「内々定出すので、就活辞めてください」が優秀な人材を逃す

「先生、内々定出す代わりに、今すぐ就職活動を辞めて、内定承諾書を提出してくださいと言われているんです。どうしたら良いですか?」

学生の就職活動の相談に乗っていると、5月中旬から、このような内容が増えてきた。先日、ある大手企業の採用担当者と意見交換をする機会があったので、ためしに「なぜ、内々定を出す引き換えとして、内定承諾書の提出を求めるのですか?」と聞いてみたところ、「正直、それで学生が就職活動を辞めてくれるともおもっていないのですが、安心が欲しいのです」という答えが返ってきた。なんとも、企業も学生も悲しくなってくる話だ。

それとは別に、このような採用時の拘束は昔から行われているが、その効果についてはあまり検証されてこなかった。

さすがに採用研究の先進国である米国であっても、採用時の拘束に関する研究はほとんどないが、どのような施策が応募者の志望度を上げるのかという研究領域(Applicant attraction)がある。その研究成果は、この問題に対して一定の知見を提供している。

カルガリー大学(カナダ)のチャップマン教授らのチームは、応募者の志望度を高めることに着目した71の論文をもとに、応募者の意欲を高め、入社の意思決定につながる採用施策を明らかにしている。

その結果、「仕事内容や組織特性の合致度」「採用プロセスに対する妥当性と正当性の理解」が、応募者の志望度を高め、入社の意思決定を後押しすることがわかっている。多くの企業が、採用活動では仕事のやりがいや面白さ、社員の魅力、組織文化の良さをアピールしている。しかし、それと同じくらい重要な要素として、募集活動や選考手法に対して、妥当で、正当な手続きを踏まえていると、応募者が感じることが大きな影響力を持っている。

このような採用プロセスの妥当性と正当性は、人材獲得競争の激しい米国企業において重要性が増している。特に、Googleは "Candidate Experience(候補者体験)"と呼び、優秀な人材を惹きつけるのに有効な募集方法や選抜手法の分析を行う社内の研究チームを組織している。

また、「競合の存在」は内々定を承諾する意欲を減退させるものの、その組織や仕事内容に対する興味関心を増やすこともわかっている。そして、内々定を承諾する意欲を減退させる影響力よりも、組織や仕事内容に対する興味関心を喚起する影響力のほうが大きく、入社の意思決定に対してポジティブな影響を及ぼす。つまり、このことは応募者は複数企業から内々定をもらうことで、より注意深く仕事内容や企業を吟味するようになり、本当に自分に合った企業を選択していることが示唆されている。そのため、内々定を出した後に、複数企業から内々定をもらっている応募者にどのようなアプローチ方法をとるのかが、入社の意思決定を左右する。仕事や組織の魅力を伝えるのは説明会ではなく、内々定を出してからが本番である。

さて、冒頭の問題意識であった内々定者の拘束は、果たして学生にとって、妥当で正当な採用プロセスであり、組織や仕事内容に対する興味関心を喚起するような取り組みだろうか?採用活動における拘束の問題は、営業での値引き合戦と構造が似ているかもしれない。目先の利益に捉われて、企業価値やブランドを大きく損なっている危険性は決して無視してはいけないリスクである。

参考文献: Chapman, D. S., Uggerslev, K. L., Carroll, S. A., Piasentin, K. A., & Jones, D. A. (2005). Applicant attraction to organizations and job choice: a meta-analytic review of the correlates of recruiting outcomes. Journal of applied psychology, 90(5), 928.

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO31430080W8A600C1XXA000/

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