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マネジメントに「演じること」を取り入れる

感情にうそをついて演技をすることで対価を得る。しかし確実に心はすり減っていく。小説家の津村記久子さんは、感情を演じることが労働になり、通貨が得られる世界を描き出しています。

しかし、演じることは楽しい遊びでもあるはずです。ごっこ遊びに夢中になった記憶を、多くの人がもっているのではないでしょうか。

今日は、この「演じること」の「労働」と「遊び」の2つの側面に光を当てながら、私の探究のビジョンを描き出してみます。

「遊ぶマネージャー」シリーズの問題提起

現在、私が進行をつとめているCULTIBASEの新しい番組「遊ぶマネジャー」が順次公開されています。リクルートワークスの筒井さんとの対話は、とても楽しく、刺激的でした。

今回の一連の動画のなかで重要なキーワードになっているのが、マネジャーの「感情労働」です。

マネジャーが、メンバーのワークライフバランスやキャリアといった長期的な出来事、会社の外側の出来事に関しても「ケア」を求められる場面が増えています。そうしたケアが時には負担になり、「感情労働」とも言える状況を生み出している。これがこの動画シリーズの最初の問題提起です。

今日の記事では、この「感情労働」という問題に向き合いながら「遊ぶマネジャー」という番組で探究したい「遊び」のありようを描き出してみます。

「感情労働」が生まれる場面とは

「感情労働」の具体的なケースとして、メンバーがモヤモヤした感情をマネジャーにぶつける場面などがあります。

私自身も経験がありますが、こうしたとき、現代の多くのマネジャーはそれに真っ向から怒り返すことは控えるでしょう。パワハラの認識が広がったことで、マネジャーには「適切な態度」が求められるようになりました。その場の空気を乱さず、相手の気持ちを受け止めつつ、しかし、決して踏み込みすぎず、適切な距離を保つこと。そのためには、ある種の「演技」が必要になるのです。

まずは表層で「適切な指摘をしてくれてありがとうございます」とリプライします。本当は苛立たしい気持ちや不安な気持ちを表情に出してしまいたいのに、仮面をつける。

さらに深層で「こんなふうにコメントをくれているのだから心から感謝しなければならない」と、深層の感情も書き換えようとする。本当は、「なんでそんな言い方するんだよ、こわいよ」と思っていても。

演技することが強いられる時、「感情」は「労働」になる

こんなふうに、表層と深層の両方で仮面を被り、感情を書き換えようとすることがあります。こうした「演技すること」自体は誰しも当たり前にあることでしょう。「演技すること」が役割として外的に与えられ続け、当人としてそれが辛いにも関わらず、続けなければならないときに「感情労働化する」のです。

「役割を演じること」によって、ある程度の余裕を確保し、自分自身を守ることができます。しかし、その演技が「させられるもの」つまり、自分の意志とは関係なく求められ、義務としてのしかかるとき、それは感情の労働になる。労働になった演技は、やがて心をすり減らし、バーンアウトへと向かわせる。

そう、「演技すること」自体が悪いわけではないのです。それが強制され続けることに問題がある。マネジャーを取り巻く環境は、感情労働化が余儀なくされる状況にあるのではないか。どうすればそれを打開できるのか?これが「遊ぶマネジャー」の探究する問いです。

マネジャーは演技で遊ぶことができるのか

私自身は、こうした「演技すること」をせざるをえない感情労働状態に苦しんだ時期もありました。しかし、一方で「演技」は仕事を楽にするものだとも考えています。

だから、演技を楽しめる状況をつくりたい。演じることが、負担ではなく、遊びになるような環境をつくりたい。マネジャーが、ただ演技を強いられるのではなく、その状況を楽しみ、遊ぶことができるような場をつくること。それが、考えていることのひとつです。

この「遊ぶマネジャー」というタイトルは、「遊ぶヴィゴツキー」から着想を得ています。本書の著者ロイス・ホルツマンが紹介する発達論に、「自分でありながら自分でないものになる」というフレーズがあります。

人は遊びを通じて、新しい役割を試し、成長していくという考え方です。そしてその「演じる遊び」は、「共に演じる人」がいるとより広がります。子どもの頃、ごっこ遊びをひとりで行うよりも、何人かとともに遊んだ方が楽しかったのを覚えているでしょうか。

こうした視点を、マネジメントに取り入れることができないかと考えているのです。

方法1:マネジメントを分担する

演じる遊びをマネジメントに取り入れる際の、3つの視点を紹介しておきます。また詳しくはCULTIBASEで動画コンテンツを制作したいと思っているのですがここではさわりを紹介します。

演じる遊びの視点をマネジメントに取り入れる方法の一つめは、「役割」という演劇の言葉を用いた、「マネジメントの役割分担」です。

マネジャーは「マネジメントを行う」ことが役割なのではなく、「みんながマネジメントを行える仕組みと風土をつくる」ことが役割であると書き換えます。事業のこと、目標達成のこと、チームの相互理解のこと、一人ひとりのキャリア設計のこと、こうした「こと」に分けてマネジメントの担当者を決め、チームで分担して行うやり方を、群像劇のように推進できないかという仮説です。

群像劇は、主人公一人に焦点をあてるのではなく、登場人物一人ひとりが思惑をもち、人生の文脈をもちよりながら、それが絡み合うことで、一つの問いやテーマを浮かび上がらせていきます。個人の思いがそのまま物語のテーマになるのではなく、関係性のなかにテーマが見出されるのが群像劇の特徴です。

方法2:オープンダイアローグを参照する

この群像劇的な発想を具現化したケアの実践として、「オープンダイアローグ」があると私は考えています。

これはフィンランド発祥の精神医療の新しい実践システムです。ここでは、友人、近密、同意、他の接助専門職など本人に関わりのあるネットワークメンバーが一堂に会し、車座になってミーティングをおこないます。そして、このとき、医療関係者も単なる一参加者として思いや感想を述べる。参加者全員が聞いている状況のなかで、さまざまな組み合わせによる対話がおこなわれます。

対話を通じて問題やテーマを個人に帰属させず、チームのネットワークで背負い、ともに育んでいく関係を作る。これがオープンダイアローグのもっている力です。これを職場に応用することが、二つ目に考えている方法です。

方法3:演じながら未来を考える

オープンダイアローグの具体的な方法の一つに「未来語り」という手法があります。これは、いま抱えている問題が解消し、健やかで、他者に関心が向いている未来の自分になりきり、その視点から語る対話の方法です。

この未来語りを「即興演劇(インプロ」とつなげて考えられるのではないかと思っています。先日、堀光希さんというインプロの専門家の方に、「you are interesting」というエチュードを教わりました。

体調がずっと悪くて今日もお腹が痛くて、自分は不幸だと思い込んでいる。でも、自分自身が考えていることは面白いと思っている。これが「Unhappy, Unhealthy, I’m interesting」な状態です。

もう一方で、体調も万全で、すごくハッピーな気分。いろんな人と関わって、自分にはない考えを知りたいと思っている。これが「Happy, Healthy, You are interesting」な状態です。

この2つの状態を意識しながら同じ場面を演じると、どんな身体の違いが生まれるのかを見比べるエクササイズでした。

それが、「未来語り」と結びついたのです。先日とある企業の経営陣向けのワークショップで、この「未来語り」の考え方を取り入れたプログラムを行いました。あらゆる不安や不幸がなくなった「You are interesting」な未来の状態を演じてもらうなかで、見通しが立たなくて不透明だった経営ビジョンが、ゆたかにふくらんでいきました。そのビジョンが自分たちの言葉で紡がれたことが、その後の経営陣を明るく前向きなものにしたと、プロジェクトの担当者の方から聞いています。

こんなふうに、チームのマネジメントに「演じるワーク」を用いたビジョン創造を導入することも可能です。

演技、遊び、マネジメント

私は、マネジメントの中にこうした「演じること、遊び」を組み込んだ経験があるからこそ、演技を強いる「感情労働化」に抗い、演技を楽しむ「遊ぶマネジメント」の知恵を編み、道具にし、みなさんと分かち合いたいと考えているのです。

探究はまだまだ続きます。「遊ぶマネージャー」の今後を応援していただけたらうれしいです。


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臼井 隆志|Art Educator
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