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FIREには全く興味がない僕が「ハーフリタイヤ」してみた結果。

「働き方」にまつわるトレンドで、ここ数年で最もホットなトピックはなんだろうか。

複業研究家としては、「複業(副業)!」と言い切りたいところだが、残念ながら圧倒的にFIREに軍配があがるだろう。

「働き方」というトピックに興味関心がある方は、FIREというキーワードを一度は聞いたことがあるはず。

「FIREブーム」の火付け役になった『FIRE 最強の早期リタイア術』は9.5万部を突破。2020年3月に刊行された書籍だが、2021年の方が売れているらしい。

ちょうど先日、日経新聞でも取り上げられていた。

曰くFIREとは、

FIREというのはFinancial Independence, Retire Earlyの略です。経済的な独立を果たせるだけの資産形成を行い、早期リタイアの実現を目指す取り組みを指します。

ということだそう。

つまり、

FIRE=FI(経済的自立)+RE(早期リタイア)

と、FIREは2つの要素に分解される、ということだ。

「早期リタイア」の前提条件として「経済的自立」があるはず(経済的に自立していない人が早期リタイアをする、という状況は現代社会においてはなかなか考えにくい)なので、「FIRE」という舶来の新しいトレンドと、昭和の時代から存在していた「早期リタイア」という選択肢に実質的な違いはなく、「朝の日課」のことを「モーニングルーティーン」と言うのと同じようなものだと思っている。

ただ、「言葉の響き」はトレンドを作っていく上で非常に重要だ。

Aさん「おれ、実は早期リタイアを目指してるんだよね」

と言うのと、

Bさん「おれ、実はFIREを目指してるんだよね」

と言うのとでは、圧倒的にBさんの方がイケてる感じがする。AさんもBさんも、言っている意味合い的には全く同じにもかかわらず、だ。

「イケてる感じ」がするかどうかなんて、本質的には全く重要じゃない!バカバカしい!とインテリ諸氏は感じるかもしれないが、「口ずさみたくなる、イケてる感じのする『言葉の響き』かどうか」は、言葉や考え方を流通させる上では非常に重要なのだ。

たしかに、「FIRE」という言葉には、「早期リタイア」という言葉にはない、オシャレでカッコいい響きがある。

Cさん「え!FIREって何?」

Bさん「知らないの?Financial Independence, Retire Earlyの略だよ(キリッ)」

というところまでセットで、だ。

こちらの調査(※)によると、「FIRE」という言葉を知っている人は81%、興味ある人にも78%のぼるらしい。「知っている人」はほぼ全員「興味ある人」だということなので、凄まじい数字だ。

※こちらの調査はN=100なので信ぴょう性のある調査結果とは言い難く、うのみにするのは危険だが、一定の参考材料にはなるだろう。

なぜこんなにも、日本人はFIREしたがるのか?

FIREが日本人を惹きつけてやまないのは、もちろん「言葉の響き」がカッコいいから、というだけの理由ではない。

ギャラップ社の最新の調査(2021)によれば、日本でエンゲージメント(熱意)をもって働いている社員はわずか5%しかいないという。

(ちなみに、よく引用される2017年の調査の時は6%だったので、そこから4年が経ち、数値が改善するどころか、わずか1ポイントとはいえ悪化しているのだから、世も末である)

裏を返せば、世の中の95%の会社員は「やる気がない」=できることなら「働きたくない」のだ。

そうした「働きたくない民」にとって、FIREはこれ以上ない、まさに理想的な人生の選択肢だ。「働かないこと」と「お金に困らずに自由気ままな生活を送る」ことを両立する至高の「働き方改革」とも言える。

「働きたくない民」にとっての「手が届きそうな夢」。それが「FIRE」なのである。

そういう意味では、日本は世界で最もFIREを渇望する国民の割合が多い国(≒「働きたくない民」の割合が多い国)と言える。

FIREは本当に理想的な人生の過ごし方なのか?

「日本の公園の父」として知られる林学者(東大農学部の教授)でありながら、「月給4分の1天引き貯金」を元手に投資で巨万の富(現在の資産価値で100億円に相当する資産)を築いた本多静六という先人がいる。言うなれば、元祖FIREに成功した人とも言えるが、彼はFI(経済的自立)こそ達成したが、RE(早期リタイア)には踏み切らず、定年まで教職を勤め上げた。
(余談だが、定年を迎えて退官したタイミングでほぼすべての財産を寄付したそうだ。なんと徳の高いお方なのだろうか。)

なぜ、本多静六は早期リタイアをしなかったのか。その理由について、彼は自著『私の財産告白』の中でこう綴っている。

「私の体験によれば、人生の最大幸福は職業の道楽化にある。富も、名誉も、美衣美食も、職業道楽の愉快さには比すべくもない」

「人生の最大幸福」が何であるか、については絶対的な答えがあるものではなく、極めて主観的なものであり、百人百通りの価値観がある。

そのため、偉大なる先人・本多静六が「人生の最大幸福は職業の道楽化にある」と言っているのだから、誰もが同じような価値観を持つべきだ、というつもりは毛頭ない。

ただ、実際に巨万の富を築き、圧倒的「FI」(経済的自立)を成し遂げた当事者の言葉には、説得力が強く宿る。

かくいう筆者も、氏の言葉には強い共感を覚える。これまでの33年の人生で、FIREした経験もなければ、FIREできるだけの潤沢な財産もないが、仮にまかり間違って100億円の資産を手にしたとしても、何ら変わらず今の仕事を続けていくだろう。今取り組んでいる仕事の中で、お金のため「だけ」にやっている仕事は一つもないからだ。そういう意味では、筆者は「職業の道楽化」に成功している、と言えるかもしれない。とても有り難いことである。

「FIRE」ではなく、「ハーフリタイヤ」という生き方を選んだ結果。

そういうわけで、「FIRE」という生き方、とりわけ「RE(早期リタイア)」には全くもって興味が持てないものの、ワケあって筆者は5年前に会社員を辞めて独立する、という決断をしている。

その理由や背景については以下のコラムで詳述しているが、端的に言えば「娘と過ごす時間を最大化するために、労働時間を減らしたい」と考えたことが最大の理由だ。

その具体的な手段として会社員を辞めて独立をすることで、
「週5日・40時間はたらく」
「毎日往復3時間かけてオフィスに通勤する」
という苦行から自分を解放することで可処分時間を増やし、娘をはじめ家族とする時間にオールインする、という強硬手段に出たのだ。

独立後は、一時期「週休4日制度」にチャレンジするなどいろいろ試行錯誤したものの、最終的に落ち着いたのが「1日4時間・週20時間だけ働く」という働き方だ。会社員時代の所定労働時間(週40時間)のちょうど半分なので、「アーリーリタイア」ならぬ「ハーフリタイヤ」と呼んでいる。

「週4時間」だけ働く。という働き方も選択肢としてあったが、それだとさすがに時間を持て余しそうなので、「1日4時間✕5日=週20時間」という働き方に落ち着いた。

早いもので、そうした「ハーフリタイヤ」生活をはじめて現在5年目。もうすぐ丸5年が経とうとしている。

途中、「独立してから三年間で三度メンタルダウンしてしまう」という事態に陥ったこともあったけれど、直近2年間は極めて心身ともに安寧に過ごせている。

働く時間は会社員時代の半分以下になったが、所得は5倍近くになった。時給換算すると10倍近くになっていることになる。

それ以上に、家族と過ごせる時間が3倍になったことで、家族との関係性が10倍以上に良くなったことが、これ以上にない幸せだ。本多静六氏の言葉を借りるならば、「人生の最大幸福は家族との良質な関係性にある」とも言えるかもしれない。

33年の人生を振り返って、人生のターニングポイントは数え切れないほどあるが、5年前、会社員を辞めて「ハーフリタイヤ」という働き方へのライフシフトを決断したことは、ベスト3に入るファインプレーだった。

「ハーフリタイヤ生活」は、残り半年。

上述の通り、FIRE(特にRE=早期リタイア)には全くもって興味はなかったものの、「ハーフリタイヤ」を決断した結果、想像以上に快適で幸せな日々を過ごせている。大正解!と心の底から言える人生の選択であったと断言できる。

では、この生活を一生続けたいのか?というと、答えは明確に「ノー」だ。

実を言うと、独立を決めた時点で「仕事時間をセーブするのは5年間限定」と決めていた。独立をする2017年1月から、娘が小学校に入学する2022年4月までの5年3ヶ月限定のワークスタイル、ということだ。

「ファミリーファースト」(家族と過ごす時間を最優先事項にすること)を貫くために、仕事時間を最小限に抑えることを決め、それを実現するために

①事業は拡大させない
②人は誰一人雇わない
③資金調達はしない

という「やらない3つのこと」を決めて、(一時期ブレそうになったこともあったが)5年間それを貫いた。

裏を返せば、この3つは我慢していた。最優先事項を優先するために、「今やるべきことではない」と自分に言い聞かせていたが、実はずっとウズウズしていたのだ。

心の底では、
①事業を拡大させて、一人でも多くの人を幸せにしたい
②事業拡大のために、雇用することを厭わず組織づくり・チームづくりにチャレンジしたい
③事業拡大のために、先行投資ができるだけのまとまった資金を調達したい

とずっと思っていたが、それをグッと堪え続けてきた5年間だったのだ。

気づけば、2022年4月まで残すところあと半年ちょっと、というところまで来た。2022年4月からフルスロットルで事業に取り組めるよう、今年の4月からひっそりと事業開発をスタートした。
BUSINESS INSIDERに寄稿した記事にもチラッと書いたが、メンタルヘルス/ウェルビーイング領域で事業づくりを進めている)

そう。多くの日本人がFIRE=働くことを辞めることを渇望している中、筆者はもっと働くことを渇望しているのだ。我ながら時代の流れと完全に逆行してる自分に少し驚いている。

本多静六が「人生の最大幸福は職業の道楽化にある」と述懐したが、筆者も全くもって同感だ。仕事を通じて誰かの課題、社会の課題を解決すること、解決するためにアレコレ試行錯誤は最高の道楽=エンターテイメントだ。

先に書いた「人生の最大幸福は家族との良質な関係性にある」という話と矛盾しているのではないか?と感じた読者もいるかもしれないが、「人生の最大幸福」は一人一つまで、というルールや決まりはどこにもない。

HARES(兎の複数形)という社名の通り「二兎を追って二兎を得る」は、筆者の人生の指針だ。片や「家族との良質な関係性」を維持しつつ、返す刀で「職業の道楽化」にも励んでいきたいと考えている。

おわりに:FIREのその先に何を見るか?

FIREとは何か?なぜ日本人はFIREを渇望するのか?について紹介した前半パートとは打って変わって、後半パートではなぜか自分語りを展開してしまった。

巨万の富を築き、FI(経済的自立)を成し遂げられた本多静六氏の重みのある言葉とは異なり、FIRE民でもなんでもない筆者の言葉のなんと軽薄なことか。

ただ一つ言えるのは、

FIRE=FI(経済的自立)+RE(早期リタイア)

の公式のうち、REするかどうかは個人の判断に委ねるとして、FIは間違いなく重要である、ということだ。

「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるが、今多くの日本人が「働きたくない民」なのは、「働かざる者食うべからず」という状況、すなわち「やりたくもない仕事だが、生活のためにはやらざるを得ない」という状況だからであり、もしFI(経済的自立)が実現できれば、「やりたくもない仕事」はさっさと辞めて、仮に儲からないとしても「やりたい仕事」にジョブチェンジを行い「職業の道楽化」が実現できる可能性が高まる。

思えば筆者も、娘が生まれたタイミングで独立して「ハーフリタイヤ」するという選択ができたのも、2013年から複業を開始し、そこから3年かけて「本業と同じくらいの金額を複業で稼ぐ」というレベルまで育っていたので、ある程度自信をもって決断(そして妻の説得)ができたのだ。

なので、FIREを目指すこと自体は全く悪いことではなく、むしろ自分の幸福度を高める良い選択肢である。

ただ、FIREしたい=仕事辞めたい、働かないで生きていきたい、ということだけが目的では、幸福度は半減してしまう。

FIREをFI(経済的自立)とRE(早期リタイア)に分解して捉え、もしFIしたら、いったいどんなことを仕事にすると「職業の道楽化」が実現できそうか?ということまでセットで考えられると、よりFIREによって得られる幸福度が高まりそうだ。

もっと言えば、FIの結果得たいもの、やりたいことは、FIRE以外の選択肢でも実現できる、ということに気づけるはず。そう、例えば「ハーフリタイヤ」のように。

当初の予定を大幅に超えた長文(5000文字超)になってしまったが、読者のみなさんが #私らしいはたらき方 を考える上で、微かながらでも参考になったら幸いである。

余談だが、やたらと『金持ち父さん貧乏父さん』を持ち出して、「不労所得を得よう!」と持ちかけてくる輩と同じく、「FIREしようぜ!」といって何かを売り込んでくる輩は99%悪徳業者なので、気をつけよう。

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