リモートワークで浮き彫りとなった「働き方」を企業文化として捉える重要性
百社百様なリモートワークへの対応
コロナ禍によって全世界に一斉に広まったリモートワークだが、コロナ禍も収束に向かうにつれて、各社の対応にも差がみられるようになってきた。Yahoo!ジャパンのようにリモートワークを前提とした働き方を一層進めている企業もあれば、下記の日経新聞の引用記事にもあるようにハイブリッドで運用するサイバーエージェントのような企業もある。同じIT系でもクックパッドは原則出社に回帰している。同じ業界でも、リモートワークへの取り組み状況は全く異なる。
人事施策の傾向として、同じ業界で各社の対応がこれほど多様化することは珍しい。大手前大学の平野光俊教授は、日本企業の人事施策は横並びに似通ってしまうことを指して「人事は流行に従う」と述べている。しかし、リモートワークに関する姿勢は流行となったと言っても、2割前後しかない。この数値は諸外国よりも低く、コロナ禍以前の米国以下の数値でもある。そして、2割前後のリモートワーク導入企業の中でも、運用の仕方は千差万別だ。
なぜリモートワークの導入は流行に流されることなく、多様性が生まれたのだろうか。このことは、リモートワークが働くことの価値観を揺るがす大きな意思決定を伴うためだと考えられる。つまり、企業文化としてリモートワークを良しとするか悪とするかが異なってくる。
20年の変化で働き方が企業文化となってきた
昭和と平成前半の時代はモーレツ社員と言われるように、企業における従業員の働き方は画一的な性格が強かった。労働人口も圧倒的に男性比率が高く、家のことは顧みずに会社での仕事に心血を注ぐことが正しい働き方とされた。
00年代になると、過重労働に起因する過労死やうつ病などの心身症が問題視されるようになって、残業を減らそうという動きもみられた。しかし、残業を減らそうというものの、業務量が減るわけでも、求められる要求水準が下げられるわけでもない。結果として、働き方を大きく変化させるまでは至らなかった。同時に、現場で働く従業員からは残業を減らそうという動きは経営者が人件費を抑えたいコストカットが目的だと捉えて冷ややかな反応でもあった。
そのように、なかなか大きな変化が生まれなかった日本企業の働き方に変化の兆しがみられるようになったのは、2015年前後だ。2015年から政府主導で働き方改革が推進されるようになり、先進企業ではその時点で柔軟な働き方を模索するための実験的な施策がいくつも実施され、成果も出始めていた。
働き方改革に問題意識を持ち、多様なバックグラウンドを持った従業員が無理なく働けるようにし、従業員の働き方の自由度を高めて創造性を刺激しようと、2015年からの5年間で多くの企業が取り組んだ。その反面、働き方改革も政府方針として出されたからと、受け身の姿勢で取り組んできた企業もある。その結果、働き方に関する取り組みは積極的に取り組む企業と、そうではない企業との間で大きな差が生まれることになった。
ここで生まれた差が画一的な日本企業の働き方に多様性が生まれる切っ掛けと呼べるだろう。働き方改革によって生まれた多様性は、コロナ禍によって、更に加速することになる。パソナや資生堂など、コロナ禍をきっかけとしてオフィスの在り方を再定義し、人事施策のようなソフト面だけではなく、ハード面から大きく手を加えた企業も出てきた。
攻めの企業文化と守りの企業文化
働き方に関する価値観は、従業員個人の価値観とも密接に関わってくる。働き方改革を推進するときにも、「私は今の働き方に不満を持っていない。なんでもっと働きたいのに働かせてくれないのか」という声は現場の至る所で聞かれた。同様に、組織単位でも本音のところでは「収益を上げるためにはもっと働こう」という企業も多い。そういった企業や個人は、働き方改革に必要な業務プロセス改革にまで手を付けようとしない傾向がみられた。
さて、このような働き方に関する価値観は、従来の企業文化と呼ばれる価値観とどのようにすみ分けて考えるべきか。ここでは、従来の企業文化を「攻めの企業文化」と呼び、働き方に関する価値観を「守りの企業文化」と呼びたい。
「攻めの企業文化」では、企業が競争優位の源泉を生み出すために求められる価値観だ。代表例が、リクルートの「6つのスキルと4つのスタンス」だ。仕事を通して価値を生み出すときに、基本的な意思決定と思考の軸として扱われる。
一方で、「守りの企業文化」は、社内でのコミュニケーションや働く人々の満足感やエンゲージメントの源泉となる価値観だ。この価値観から直接、事業を生み出すようなことはないが、働く人々のポテンシャルを引き出すことに役立つ。企業が従業員に対して期待する協業の在り方の基本方針と言える。
「守りの企業文化」のように、働き方の価値観を経営で重視しようという動きは90年代からみられる。黎明期の代表例が「奇跡の経営」と呼ばれたブラジルのセムコ社だ。00年代には、ラスベガスに本社を置くECサイト運営会社ザッポスが注目を浴びた。近年では、フレデリック・ラルーによる著書『ティール組織』で、従業員を管理するのではなく、個人の可能性を解き放つように自由を与えることで組織作りをする新たな企業の在り方が提示された。これらはどれも「自社の従業員にとって、最も幸福で、最も活躍ができて、最も熱中できる働き方を各社が自分で考えて、自分で決める」ことを企業に求める。
どのような働き方が自分にとって最適なのかは、個人の価値観によって異なる。そのため、「守りの企業文化」は採用や昇進で大きな影響力を持つ。「守りの企業文化」が合わない人材を採用すると、その人材は入社後の適応に苦労し、活躍できないまま離職したり、フリーライダー化するリスクがある。また、「守りの企業文化」が合わない人材を管理職に昇進させると、その部署の働き方は組織全体の企業文化と整合性がとれなくなる。
これからの人事にとって、組織作りを行う上で、自社にとって最適な「守りの企業文化」を把握し、人事施策に反映させることが重要になる。「守りの企業文化」のミスマッチが起きると、従業員のポテンシャルを活かすことができないためだ。「攻めの企業文化」と「守りの企業文化」を明確化し、組織作りに活かすことが肝要だ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?