コロナ対応で重要になる「デフレーミング×ネットワーク型政府」 なぜバイデン大統領はUber/Lyftと組んだのか
皆さんこんにちは、高木聡一郎です。
ついにワクチン接種が日本でも始まりました。予約ができないなど、様々な混乱があってのスタートとなりましたが、徐々に軌道に乗って加速していくことになりそうです。
米国では猛烈なスピードで接種が進み、今や観光客でも接種を受けられる状況です。人口100人あたりの接種回数は、日本の8.9回に対して米国は87.1回(2021年5月31日現在)。実に10倍近い差があるのが現実です。
Uber/Lyftと提携したバイデン大統領
こうした中で、とても興味深い記事がありました。ライドシェアのUberとLyftが接種会場まで接種を受ける人を無料で送迎するというのです。
日本でも、東京駅から国の大規模接種会場(大手町)まで無料送迎バスを運行しています。ただ、これだと混雑した電車に乗って東京駅まで行く必要があります。高齢者の中には、わざわざ密のリスクを負ってまで都心部まで出ていくのは避けたいという意見もあるようです。
これに対して、UberやLyftは基本的にアプリで指定した場所に迎えに来て、指定の場所まで乗せてくれるサービスです。不特定多数の人と密接にならなければならない電車やバスに乗るよりも、幾分かリスクは低いでしょう。何より、ドアツードアで迎えに来てくれるなら、これほど便利なことはありません。
このプログラムに対して、国はお金を出していないと報道されていますが、バイデン大統領はUberとLyftの名前を出して、両社との取り組みでワクチン接種を加速させると表明しており、そのことはホワイトハウスの公式HPにもしっかりと書かれています。
FACT SHEET: President Biden to Announce Additional Efforts to Get America Vaccinated, Including Free Rides to Vaccination Sites from Lyft and Uber, Vaccination Clinics at Community Colleges, and Additional Resources for States’ Community Outreach Efforts
Lyftの創業者も、以下の記事にあるように、「ワクチン接種は我々が再び動けるようになるための鍵であり、国を前に進めるために一助となれることは誇りである」と語っています。
国が直営で東京駅と接種会場の送迎バス運行を行う日本と、大統領がUber/Lyftと提携する米国。この違いはどこにあるのでしょうか?
米国「ネットワーク型政府」の伝統
実は、このように公的機関が民間企業、NPO/NGOなどとネットワークを組んで、公的な目標を達成するという取り組みには長い歴史と経験があります。
こうした取り組みは、2004年に「Governing by Network」(ネットワークによるガバナンス)として、元インディアナポリス市長でハーバード大学教授のスティーブン・ゴールドスミス氏と、デロイトのウイリアム・エッガース氏によって体系化されました。
(ちなみに筆者は本書の監訳者の一人です。ぜひお買い求めくださいと言いたいところですが、絶版のようです。残念!)。
「ネットワークによるガバナンス」というのは、要するに外部組織とのネットワークで公的な業務を行っていこうという考え方です。
民間企業の場合は、一社単独で事業を行えることは稀で、自社のコアコンピタンスを磨きつつ、様々な企業にアウトソーシングしたり、サプライチェーンを組んだり、情報連携したりしながら業務を進めています。これは、目的を達成するためにはその方がより競争力があるためです。公的機関もこうした考え方に学び、様々な外部機関と連携し、ネットワークを作って進めて行くことが鍵となります。
その際に最も重要なことは、同書にも示してありますが、「私たち(公的機関)のミッションは何か?」を問い直し、そのために必要なリソースを洗い出し、必要な組織と柔軟に提携していくことです。
ワクチン接種であれば、「私たち(公的機関)のミッションは一日も早くコロナを収束させ、生活と経済を元の状態に戻すことである。そのためには一日も早く、できるだけ多くの人にワクチン接種を完了させなければならない」と考えることができます。
そして、そのために必要なリソースは何か?誰がそのリソースを持っているか?彼らと組むためのインセンティブは何か?そのようなことを考えながら行政運営することが伝統的に行われてきたわけです。
こうした流れで考えて行けば、冒頭の米国政府のUber/Lyftとの提携も自然な流れとして理解できます。もっとも、今回のケースはUberからの提案で始まったようですので、こうした取り組みに参画することはUber側に十分なインセンティブがあったということでしょう(理念的なインセンティブと、現実的なインセンティブの両方があったかもしれません)。
また、米国では薬局など様々な場所でワクチン接種を行っています。安全性に関する考え方の違いもありますが、公的な目標やミッションに対して、あらゆる資源を動員するというスタンスが示されています。
日本でもネットワーク型政府は進むか
コロナのような非常事態に直面すると、公的機関だけで出来ることは限られています。現在、自治体がワクチン接種の予約システムで四苦八苦していますが、こうした業務は、例えば普段からコンサート等のチケットの予約販売を行っている企業は得意としています。始めからこうした企業に全面的に委託すればよい、というのがネットワーク型政府の考え方です。
ネット予約ができない国民がいるのであれば、全国にあるパソコン教室などが、予約を仲介してあげるということもできるでしょう。
こうした考え方は、既存の役割やコンテキストから、得意技の要素を分解して、組み替え直す「デフレーミング」の考え方でもあります。
現在、政府はワクチン接種の打ち手が足りないという問題に対して、潜在看護師や歯科医師など、従来よりも視野を広げた対策を検討しています。公的な目標に対して、誰が必要なリソースを持っているかを考えるという、ネットワーク型政府の萌芽が見えるとも言えるでしょう。
繰り返しになりますが、ネットワーク型政府の実践には、「我々のミッションは何か?」「目標は何か?」を明確にすることが必要です。これはあらゆる領域で政府・公共部門の変革を進め、より質の高い行政を実現するためにも、またデジタル化においても必要なことです。コロナを契機に、こうした検討を行う習慣が根付くことを期待しています。
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