法制度の壁が、複業の壁を厚くする
副業ないし複業が頻繁に記事などに取りあげれられるようなって1年半くらいだろうか。
当初は「働き方改革」の流れの一つとして、残業時間抑制とセットで取り上げられ始めたと記憶している。残業が減り、時間外勤務手当が減った分を副業で埋め合わせよう、という趣旨での副業紹介が大半を占めていた印象だ。この点については私自身は大変違和感があり、その問題意識と、こちらも同じころから実施する企業が増え、記事にも頻繁に取り上げられるようになった早期退職に対する課題意識から、2019年6月にFacebookに「人生後半戦の泳ぎ方」という公開グループを始めた。
上記のグループで、開設以来約1年半にわたって、副業・複業や早期退職に限らないが、関連の記事等を読み原則毎日2本の記事を紹介しつつコメントをつけ続けているので、紹介した記事等だけでも1000本以上、紹介に至らずとも読んだ記事を含めれば数千になるだろう。その経験からしても、副業や複業に関する報道の論調が変わり、それにつれて世間の認識も変わってきていることを感じている。
当初は「スーパーやコンビニのレジ打ちなど、ほとんど最低賃金にはりついたバイトで副業しても、残業代の穴埋めにはならない」といった、副業に対して否定的な記事が多かったが、昨今では積極的に副業ないし複業をやろうという方向に大きな流れが変わり、おススメの副業を紹介するような記事も増え、副業ないし複業に、減った給料の穴を埋めること以上の積極的な意義をみいだす意見も散見されるようになってきたように思う。当初はほとんどが「副業」としてしか表記されてこなかったものに「複業」という表記が混じり始めたことも、肯定的・積極的な捉え方が増えてきていることの表れと感じる。
しかし一方で、厚生労働省のモデル就業規則が副業禁止から副業容認に代わった2018年1月からすでに3年が経過しようとしているが、相変わらず副業禁止の企業がすくなくない。最新の副業容認企業の割合については、なかなかめぼしいデータが見つからなかったのだが、リクルートキャリアの2020年3月の発表によれば、2019年で副業容認が3割であり、前年対比で2%ほどの増加であることを踏まえれば、多めに見ても、現時点でもまだ半数以上の企業が副業を禁じているとみてよいのではないだろうか。
大前提として、副業や複業が望ましいのか、という点については、個人的には「どちらともいえない」というのが私の立場である。会社に所属する従業員の立場であれば、かりに副業が容認されたところで、さまざまに制約を課されることになるのが一般的だろう。なかには、表向き副業容認となっていても、現実には事実上副業が出来ないような仕組みだったり、あるいは制約がきつく、「働く」というほどの時間を副業に充てられない制度になっている会社もあるようだ。
そうであるなら、副業は禁止である代わりに、十分な給与の支払いをすることを約束してくれる企業の方が、面倒がなくてよい、という場合もあると思う。
裏返せば、日本の政府や企業が副業容認に向かおうとしているのは、他の先進国に比して見劣りする給与水準の伸長をあきらめたことの表れだ、とも感じるのだ。そして、満足な給与を払えず、実質賃金が目減りを続けているよな企業が副業禁止を続けていることは、労働の自由を制限するものとして憲法違反の可能性もあるのではないかと思う。
最近、新たな人事施策を発表した電通は、副業は依然として禁止したままのようだが、早期退職を条件として、個人事業主となった退職者に一定期間仕事を発注することを約束するという。
会社の枠組みや制度にとらわれずに、個人事業主となった元従業員が一定の期間一定の仕事=収入を保証されながら、将来完全独立するというスキームは評価できる部分もある。一方で、こうした制度を副業や複業として取り込むことは出来なかったのだろうか、とも思う。やはり、雇用関係があるのとないのとでは、働く人の安定感は大きく異なり、安定志向・安全志向が高いと言われる日本人にはあまりフィットせず、活用できる人が限られる制度の可能性もある。
こうした点をかんがえても、労働時間管理や労災などの取り扱いも含めて、新しい時代の働き方にあわせた労働関連法規の抜本的な改正がないことには、企業も、個人も、本格的に副業や複業を活かすことが難しいのではないかと思う。
弱い立場の労働者には適切な保護を維持しつつ、どんどん能力を発揮できる人には、健康等には留意しながら思う存分に働いてもらうことで、労働生産性の底上げも図っていかなければならないのではないだろうか。
また、確定申告制度など含めた税法の改正も必要になるだろう。政府にとっては国民の納税意識を高めてしまい不都合なことかもしれないが、アメリカのようにサラリーマンを含めた全員が確定申告をするようにして、従業員と雇用企業の馴れ合い的な相互依存関係を脱し、納税を通じて自分の仕事を主体的に捉えられるようにすることも「働き方改革」を実効的に進めるうえでの必須事項であると思う。
この働き方と法制の点については格差拡大の問題なども絡んでおり、一筋縄ではいかない問題であるとは重々承知しつつも、法的根拠が脆弱なガイドラインなどの策定にとどまり、あとは民間企業の対応に委ねるといった国のスタンスが副業の壁を厚くしているのではないか、と、関連記事を1年半ほど追い続けてきた感想として思う。