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「業績がいいから給料をあげられる」のではなく「給料がいいから業績があげられる」

とても良いことだと思います。

初任給含め若者の給料を底上げすることは、巡り巡って彼らの婚姻増にも寄与する可能性が高い。給料があがれば結婚できるという短絡的な話ではありませんが、「貧すれば鈍する」というように安心できる収入がなければ、恋愛やレジャーなどの行動を起こす気持ちすら失われてしまう。そして金がなければ消費もしなくなるので、経済全体も停滞してしまう。

「失われた30年」といわれるように、こんなに長い期間額面の給料があがっていないことも異常だが、額面はあがっていないのに、税や社会保障負担は増えていて、可処分所得は減っているというのはもっと異常。

岸田首相はなんでもかんでも「増税だ」というが、税収増を実現したいならまず個々人の所得があがるようにしろよ、と言いたい。

「平等に貧しくなろう」などといっている人間もいるが、とんでもない話である。

ご自分はタワマンに住んで外車乗り回して裕福な暮らしをしているわけだが、平等に貧しくなろうといいつつ、自分の財産や資産を手放す気なんてないでしょ?

自分らはもう安全地帯にいるからあとは知らんというまさに老害そのものではないだろうか。

「もう経済成長しなくていい」などと脱成長を唱える輩もいるけど、もはやこれから老いていくだけの人間にとってはそれでもいいだろう。「十分人生を楽しんだ。あとは質素に生きて行けばいい」と老人が思うのは自由。しかし、老人がそうだからといって、それを若者に押し付けないでほしい。

若者が生きるということは成長するということだ。老人たちにはない可能性を信じられるということだ。可能性のない老人が、若者の可能性という成長を奪い取る資格などない。


それでなくても、若者の絶対人口はこれから減り続ける。若者ほ大事にしない企業は、若者から見捨てられていく。「業績がいいから給料をあげられるんだ」という発想ではなく、「給料がいいから業績があげられる」という逆の視点が必要になるでしょう。若者の人口集中と同じ理屈。東京圏に若者が集中するのは仕事があるからで、地方が見捨てられるのは仕事がないからです。

地方移住に100万円支給とかいうニュースもあったが、そんな一時的な金で移住するような人間なんていない。人が住むということは、そこで生きていくという意味なのである。仕事がなければ生きていけない。

逆の言い方をするならば、仕事のない地方はもうたたむべきなのである。町を終わらせるべきなのである。地方なら地方におけるコンパクトゆ集積エリアを作って、そこに高齢者も含めて集中させるべきなのである。むしろその方が高齢者にとってもメリットがある。「ぽつんと一軒家」なんてとんでもない話。

できもしない地方創生などに無駄に税金を使うくらいなら、「これから生きていく」若者たちへの投資にあててほしい。


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荒川和久/「結婚滅亡」著者

長年の会社勤めを辞めて、文筆家として独立しました。これからは、皆さまの支援が直接生活費になります。なにとぞサポートいただけると大変助かります。よろしくお願いします。