されます。結果、台湾有事で貿易赤字は膨らみやすいように思います。
やはり起きなかった「リスクオフの円買い」
なお、近年では日常と化しているため話題にすらなっていませんが、今回の一報を受けて「リスクオフの円買い」はやはり発生しませんでした。むしろ150円に向けて円売り・ドル買いが進んでいます。
巨額の貿易収支黒字を失い、対外純資産残高の半分が直接投資で構成される日本において「有事は通貨売り」と素直に考えて差し支えないでしょう。客観的に考えても、台湾有事で貿易赤字が拡大するという未来はある程度予見できそうなことを踏まえると、逆に円安が進む筋合いにあり、連休後のドル/円相場が150円に接近したことはその点からは頷けます。
過去を振り返れば、北朝鮮が日本へ向けて飛翔体を発射するという行為も円高材料と捉えられていた時代がありましたが、今や何の反応も示さなくなっています。台湾有事であれ、北朝鮮の飛翔体であれ、日本経済に甚大なダメージを与え得る行為は今後、真っ当な円売り材料として解釈されるはずで、周辺有事が勃発する可能性は予測期間中の円安リスクとして常に留意すべき時代に入っていると思います。
ただ、その当たり前とも言える通念は、長年最強通貨の座にあった円の歴史もあって、さほど浸透していないように思います。既に円は10年前から「別の通貨」になっているというのが筆者の仮説であり、そのための各種需給分析は日々のメンバーシップ記事の中で展開している通りです。足許の需給環境を整理した下記記事はどこかで宣伝されたわけでもありませんが、過去最速ペースでPVを集めており、関心の強さを感じます。正しいことを「腐らない議論」と共に周知して参りたいと思います:
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