滴滴(DiDi)は中国政府に潰されるのか?中国ネット民の日本の報道とはちょっと違った意見
少し前ですが、中国版UBERことDiDiについてのニュースが日本でも話題になっていましたね。
中国政府から「個人情報の収集と利用に関する法律や規則の重大な違反を確認した」と発表され、アプリがストアから削除されました。ちなみにダウンロードはできないですがサービスは普通に使えてます、使えなくなったらライドシェア移動に慣れたみんなが夏の暑すぎる北京で熱中症を多発していたでしょう。
今回の規制はDiDiが6月30日にアメリカ市場に上場した直後のタイミングであり、これに関しての日本の報道や識者の方のコメント、またYahooやTwitterでは香ばしいコメントをけっこう目にしました。多くはDiDiに対しての意見よりも、中国政府のIT企業への締め付けに言及しているものが多く、中国にいる身としては正直びっくりしています。
中国のネットでも同様の意見はありますが、それは全く主流ではなかったです。トップ画像のように、ネット民からも、DiDiのユーザーからも、運転手からもDiDiへの行政介入についてみんな絶賛、「いいね」の嵐です。
そして最近ではボクの周りでも「DiDi以外に何か使いやすいサービスはあるのか?」についての情報シェアが活発になっています。
ということで、今日はこの件について日本ではあまり報道されていないであろう中国ネットの声を紹介します。(長いですがたぶん面白い内容も多いと思います、よかったら最後までどうぞ)
■DiDiに対する一連の規制と違和感について
まずは経緯からおさらい。6月30日、DiDiがアリババに次ぐ史上2番目に大きな規模の中国株としてアメリカ市場での上場を実現しました。公開買付届出書を出してからわずか20日間という尋常じゃない速さで、後にネットユーザーからは「違和感を感じた」と多くコメントされています。
なぜ「後に」感じたかと言うと、今回上場するときにはマスコミでの広範囲な宣伝報道や鐘を鳴らす儀式が全くなかったからです。投資者や管理者もSNSで終始沈黙でした。本来は間違いなくトレンド1位になったであろうはずの話題について、知らないネット民がほとんどだったのです。
7月1日、中国共産党成立100周年の記念日。時価総額が既に800億ドルに迫るということに関して情報が全くない。
7月2日、風の噂でDiDiが上場したことが知られはじめます。ただ、それ以上のビックニュースとして国家インターネット情報オフィスによるDiDiへの情報安全審査公告がトレンドにあがりました。
↑「国家安全法」「インターネット安全法」「インターネット安全審査方法」に基づき、「滴滴出行」(DiDiのメインアプリ名)に安全審査を行う。リスクの拡大を防ぐため、審査期間中の新規登録が中止される。
ネット民からは「本当に今?今じゃないとダメなことなの?相当やばいんじゃないの?」というリアクションが多かったです。
7月4日、さらにグレードアップ。個人情報の収集と使用に厳重な違法行為があるためアプリがストアから強制撤去される。(インストール済の既存ユーザーの利用には支障がない。アリペイやWeChat内のミニプログラム経由の利用も支障なし)
この時点で、中国ネット民たちはアメリカ上場する際にデータ情報が漏えいしたと推測していて、これはほぼ正解でした。
7月6日、国務院が違法の証券活動への厳しい取り締まりのお知らせを発表。「海外に上場している中国株への監督を強化する」「データの安全管理」「機密情報の管理」「実質所有者や幹部への責任追及」「強制的な上場廃止」などが言及されました。言うまでもなくDiDiのことですね。
7月9日、DiDiが運営する全アプリがストアから強制撤去。すでに撤去された「滴滴出行」と合わせて26個もあってびっくりしました。こちらはアプリの一覧です↓
7月10日、国家インターネット情報オフィスによる「インターネット安全審査方法」公開草案が発表され、100万人以上のユーザーを持つ企業が海外で上場する場合、事前にインターネット安全審査オフィスに安全審査の申し出を出さなければならないと主張。
ここまでの一連の動きが早すぎるので、アリババの時以上の深刻さを感じています。
■DiDiが持っている情報とは一体?
なぜDiDiへの取り締まりがこんなに厳しいのか。DiDiが持っている情報、流出した情報を見れば、これは公権力が介入すべきことであると納得できると思います。
DiDiは中国国内配車アプリの市場シェア80%以上の巨大サービス。4億以上のユーザーがいて、配車の際に必要となる携帯番号やクレジットカード情報、生体情報、勤務先と家の場所のデータを保持しています。さらに、会社で領収書を発行するため会社名の情報などプライベート情報も満載です。
また、配車サービスなので当然デジタル地図や道路情報も。さらに白タクや副業タクの場合は車情報と運転免許などのデータも提供する必要があり、これらの情報も大量に持ってます。これらを使って何ができるか。。分析力があるみなさんはどんなことが思いつきますか?DiDiの情報を応用すれば何が可能か、例えば2015年にDiDiのデータ研究ラボがこのような文章を発表しました。
↑DiDiビッグデータでわかる:真夏日、国務院所属の各部(省のこと)と各委員会はどこの残業が多いでしょうか
文章では、北京の40度の真夏日の2日間で、公安部、監察部、民政部、司法部、財政部、人力資源、社会保障部、都市建設部、交通部、人民銀行 etcなど政府の部署の、DiDi経由のタクシー、白タク、ハイヤーの利用データに基づき、それぞれの部署の仕事の忙しさを描きました。今考えるとよくこんなものを発表したなと思います。
↑これだけではなく、ヒートマップではリアルタイムの中国の人の流れも一目瞭然
↑都市ごとになると、どの道が混んでいて、どこに人が集まっているのかもはっきりと分析することが可能
↑かつて何回も女性客が危険な目にあう(殺されたことも)被害事件がありました。その対策の一つとして、利用時の全行程の車内録音録画機能が付いています。機能は強制的にオンになっているので、車内で、たとえ通話であっても、秘密なことを話していても、概ね録音されているはずです。それもデータとして記録されていることでしょう。
このような個人情報はともあれ、軍事の視点から見てもDiDiが持っている情報は規制せず流通させては絶対いけないようです。中国では数年前からデータのローカライゼーションについて法律まで作られました。Googleの件は既にご存知だと思いますし、アップルも中国ユーザーのデータを貴州省のデータセンターに保存するようになりましたね。
そしてアメリカでは2020年12月に下院で「外国企業説明責任法(Holding Foreign Companies Accountable Act)」が可決されました。 米国で上場する外国企業は、会計監査の資料など必要とされるデータを米国に提出して監査を受けなければならないです。これはLuckinの不祥事でリリースされた法案だと考えられますが、この法案では、中国企業が米国で上場したい場合、情報開示の要件を満たさなければならず、場合によってユーザーデータを含めたデータを米国に渡さなければならないことになります。今年の5月、チャイナモバイル、チャイナユニコム、チャイナテレコムがニューヨーク証券取引所から上場廃止したのは、この法案の影響だと言われています。
また、WSJの報道によると、中国の監査部門が数週間前に既にDiDiに上場の先延ばしをアドバイスし、情報安全に関する評価への催促も行っていたとのことです。香港市場での上場も選択肢の一つなのに、DiDiの管理層がリスクを冒してこっそりアメリカに上場することを選びました。投資者からの圧力が半端なかったのでしょう。
■DiDiは一体どこの会社なの?
DiDiが2012年に設立されてから、計23回、1500億元以上の資金調達をしてきました。ただ、2018年、2019年、2020年はそれぞれ150億元、96億元、106億元の赤字でした。これには長年投資したファンドもさすがにご機嫌斜めだったことでしょう。
DiDiに投資してる人たちは一体どこの誰なのか。公開情報によると、
ソフトバンク、 Uber、ゴールドマン・サックス・チャイナ、HSBC、モルガン・スタンレー、テマセク、アリババ、テンセント・インベストメント、アント・フィナンシャル、チャイナ・ライフ、アップル 、ハイ・トール・キャピタル、セコイア・キャピタル、カワ・キャピタル、CIC、ピンアン・ベンチャー・キャピタル、シティック・キャピタル、シビル・アビエーション・ファンド、サイ・リーダー・キャピタル、ディンホイ・インベストメント、チュンファ・キャピタル、チョンジン・アジ、ベイチー・ファンド、ゼンシン・バレー・キャピタル、アメーバ・キャピタル、新浪微博、フォックスコン、トヨタなど
とのことです(日本語訳の間違いがあったらすみません)。アメリカや日本などの国際的な投資銀行も多数参加しています。こう見るとDiDiが中国で配車サービス市場を独占し、中国市場で稼いだお金が結局欧米諸国の資本グループの利益となっているとも考えることができますね。
中国人目線から見れば「DiDiは本当に中国の会社なのか?」どうにも微妙です。
■「いいね」の嵐、めちゃ叩かれた柳Family
DiDiは、中国のタクシー業界や国民の外出習慣まで極めて大きな変化をもたらしました。なぜ今回の中国政府による規制の件では普段利用しているネット民から、DiDiのユーザーから、そしてDiDiの運転手からも「いいね」の嵐が起きたのか。
それはDiDiに市場を独占されてたくさんの不満が溜まっていたからです。
乗客にとっては、DiDiが独占状態になってからは初期にあったような割引やクーポンがなくなったのはもちろん、ビッグデータによるボッタクリも多発していて、みんな非常に不満でした。また、運転手にとっては、DiDiが取るサービス料が高すぎるのと、配車に公平性が欠けていることが問題となっていたのです。
ビッグデータによるボッタクリについてはこのnoteを御覧ください。
ユーザーのDiDiへの印象も年々悪化。特に2018年に連続発生した若い女性のレイプと殺害事件に対しての対応が渋かったこと、DiDiの態度が悪かったことはネットユーザーからの評価をかなり低下させました。ユーザーからは「社会的変革や産業的変革はどうでもいいよ、乗車してから安全に下車できるかどうかが一番大切だからちゃんと仕事してくれ」と厳しくバッシングされています。
また、DiDiのCEOである柳青をはじめ、柳家族への不信感が高いとも言われてます。ご存知かもしれませんが、柳青の父はレノボの設立者の柳伝志です。柳伝志への評価は、「立派な企業家だ!」というものもありますが、「ろくに技術発展も重視せず、人脈で企業を大きくして、国際市場でHUAWEIをはめた」など悪評も多いです(この件はどこまで本当なのか不明ですがね)。
また、DiDiがUber中国を買収した件についても色々な意見があります。柳青がDiDiのCEOになってしばらく経ってから、柳青のいとこである柳甄がUber中国の責任者に。当時、この競合2社のキーパーソンが柳伝志が最も可愛がってる2人の女性ということで話題になったのですが、その後の合併から考えるに、よく言えばDiDiがUberを買収したとも言えますが、UberがDiDiを名前ごと乗っ取ったと言っても特に違和感がないです。結局、膨大な外資資本が中国のインフラ事業に参入した、との見方が一般的になっています。
これらの件で、柳家族のことを「買弁」(過去に、植民地において外国の資本家のために自国市場で仲介役を務めた商人のこと)、売国企業家と叩く過激なネット民も増えてきました。
■今回の件から起きる連鎖反応
今回の一連の騒動によって、中国で大手IT企業の海外上場やデータ管理への取り締まりがさらに厳しくなるのは誰の目にも明らかですね。インターネットビジネスの発展が激しい中国では、行政が不届きのところがまだまだ多い。米中関係が緩和されない限り、国家主権や国の安全を配慮しなければならないことから、これからも少しずつ規制が強化されるでしょう。
また、DiDiはアプリのストアから撤去されたことをうけて、今までシェアが20%弱だった各社が、早くも新規ユーザー向けのキャンペーンを次々行っています。これからの配車サービス業界ではどんな競争があるか、非常に楽しみです。明日も最も割引券の高いところのサービスを使って出勤してみよう!
(参考資料)