2021年は新興企業・スタートアップの認識・位置づけが変わった年として記憶されるかもしれない
2021年はいわゆる新興企業の新たな節目の年として記録されるのかもしれない。
ここでいう新興企業とは、ベンチャー企業やスタートアップなど様々な呼ばれ方をしている企業を含み、ここでは「21世紀(2000年代)に入ってから設立された企業」と定義する。
一番象徴的で、誰もが一度は名前を聞いたことがあると思われるのは、ドイツのビオンテック(バイオンテック)社だ。
新型コロナウイルスを防御する現時点では最も有効な手立てと考えられているワクチンのうちの最も有力なものの一つを同社がファイザーとともに供給している。ビオンテックは、ドイツでトルコ系の移民創業者が2008年に起業している。
ファイザー(1849年創業)やジョンソンエンドジョンソン(1886年創業)などの伝統ある大規模な製薬メーカーを差し置いて、創立して10数年にすぎない新興製薬メーカーがこうした新しいワクチンを開発し、ファイザーと組む形で世界中で接種されていることは、非常に画期的な出来事ではないかと思う。
もうひとつ、日本でも使われているのがアメリカ・モデルナ社のワクチンだが、こちらも2010年創業とビオンテックよりさらに2年若い。
残念ながら、日本の製薬メーカーは、伝統的な企業も新興企業も、まだ実用化にこぎつけていない。初期の段階で世界的な採用接種がなかったことで、今後治験での有効性や安全性の確認などに大きくハンデを負ったとみるべきだろう。
ちなみに、アストラゼネカも有力なワクチンを開発提供しているが、こちらは1999年創業と、やはりまだ若い企業である。
また、7月には商用宇宙旅行の扉を開く2つの出来事があった。
1つはリチャードブランソン氏が設立したヴァージン・ギャラクティック(2004年創業)による宇宙飛行であり、もう1つがアマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏が設立したブルー・オリジン(2000年創業)による宇宙飛行である。
どちらも宇宙での滞在は分単位の短いものではあるが、これまで国家プロジェクトとして取り組まれてきたような宇宙開発ではなく、民間レベルでの宇宙旅行にはじめて実用化のめどをつけたものと考えられる。
ヴァージン・ギャラクティックにしてもブルー・オリジンにしても、いずれも2000年代に入ってから設立された企業で、さらにどちらも20世紀の後半・終盤に新興企業として事業を立ち上げたリチャード・ブランソン氏そしてジェフ・ベゾス氏が設立したという共通点があることも興味深い。
このほか、宇宙関連では、火星への飛行を目指すテスラ創業者のイーロン・マスク氏が設立したスペースXが、民間での有人宇宙飛行を初めて実現し着々と成果をおさめているが、スペースXも2002年創業であり、テスラの創業(2003年)より1年早い。
さらに、地球環境の温暖化を懸念し内燃機関を電動化していく動きが世界的に加速する中、自動車の電動化については既に規定路線として自動車業界全体を巻き込んで動き始めているが、ここに来て航空機にも電動化のめどがついてきたようだ。アメリカン航空が購入契約を結んだという電動航空機メーカーのイギリスの電動航空機メーカー、バーティカル・エアロスペース社は2016年の創業である。
また、電動航空機ではないがユナイテッド航空が購入契約した超音速旅客機 スーパーソニックは2014年に設立されたブーム・テクロノジーが開発しているものだ。
こうした企業は、いずれも既存の大企業が手をつけられていなかった、あるいはその開発が思うように進まなかったり放棄した分野で、成功を収め、あるいは成功を収め始めている。
これまで、新興企業やスタートアップというと大手企業が相手にしていない小さなマーケットに向けた商品・サービスを開発したり、大企業に最終的には買収されることを目的として既存の大手企業のビジネスの一部分に特化して事業開発するようなイメージを持たれやすく、また実際にそのような会社が多かったのではないかと思う。
しかし、例えばビオンテックやモデルナは大手製薬メーカーが長年開発を手がけながら実用化にこぎつけることができていなかったmRNAワクチンを、新型コロナウイルスという追い風があったこともあるが、一気に実用化することができている。
また、航空宇宙産業の分野の新興各社も、これまでは国家と密接な関係がある軍需系の航空宇宙産業の会社が開発したり、航空機で言えばエアバスやボーイング、エンブラエルやボンバルディアといった大手メーカーが独占してきたマーケットに切り込み、実際に宇宙飛行を成功させたり大手航空会社との契約にこぎつけている。
すでにこうした新興企業は、大手企業を後追いし、あるいはその下請け的なポジションや隙間を埋めるニッチ産業という概念を飛び出して、大手企業にはできない・できなかった事業を成功させつつある。
引き合いに出すのは少々気が引けるが、三菱重工業・三菱航空機が開発を手がけながら頓挫してしまった航空機開発が、初期の航空会社からの発注が2008年、さかのぼれば2002年に経産省の構想が始まったことを考えると、新興企業が大企業よりも製品開発や事業開発において劣る存在として考えていると、実態とは大きく違う状況になってきていると感じる。
新型コロナウイルスの影響で各種の行事がオンライン化された結果、スタートアップが力を競いまた広く知られるためのピッチコンテストもオンライン化が進んでいる。これによって、従来であれば現地に足を運びそこでプレゼンテーションをすることが原則であったものが、世界のどこからでもオンラインで参加することが可能になってきた。
最近オンライン開催された台湾のInnoVEXでは、最終選考に残った10社のうち6社は地元台湾のスタートアップであったが、残りの3社がイスラエルそして1社が英国からの参加であった。そして、優勝したのはイスラエルの企業であり、しかもその提供する製品は、高額であった一酸化窒素吸入療法を安価に提供するもの。こうした医療のように人命に関わる非常にデリケートな領域でもスタートアップの躍進が見られること、その企業が台湾のピッチコンテストに参加していることが大変印象的だ。総じて、コロナ前と比べファイナリスト10社のレベルが格段に上がっているように感じた。
今秋ルクセンブルクでオンライン含めてハイブリッド開催されるICT Springのピッチコンテストも、今年はオンラインでのエントリー参加ができるという。日本からの参加募集も行われている。こちらも、コロナ前と比べてどのような変化があるか、興味深い。
台湾にしてもルクセンブルグにしても、スタートアップピッチとしては必ずしもメジャーとは言えないが、そうであるからこそ、エントリーしてくるスタートアップのレベルの変化が如実に表れるものと思う。裏返せば、世界的なレベルで競争が一層激化する可能性がある、ということでもある。
エリアを限定し大企業と主従関係になる形で資金提供(出資)を受けたり、あるいはそこに買収されることを狙って企業を起こすだけでなく、いきなり大企業ができないでいる事業や開発できない製品を狙っていく新興企業の動きが顕在化し、コロナの影響も相まって新興企業の地殻変動が起き始めているのかもしれない、と感じる。
2021年は、新興企業の世界にとってはそのイメージや定義が大きく変わった年として後年記憶されていくことになるのかもしれない。