スケールとブランディングの両立の方法論
「多く売ること(スケール)と、ブランドをきちんと理解してもらう(ブランディング)は、オンライン時代で両立できるのか」
多くのブランドはその認知の広がりと共に、ブランドのスケーラビリティに対して決断を求められます。スケーラビリティを志向しグロースを選択する際に、ブランドとしてコミュニケーションやブランディングと、二律背反する葛藤場面を多くのブランドオーナーは経験しているのではないでしょうか。
今回は、いわゆる「スケールを志向したグロース」と、ブランドとしての「ブランディングコミュニケーション」が両立するのか、について考えをまとめたいと思います。
なぜグロースが必要なのか?
グロースの程度や目指す事業規模はそれぞれのブランドが決めれば良いことであるという大前提をおいて話をします。
個人的な考え方ですが、現段階での試行錯誤の結果、結論として、大なり小なり事業活動にグロースは必要であると思います。
ただ、その程度やスピード感はブランドの目指す姿に大きく依存します。
例えば、洋菓子業界では、オーナーシェフの個人店が多く存在し、個人が前に出てタレントになっていくケースがあります。また、Bakeに代表されるようなスタートアップ的なお菓子屋さんもできています。加えてチェーン店や大手洋菓子メーカーなどもあります。
そのブランド毎にグロースの意味合いは違ってくると思います。
どんな規模やスタイルにせよ私がグロースが必要だと思った理由は、企業やブランドは関わる人の集合体だからです。
Minimalを例で考えると、実は創業から2、3年くらいで、自分たちとしては気持ちの良い状態になっていました。その時にグロースは必要なのか。という議論を真剣にしました。
その中で論点となったのは、関わる人が完全に同じ状態が続くこと事はないと言うことでした。
一緒に創業したメンバーも創業時には独身だったり、子供がいませんでしたが、結婚したり、子供が生まれたり環境が変っていります。スタッフも少しずつ増えて、入社してくる動機も多様になっています。お客様もブランドとともに年齢を重ねてライフスタイルが変わって行きます。産地の生産者もMinimalクオリティを理解し、良いモノをたくさんつくるようになり、「もっと買ってくれ!」と言ってきます笑
ブランドが関わる人の集合体である以上、「現状維持」を永劫し続ける事は不可能であると考えたのです。
グロースの目的設定が重要
目的設定次第で、グロースの意味は変わってくると思います。
そして、その目的こそが重要であると思います。
グロースそのものが目的であればもしかしたら単純にどんな手段を使っても「売上げを大きくすること」で成功となります。
しかし、Minimalにとってはあくまでグロースは目的を達成するための手段という位置づけです。
Minimalはチョコレートの新しいスタイルや体験、おいしいチョコレートに出会って幸せな気持ちになってもらう幸せの総量を最大化させていくこと、ミッションである「チョコレートを新しくする」事の実現を目指しています。
産業構造的に捉えると、
川上からいくと、カカオ豆の生産現場で貧困や強制労働のような現実がある中では、Minimalが100%フェアトーレードで買い付けして、少しずつこの問題を解決したしていくことにより、救われる人たちが増えていくことでもあります。
川中では、Minimalの職人たちが自分たちのキャリアを確立し、世界一の職人を目指せる経済的な環境や切磋琢磨できる環境を整えていくことです。
川下では、美味しくて新しいチョコレートが多く売れる事はチョコを食べて幸せになる人が増えていくことですし、売上は共感の総量です。
この連鎖は世界の幸せの総量を増やしていくことです。
そこを目指すうえで、ある一定のスケールを諦めてはいけないと思います。
私達がチョコレートの品質に真摯に向き合う努力を怠らなければ、ビジネスがスケールしていくと同時に、カカオ生産者の収入向上も、お客様の幸せの総量も一緒に大きくなり、エコシステム全体でソーシャルインパクトが大きくなっていくのです。
自分たちの気持ちの良いくらいの大きさで安住しないことが大事なのです。
以降は、今回の本題でもある、グロースを目指しながらも、自分たちのブランドメッセージをブレずにきちんと届けることの両立について、わたしたちが意識しているポイントをお伝えします。
事業成長と組織・人材成長の両立を意識していく
先日、アマゾンの最高経営責任者のベゾス氏が退任を発表し、後任にアマゾン創業初期から在籍しているジェシー氏が選出されました。アマゾンのような新陳代謝の激しい企業で創業メンバーに近い人が残っているのは驚くべき事だと思います。
「アマゾン、ベゾスCEO退任へ 後任にクラウド担当 創業四半世紀で区切り」
なぜ、ジェシー氏がアマゾンに残ったのかの本当の理由はわかりませんが、個人の見解としてアマゾンは成長し続け、面白い仕事を提供し続けてきたからだと思います。
その事業はどこを目指し、どういう風に成長していくのか、そして、その中で組織も人材も適切に成長していく、この二つが組織として両立できたときに、幸せの輪が広がっていくのではないでしょうか。
そして、ある意味で事業の成長がすべてを癒やしてきたと思います。人はプライベートでもいろんな事がある中でずっとその会社にいられるかどうかなんてわかりません。それでもずっとその会社にいたという事は、事業と組織・個人の成長が両立しているということです。
とはいっても、同じ組織に長くいることがハッピーかどうかはわかりません。組織論的には新陳代謝こそ組織に必要だという側面もあります。しかし、目の前の仲間と一生添い遂げられたら個人的な感情として幸せなことだとも思います。
個人は時間と共に絶対に変わるので、会社自身が常に変わっていく努力をしないといけないと思うと手段としての「グロース」は必要です。
また会社が目的の達成のために絶対に変化するので、個人がその度合いに合わせて成長する努力と成長機会を得るという意味で「グロース」はこれまた必要だと思います。
その瞬間だけ切り取ったら完璧な状態があるかもしれないですが、時が経てば変化しないといけません。
株式会社であれば経済合理性の中で、漕いでいく器、船だから、「成長しなくていいんです」ということは成り立ちにくいと思います。経済合理性のルールを理解せずにいろんなことをやると、最終的にガタがくるような気がます。
組織としての成長と、事業としての成長を両立させる。それが帰結するのは、個人の成長だと思います。
ある意味二律背反する「個人としては変わりたくないな、この状態で安定していたい」と思ってることに対して、会社が成長し、変化し続けることもあるし、その逆もあります。その点を統合して考える必要があると思います。
グロースとブランディングの両立のために、いちばん大事な軸を決める事
Minimalは当初、店舗の半径10キロ以内の感度の高い人たち、そんなターゲットになる人たちと向き合うことで良かったのです。感度の高い方々に知られ、イノベーター理論で言えば、イノベーターやアーリーアダプターの方々が顧客でした。
そして今、グロースをしていくために、ECでの販売にも力を注ぐことによってアーリーマジョリティにリーチしようとしています。オンラインに積極的に出るということは、極端に言えば全世界からアクセスできるようになり、必然的にターゲットが広くなるのです。
イノベーター、アーリーアダプターの中で「新しいから好き」「世の中に出たばかりだから好き」「みんなが知らないから好き」っていう方々もいらっしゃります。グロースすると言うことは誤解を恐れずいうと、その方々の得票を失うことかもしれません。当然これはブランド側からすると恐怖なのです。
この時に大事な論点としては、ブランドとして何に共感してもらうかを見直す事です。
ローンチ後の認知が低い事が応援の理由だとすると、全てのブランドは年数と共にその理由を無くしてしまいます。
共感の接点とすべき事はお客さんと時間軸が伸びてもずっと繋がっていられる理由である事が大事だと思います。
例えばイノベーター、アーリーアダプターの人の中でも、「ミニマルが作っている商品が好き」「ものづくりのこだわりが好き」「目指している先の世界が好き」という方々います。これはどれだけブランドが広がっていったとしても、Minimalを運営する私達が努力し続ければ必ずなくすことなく提供できることです。
スケールとそれに伴うグロースを志向し、売上げを上げていく選択をするときに、物理的場所であったり、ECという空間を選ばないといけない状況にあります。そこで考えなければならないのは、自分たちが本当に共感して欲しいのはなんだったか、ということです。
上述もしましたが、Minimalの場合、それは3つです。
■Minimalのプロダクトが好き
■Minimalのミッション「チョコレートを新しくする」に共感している
■同じ共感をもち、実現を目指す人・コミュニティが好き
この3つを販売促進のコミュニケーションの中心にすえて、ブランディングコミュニケーションをしていく必要があります。
オンライン販売が拡大していくフェーズでは、上記を意識してバランスをとらないとブランドがおかしな方向に行ってしまうという恐怖感が常にあります。たしかに短命で一気に売り抜けるやり方はあると思います。しかし、Minimalは続いていくことが一番お客さんを幸せにすると思っています。
Minimalというブランドは支持を失わなければ未来永劫残る可能性があります。関わる人すべての幸せの総量を増やすという考え方や美意識をインストールした器がきちんと続いていくことを本当に大切にしています。
だからこそMinimalが目指すのは世界が変るというゴールで、ブランドはある意味終わりのない旅をしているのだと思います。
コラボ先のパートナーも、知名度や流行よりもブランド思想との共感・共鳴を大事にする
コレボレーションはブランド間のお客さんをシェアしたり、双方に知ってもらう機会を提供するための手段として有効です。しかし、正直にこれまで自分たちの世界観がターゲットとずれていることに気づかずに安易なスケールを意識してコラボをすすめ、失敗したこともありました。
反面、上述したブランドのフェーズにかかわらず共感してほしいポイントで共鳴できるブランドとのコラボはスケールやそれに伴うグロースにとても有効です。
Minimalの近年の例でいうと、それはLEXUSとのコラボです。
MinimalはLEXUSのものづくり、技術やエピソードに共感しています。1989年に、高級車はエンジンが大きい、だから静音性にかけるという二律背反を覆し静かな高級車を作り業界に衝撃を与えました。彼らはそれをLEXUSが提供するAMAZING EXPERIENCEの構成要素として二律双生と表現しました。期待を超え続けるために一見して二律背反する事象を高次元で統合するというこの話を聞いて、Minimalがチョコレートで表現したのは、89年とかけたカカオ89%のチョコレートでした。カカオ濃度が高いビターチョコレートは苦いという思い込みをもったお客様が食べて、苦くなく食べやすいとなれば、まさに期待を良い意味で裏切ったAMAZING EXPERIENCEになるのではないか。LEXUSのデビュー年である89年と二律双生のエピソードからインスピレーションを受けて、LEXUSオリジナルチョコレートである「LEXUS 89」が誕生しました。全国のLEXUSディーラーで配布してもらうときに、LEXUSとして大事にしている技術や価値観をチョコレートを通して伝える事ができます。そして、Minimalとしてもこれまで接点がなかった方々に知ってもらえる。双方にとって技術力に重きを置いたブランド認知がとれればWin-Winになれるはずです。
ブランドのグロースは常に新しくアップデートされ続ける事が大事
ブランドのグロースのために、私自身もブランドも常アップデートしないといけないし、その過程でもいつか私の手を離れていくことがあると思っています。新しい世代の人たちが新しい価値観のなかでミニマルの大切なものを守りながら、アップデートしていくのが理想です。
尊敬する日本酒蔵である新政の佐藤さんの話はブランドをグロースするためのヒントとして、面白く示唆に富んでいるので紹介します。
日本酒蔵には保冷器がほとんど100%に近いくらいあるらしいです。製造の過程で、米を蒸した後、人力で米を出して広げないといけない、それはとても工数がかかることだそうです。加えて超重労働でインセンティブがないため、どこの蔵は保冷器を使うのだそうです。
でも新政さんは全部手で行っているそうです。
一見すると、伝統とか美意識とかにこだわり非効率なことをやっているようにみえてしまうので、それは無駄だったり、やめた方がいいと批判されることもあるようなんです。しかし、そこにはきちんとしたロジックがあります。米は精米具合もお酒毎に違うし、ゴールの味も違います。従って米に合わせてやるには、拡げて米ごとの状態をきちんと手で確かめて、やるべきだとおっしゃっていました。もし、そこまでわかって人力で広げていたとしたら、昔のひとたちのやり方は理にかなっているのです。だからこそ人間の技術が必要なのです。おいしいお酒を造る工程として、こだわるところだとわかった瞬間に、それが意味があるものになります。まさに温故知新です。昔のやり方を、今のやり方でアップデートする。
情報の非対称性が無くなって情報が溢れている現代は、いろんなことが思考停止になっていると思います。
古くから学ぶものってたくさんあって、ちゃんと未来と現代を見据えたうえで、自分たちの思考を通して適切なグロースのために、適切な方法でアップデートしていくことが大事だと思っています。
洋菓子業界のECやオンライン販売についても同じ事が言えるのです。
これまででいうと、ECでハイブランドは作れません、とか、洋菓子のEC販売は難しいというのは実際にあると思います。しかし、そこで思考停止に陥らないようにして、常に新しい時代の変化に敏感出なければならないと思います。
10年前に不可能だったことが、できるようになることなんてたくさんあると思います。MinimalのBean to Barチョコレートという製造スタイルも10数年前にはそもそも機械や情報がなくてできなかったんです。だからこそ新しい世代との対話や、新しい変化に向き合っていくことが大事なのです。
グロースの手段としてオンライン販売で大事な事
ものを買う意思決定において、そのブランドとの接触時間の長さは重要です。例えば店舗に行くというのは、行き帰りも含めて、物理的にもその人の時間を占有することができます。
Minimalの富ヶ谷店や代々木上原店に行く際も、例えばですが、過去に見たネットの記事を覚えていて、再度検索して、地図みてくれて、UGCみてわざわざ来てもらえるわけです。
それはMinimal側からわざわざ情報をインプットしてなかったとしても、Minimalに対して使ってくれている時間が圧倒的に多いのです。
それに対してオンラインでの衝動的な販売はなかなか難しい事が多いです。情報がたくさんある中で、流し読みして、良かったら買うし良くなかったらいいやって思うし、あとから思い出したりしたとしても、偶発的なものです。熟成期間がないし、Minimalのために使っている時間が圧倒的に少ない訳です。
私自身、お客さんに送るメールの文章を作成することもあるのですが、ブランド人格で伝えたいことを、それで良いと思った文章を、個人としてお客さん目線で後から読み直すと全く頭に入ってこない事があります。
例えば消費者として入ってくる文字って、「Minimal史上ナンバーワンのなめらかさ」とか「賞とりました」とか「最高品質のカカオ」とかわかりやすいワードが多いと思います。
そのブランド人格で伝えたい事ではなく、お客さんが場面ごと(例えばオンラインで流し読みする時など)に目に入る情報への変換を内部の人たちがどれだけできるかっていうのが大事なのです。
スケールとブランディングを両立させるためには、ブランド全体として必ず伝えないといけないことや伝えたいことを伝える役割や順番を分けることが大事です。
購買意思決定までのフローを考えてみると、例えばメールでフックになる言葉があって、リンクを踏んでみたら、サイトにいき、そこにシズル感がある写真があって「買いたいな」と決断してもらう、そしたら、その下にある情報がちゃんと補足されていて「ああこういうことがあるんだ」って納得してもらえてはじめて「購入しよう」となるのです。
情報の種類と順番を分けるって大事です。
ブランディングにこだわりがあればあるほど、細部で食い違いが起こったりします。
例えば、Minimalでいうと、「後味が軽い」というのが非常に大きな特徴です。ぜんぜん脂っこくない、だから男の人にも好きになってもらえるのです。でも、「後味軽やか」って書かれても訴求ワードとして超弱いと思います。Minimalが他と違う最大の特徴は、すっきりした後味ですって書いてあるんだけど、前半と後半のパンチ力のバランスが悪いのです。
別に何とも比べてないけど、「ミニマル史上最大のなめらかさです」って言われたりとか「高純度のカカオ」っていわれた方がおお!って、思うわけです。
でもよく考えてみたら高純度のカカオって何ですか笑
脳を分けないといけないのです。
自分でやりながら矛盾というか、ワードの選び方が全く違うことに気がつきました。当たり前のことでお恥ずかしいのですがw
集客するときのマーケティングセオリー、意思決定させるためのマーケティングセオリー、意思決定した後に、より好きになってもらうマーケティングセオリーも違います。あたりまえのことですが、オンラインで販売するときはリアルでは一気にやれる事を時間軸をおいて、場面場面において分けないといけないし両方用意しておかないとECで売れないのです。
スケールすると言うことは、時間軸が長くなり、全方位にブランドとお客さんの接点が発生します。
そこをきちんとわかってブランディングコミュニケーションを組み立て直す事が大事です。
組み立て直すとは、情報の種類と伝え方、そして伝えるタイミングのストーリーをフェーズに合わせて0から考え直すことです。
プロダクトブランディング is キング!
スケールする中で最もブレなく、誰に対してもきちんとブランディングコミュニケーションできる有効な手段はプロダクトです。
単純な話ですが、Minimalであれば「食べてチョコレートがとても美味しい!」というプロダクトを、スケールしても出し続けることが出来ればブランドしての価値は毀損しません。
そして、その上でのブランディングコミュニケーション(俗に言うLTVを上げるためのCRM的なコミュニケーション)は相乗効果を生みます。
LEXUSもMinimalも生産機能を持っている強みがあります。
自分たちの世界観とやりたいこと、プロダクトの品質の両立。それを実現する一個の解とは、ちゃんと自分たちでものをつくっているという製造機能持っているってことなのかもしれません。
例えば、よなよなエール、スガハラガラス、玉川堂、スノーピーク、彼らは多く売るというスケールさせながらブランドも理解しファンを増やしているブランドだと思います。どのブランドもプロダクトにこだわりプロダクトを偏愛する顧客がたくさんいるブランドです。
スケールしてもブランディングを損なわず、グロースし続けるブランドの共通点の一つはプロダクトが半端なく強い事だと思います。
だからこそ、スケールしていくタイミングできちんとプロダクトに向き合わないといけません。プロダクトのグロースにきちんとこだわらずスケールしてしまうとやはりブランディングは徐々に崩壊してしまうと思います。
事業の規模に合わせてプロダクトをグロースさせていくことにブランド側がどれだけこだわれるかは重要な指標であると思います。
上記は現段階でのMinimalのフェーズにおけるスケールとブランディングの両立の方法論です。至っていない部分など賛否はたくさんあると思いますが、何かの参考になれば幸いです。
私自身このテーマは永遠に追い続けるテーマであると思いますので、またアップデートした続編を上げていきたいと思います。
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