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教育は「一方通行ティーチング」から「ファシリテーション」へ~主体的に動く人材を育てるには~

 Potage代表取締役 コミュニティ・アクセラレーターの河原あずさです。2021年から法人登記し代表取締役に就任、それと同時にビジネスネームを「河原あず」から「河原あずさ」に変えることになりました。今後ともよろしくお願いいたします。

 新型コロナウイルスが猛威を振るうことにより、ビジネスの世界では大きな変化が訪れましたが、それと同等に変化が起きたのが「教育」の世界です。

 大学では講義がオンラインに切り替わり、義務教育も制約がある中での運営となっています。感染症リスクと隣り合わせで、コミュニケーションの取り方も限定される中で、試行錯誤している教員のみなさまも多いかと思います。

 そんな中で、教育のデジタル化に関する主張も増えてきています。オンライン教育は、場所を選ばずに、自分が受けたいカリキュラムにアクセスでき、成績管理などもデジタル化することで、パフォーマンス管理がしやすいという趣旨です。

 今後、学校教育の世界でもオンライン化、あるいはリアル授業とオンラインを組み合わせたハイブリッド化の波は収まらないと考えられます。ビジネスの世界にリモートワークの波が訪れているのと同様に、です。

 一方で、デジタル化には大きな課題もあります。特に大きいのが「教える=知識をつめこむ」という図式の崩壊からくる課題です。

 デジタル化した社会とは、世の中のあらゆる知恵に、テクノロジーを介してアクセスできる状態と言えます。知識はインターネットの海の中にいくらでも転がっており、検索し、探索することにより、容易にアクセスできるわけです。そんな世の中で「知識」をつめこむことに、果たしてどれだけの意味があるでしょうか。

 あらゆる情報につながり、情報があふれかえる世界で大事なのは、知識の量ではなく、膨大にあふれる情報を自分なりの考えで把握し、編集し、解釈し、次の行動へと転換していく「自分で動く力」を身に着けることです。しかし一方通行で教科書的な答えを「指し示す」(teachの語源)ことは、「自分の力で見つける」力を逆に削いでいくことにつながります。

 では生徒や学生が「自分の力で自分なりの最適解を見つける」ように促していくには、教える側にどんなスキルが必要でしょうか。私は「ファシリテーションスキル」が今の教育現場にこそ重要だと考えています。

詰め込み教育の転換点と「一方的ティーチング」

 数々報道もされたのでご存じの方も多いと思いますが、2020年度は「詰め込み教育」の転換点でした。(良くも悪くもセンター試験の記述試験化をめぐるゴタゴタを記憶している方も多いかもしれません)

 こちらの2020年度の学習指導要領改訂の概要を読むと、以下のように記載されています。

新しい学習指導要領では、教育課程全体や各教科などの学びを通じて「何ができるようになるのか」という観点から、「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力など」「学びに向かう力、人間性など」の3つの柱からなる「資質・能力」を総合的にバランスよく育んでいくことを目指します。
「知識及び技能」は、個別の事実的な知識のみでなく、習得した個別の知識を既存の知識と関連付けて深く理解し、社会の中で生きて働く知識となるものも含むものです。そして、その「知識及び技能」をどう使うかという、未知の状況にも対応できる「思考力、判断力、表現力など」、学んだことを社会や人生に生かそうとする「学びに向かう力、人間性など」を含めた「資質・能力」の3つの柱を、一体的に育成します。

 長い言い回しですが、少々乱暴に要約するなら、冒頭に私が述べた以下のコメントとほぼ同義かなと思っています。

あらゆる情報につながり、情報があふれかえる世界で大事なのは、知識の量ではなく、膨大にあふれる情報を自分なりの考えで把握し、編集し、解釈し、次の行動へと転換していく「主体的に動く力」を身に着けることです。

 この文科省の方針自体、社会の変化を見据えたもので、個人的には表明すること自体には一定の評価はしていますが、一方で実現する上での難しさも感じています。どういう難しさかというと、大教室に40人近くの生徒を集め、教科書を配り、教科書の理解度を問うたり、特定のスキルを詰め込んでいく従来型の教育スタイル=「一方通行ティーチング」(便宜的にこの記事でつくった造語です)で文科省の言う「資質・能力」は培われるのかという点です。

 今の教員たちはこの「一方通行ティーチング」に最適化されている人たちがほとんどで「自分で考えて判断する」力や「表現力」をはぐくんでいくことが、教員だけでは難しいのではないかと個人的には考えています。

オンライン教育における悲鳴

 もちろん現場では、この「一方通行ティーチング」からの転換を徐々に進めていこうという努力はなされていたでしょう。しかしそこに追い打ちをかけるように、新型コロナウイルスが世の中に蔓延しました。

 思考力や表現力を身に着ける体験型授業は、基本的には対面で実施するのが効果的ですし、従来のこれらを鍛えるカリキュラムは、教室に生徒や学生を集めて実施されていました。ところが「人を集める」のがリアルな時代になり、顔をつきあわせながらこれらの力をはぐくむのが難しくなっています。

 特にオンライン授業に多くが移行している大学教育はなかなか厳しい状況におかれています。教授が手弁当で収録した録画コンテンツを提供したり、オンライン会議ツールを使い、パワーポイントで授業が行わるものの、ほとんどの学生はカメラをオフして出席。学生が話を真剣にきいているのかどうかもわからないまま、一方通行の話が終わる……という講義が増えているわけです。こんな状況では「思考力」や「表現力」をはぐくむどころではありません。

 こちらの記事のコロナ禍の大学1年生のコメントがリアルな声かなと思うので引用します。これがまさに、今現場で起きていることです。この状況で「自分で考えて動く力」を教員が伝えることができるのか……答えは推して知るべしでしょう。

Bさん 春学期は講義の録画が一方通行で配信されて、それを見て課題を提出する形でした。課題の数も多くて、気付いたら夜中ということも多く……。親は会社、妹も普通に中学へ行って、自分は家にいるのになぜか忙しく、ずっとパソコンの前に張り付いている状況。しかも友達も全然いなくて、精神的にすごくきつかったです。

「ファシリテーション」のプロが教育現場に必要だ

 オンライン全盛の中、手ごたえのない「一方通行ティーチング」が広がる中で、今教育現場にどのようなスキルを持った人材が必要でしょうか。私は「ファシリテーション」スキルこそが、オンラインオフライン問わず、「自分で考えて行動する」人材を育成するために、教員サイドに必要だと考えています。

 ファシリテーションは、私なりの定義で言うと「さまざまな立場の人たちの視点を場に共有した上で合意形成をはかり、その場にいる人たちの視点をアップデートしていくプロセス」です。

 視点をアップデートするとはどういう状態かというと、その場にかかわるひとたちの視点を把握し、解釈した上で、自分なりの最適解を出せる状態です。それまでになかった観点や、自分の意見とは違う他の人の意見を認めたうえで自分なりの意見を持ち、意見を戦わせるのではなく、自分にできるアクションを自分自身で決めるのがゴールです。

 この数年、全国でさまざまなワークショップやハッカソン、アイデアソンなどが開催されるようになり、だいぶこの「ファシリテーション」という概念が市民権を得てきました。しかし、教育の現場に浸透しているかというと、まだまだ不十分だと個人的には感じています。

 外部からファシリテーターをゲスト講師に呼んでワークショップ授業をやる学校も増えてはいます。しかし、もっと大事なのは、一人一人の教員が「ファシリテーション」のスキルやセンスを持ち、「ティーチング」一辺倒ではない授業提供をできることではないかと考えています

 たとえば、オンライン授業でどう双方向性をつくっていくかという課題に、ファシリテーションの方法論は大いに役立ちます。答えをインプットし続けるのではなく、問いを設定し、その問いに対してグループで意見をだしあいながら、自分たちなりの解を出していくプロセスを教員のみなさんがつくれるようになれば、オンライン・教室授業を問わずに、自分の力で考え、自分なりの表現をする方法論を、生徒や学生たちに伝えていくことができます。実際、知識を詰め込んでいくよりも、教員のみなさんも、やりがいをもって現場に臨めるのではないでしょうか。

 今の教員のみなさんのアプローチを否定するわけではありません。それぞれのプロ意識で、それぞれの努力、研鑽をされているでしょう。しかし、これからの教育、人材育成を考えると、そんな教員のみなさんに「ファシリテーション」という武器が加わったら、世の中がどれだけダイナミックに変化していくだろう、と夢想せずにはいられないのです。

 幸いにして、ビジネスの世界には、企業に属しながらファシリテーターとして活躍する「会社員ファシリテーター」がたくさんいらっしゃいます。学校教育の外から、ファシリテータースキルの伝道師としてそんな方々が教育現場に入り、そのスキルやノウハウ、考え方を教員のみなさんに浸透させていくことができれば、生徒や学生の「自分で考えて、行動する力」はどんどん引き出されていくのではないでしょうか。

 手前味噌ではありますが、わたしも元会社員ファシリテーターです。今は独立起業し、ファシリテーターとして数多くの企業向け研修を提供しています。このようなビジネスが成立していることが証明しているように、ビジネスの世界では「詰め込みから自律的な人材の育成へ」と人材育成の転換が進みつつあります。この流れが学校教育の世界でも進んでいけば、日本はもっとそれぞれの考えを表明しやすくなり、多様性のあふれる社会へと変わっていくのではないかと考えています。

 今こそ教育現場に「ファシリテーション」を、と強く思いますし、ファシリテーションの経験値のある人材が教育現場に入り、教員のみなさんに「ファシリテーション」という概念が広く広がってくれば……と願っています。教育現場の方にお声がけいただければ、私にできる限りのサポートができればと考えているので、いつでもご連絡くださいませ。

モデレーター&ファシリテーター育成の講座を開催しています

 これまた手前味噌で恐縮ですが、ステージのモデレーター&ファシリテーターを養成する講座をCOMEMO KOLの西村創一朗さんと一緒にやっています。現在第4期を開催中で、のべ40名近くの方が受講されています。ステージトークで場の合意形成をつくっていく方法論について体系的に伝えているので、もしご興味のある方いましたらチェックください。現在2021年3月開催の第5期の募集中です。もちろん教育関係者のみなさま大歓迎です!!

 なお当記事は、日経COMEMOのこちらのお題を元に執筆されました。いつも素敵なお題をありがとうございます。


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