見出し画像

「雇用⇒業務委託」という選択肢について企業の労務担当者が思うこと

最近、自社で雇用する社員を業務委託契約に切り替える、すなわち個人事業主として再契約する、という取り組みが話題になっている。

これまで会社と結んでいた雇用契約は解消され、元社員は、個人事業主として新しいキャリアをスタートさせることになる。

と言っても、独立してハイサヨウナラ、というわけではなく、元の会社やその子会社から一定の業務を受託することになるため、いきなり仕事がなくなるという心配はない。

背景には「人生100年時代」が叫ばれる中、自立したキャリア形成のあり方を模索していきたい、という想いがあるようだ。

電通の社員で発案者の一人でもある野澤友宏氏(ニューホライズン設立で転籍)らは独自の試みの狙いを「人生100年時代の新たな働き方を模索することや、これまで電通が受託していないような新たな仕事を探し事業創造につなげるきっかけにできたら」「社内にいてはできない仕事を受託できる面白さもある」と話す。

ぼくが所属するサイボウズでも、これまで雇用契約として働いていたひとが業務委託契約に切り替えるという例は(決して多くないが)存在する。

今回は、雇用契約から業務委託契約に切り替える、という選択肢について、企業の労務担当者視点で思うことを書いてみたい。

「雇用」と「業務委託」の違い

そもそも「雇用」と「業務委託」にはどんな違いがあるのだろうか? 

まずはそれぞれの契約の性質からみていきたい。

雇用契約と業務委託契約(委任・準委任・請負)の最も大きな違いは、その約束の内容にある。

雇用契約では「指揮命令(時間、場所、仕事の進め方など)下の労務提供」に対して報酬を約束するが、業務委託契約の場合は「事務の処理(委任・準委任)」「仕事の完成(請負)」に対して報酬を約束する。

そしてこの約束の違いが、会社と個人、双方にとって義務・責任の違いとなって現れてくる。

まず雇用契約の場合、個人は「誠実義務」を負うことになる。

簡単に言えば、使用者の指揮命令下で働くことを約束してお金をもらってるんだから、信頼を裏切らないよう誠実に働きなさいよ、ということだ。「秘密保持義務」「競業避止義務」なども同じ性質のものである。

対して、会社側は「配慮義務」を負っている。

要するに「指揮命令権」という強い力を持った会社は、労働者が安心安全に働けるよう配慮しないといけませんよ、ということだ。代表的なものだと、「安全配慮義務」「解雇回避努力義務」が挙げられる。

一方、業務委託契約の場合、会社側に「配慮義務」は発生しない。

というのも、業務の受託者は、会社からの指揮命令(時間、場所、仕事の進め方など)を受けることなく、「事務の処理」「仕事の完成」を達成しさえすればいい。つまり、完全に自分の裁量で進められるのに、配慮も何もないだろう、というわけだ。

とにかく守られた「雇用契約」

雇用契約と業務委託契約、それぞれの性質が分かったところで、次はこれらの違いが、個人にとってどう影響してくるのかを見ていきたい。

(1)法律

先述のとおり、雇用契約の場合、時間や場所、仕事の進め方などについて、使用者の指揮命令に従うことを前提としているため、弱い立場の労働者を守る法律が多数用意されている。

たとえば、働くうえで最低限の基準を定めた労働基準法。

労働時間の上限を設定したり、一定の労働時間を超えた分について割増賃金を支払わせたり、必ず一定の休日・休暇をとらせたりと、こうした決まりの数々は、すべて労働者を守るために存在している。

また、雇用契約を締結・解除する際の考え方を整理した労働契約法や、労働者が団結する権利を保障した労働組合法など、「雇用契約」を結んでいる人たちは、ありとあらゆる法律の庇護下にある。

一方、業務委託契約の場合には、当然、労働法は守ってくれない。

民法や下請法など、最低限の法律はあるものの、雇用の場合と比較すると、法制面での労働者保護がいかに手厚いかがよく分かる。

(2)資金等の調達・支弁

雇用契約の場合、資金の調達や支払いなどは会社がやってくれるが、個人事業主の場合、資金は自己調達・支弁が基本になってくる。当たり前と言えば当たり前な気もするが、要するに、会社の財布ではなく、自分の財布の中でやりくりしていかなければならないのだ。

(3)機器、設備等

雇用契約の場合、基本的には会社が用意してくれた機器や設備を使って仕事をすることになる。PCやスマートフォン、あるいは椅子や机、鉛筆、消しゴム、付箋といった備品も自由に使うことができる。

業務委託契約の場合でも、業務上必要なものを会社から貸与することは可能だが、原則、仕事に必要な環境は自分で整えていく必要がある。

(4)契約の解除

また、雇用と業務委託では契約解除のハードルの高さが大きく異なる。

前提として、雇用契約では会社側に配慮義務があり、解雇回避努力義務を負っている。

特に日本では、職務を限定せずに採用し、会社都合による配置転換が許容されていることもあり、会社は可能な限り雇用を維持することが求められる。

要は、お願いする仕事を限定せずに採用してるんだから、社内にやれそうな仕事があるうちは解雇しちゃダメでしょ、という理屈である。

一方、業務委託契約では損害賠償を支払いさえすれば、比較的容易に契約を解除することができる。

あくまで、ある特定の事務の処理、仕事の完遂をお願いしている、という関係性なので、雇用契約ほど契約解除のハードルは高くないというわけだ。

(5)公租公課(税・社会保険)

そして意外と馬鹿にできないのが、公租公課の負担である。

まず健康保険・年金保険といった社会保険について、会社員は健康保険組合や厚生年金の加入・納付手続きを会社が進めてくれるが、業務委託の場合、自ら国民健康保険や国民年金の納付手続きをしなければならない。

加えて、雇用契約者の場合、雇用保険や労災保険といった労働保険に加入することができるが、業務委託契約の場合、そういった保険が存在しないため、自ら民間のサービスを探すしかない。

所得税についても、雇用されていれば年末調整の対象になるが、個人事業主は自ら確定申告する必要がある(とてもめんどくさい)。

(6)社会的信用(住宅ローン等)

最後の違いは、社会的な信用である。

現実問題として、やはり雇用契約を結んでいる人と個人事業主では、金融機関からの信用に差が出ることが多いようだ。

雇用から業務委託に切り替える際、雇用契約であれば住宅ローンを組めたのに、業務委託契約に切り替えてしまったがために組めなくなった、というケースが発生することは十分にあり得る。

多様な距離感を「選択」できることに意義がある

こうやって見てみると、何だか雇用の方が色んな保護があって、労働者側へのメリットが多いような印象を受ける。

もちろん、こうした手厚い保護は、雇用契約が「指揮命令下で働かなければならない」ことの裏返しでもあるため、業務委託契約として、時間や場所に縛られることなく自由に働き、他社の仕事も気兼ねなく受けられることにメリットを感じる人もいるだろう。

ただサイボウズの場合、雇用契約を結んでいても、比較的、時間・場所の制約も少なく、複業として他社の仕事を受けることもできるため、いよいよそのメリットは見えにくいものになる。

しかし、冒頭で紹介したとおり、サイボウズ内でも、それまで雇用契約だった人が、本人希望で退職し、業務委託契約を結び直したケースが存在する。

本人に理由を聞いてみたところ、雇用の時より更に自由に働けるようになることはもちろん、マネジメントの中で評価されながら働くよりも、1人のプロフェッショナルとして完遂した成果物に対して報酬をもらう、という距離感の方が自分には心地よかった、という答えが返ってきた。

確かに、比較的自由に働けるサイボウズといえど、雇用されるということは、あくまで組織マネジメントの範囲内で働くということであり、実際それは、何気ない業務上のコミュニケーションや評価のされ方、日々の勤怠管理など、あらゆる場面から感じられるものだ。

既にサイボウズ以外にも十分な収益源を持っており、サイボウズと今まで以上に対等な関係、つまり、1人のプロフェッショナルとして仕事を依頼してもらいたい、という人にとっては、雇用契約から業務委託契約に切り替えた方が気持ちよく働ける、というのも頷ける。

結局、本当に大切なのは、会社と個人双方にとって心地良い距離感や関係性を実現できることだ。「雇用⇒業務委託」という道があることで、1人でも気持ちよく働ける人がいるのなら、会社として選択肢を増やすのもまた1つの手だろう。

誰もが心地良い居場所を見つけられるように、一律ではない、会社と個人の多様な距離感が認められていくことを、切に願う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?