見出し画像

ニースにて「観光」を考える

安倍元首相が凶弾に倒れるという衝撃的なニュースを、出張の合間に訪れた南仏ニースで受け取ることになった。ご冥福をお祈りする。

アベノミクスに並ぶ元首相の功績のひとつは、訪日観光の振興と言われている。パンデミック(世界的大流行)前の2019年には、最高のインバウンド旅行客数3,200万人を記録した一方で、京都など人気の高い観光地ではオーバーツーリズムの弊害が顕著になった。

ニース、カンヌ、サントロペなどの南仏海岸都市は、長くツーリズム命で栄え、世界の「観光ベストプラクティス」を誇る。コロナ危機を超えて、すっかりにぎわい取り戻しているハイシーズンのニースで数日を過ごし、一過性の盛り上がりに陥らない観光の在り方について、日本が学ぶことは多いと感じた。

ニース観光の成功を突き詰めると、その重層性にたどり着く。超富裕層はスーパーヨットを借りて海のホテルライフを楽しみ、富裕層は名前の知れた高級ホテルに滞在する一方、民泊を含めマス層のツーリストにも手が届く選択肢も多い。

さらに、ニースの魅力は、「1回観光したら満足」にとどまらない―「よそ者」にとって、ニースの楽しみ方は多様性がある。温暖な気候と住みやすさにひかれて、引退後にニースに居を構える富裕層の顔ぶれはインターナショナルで、英語・仏語さえ話せればそのコミュニティーに入ることは難しくない。外国人でも、結婚式とパーティーをニースで、という楽しみ方もある。

このように顧客層にも過ごし方にも重層性があることによって、ニースの観光資産はより磨きがかかる。外国人に開かれた不動産市場、長い滞在に欠かせない医療施設、いろいろなレベルに対応する宿泊施設、心配なく歩き回れる安全性、観光客もローカルも楽しめる店、英語を話す飲食業スタッフなどが欠かせない構成要素だ。

実は、歴史のある欧州の観光地ならばどこも同じ充実ぶりとは限らない。例えば、ニースの前に、しばらくローマに滞在したが、「これでもか」という遺跡オンパレードは類を見ないものの、例えば市内のホテルには選択肢が少なく、ニースで感じるような重層性に欠けるように感じられた。

もちろん、風光明媚(めいび)な観光地にも、影はある。いまこの原稿をニースのホテル屋上、プールサイドで書いているが、くつろぐ客は白人中心の一方で、働くスタッフは有色人種の割合が高い。人種と社会階層が暗黙的にひもづく現実を感じる。一方、富裕層は富裕層なりの問題もある。最近では、ロシアのオリガルヒがスーパーヨットを没収される一連の騒ぎがあったそうだ。

安倍元首相の功績により盛り上がった訪日観光を振り返ると、顧客層と過ごし方の重層性を意識した観光地の作り方に、ポストパンデミックを見据えた向上の余地を感じる。

日本は、豊かな四季、神社や寺院、城に代表される歴史的な遺産やのどかな田園風景、地方性豊かな食、(今回の襲撃事件で評判を落とすことは免れないものの)高水準の安全性など、ベースとなる観光資産には恵まれている。

しかし、極東という地理の不利ゆえに「1回行ったら満足」というエキゾチックな目的地になりがちだ。これでは、観光客との心のつながりが薄く、数を追うことでオーバーツーリズムのわなに陥ってしまう。

何度もゆっくりと訪れたい、まずは国内、将来的には海外の富裕層が引退したい、また、子息の結婚式、または自分たちの金婚式はぜひここで―と思えるような重層性のある観光地をいくつか戦略的に作れないものだろうか?

人口減によって、国内の成長産業が見いだしにくくなっている。その一方で、物質的な豊かさに加えて、精神的な豊かさが求められる時代だ。持続可能な観光により世界の需要を日本へ取り込むことは、国内にとって成長のひとつの解になりえると考える。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?