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人材育成なくして地方創生はできない:隗より始めよ篇

中国の故事に「隗より始めよ(先従隗始)」という言葉がある。『戦国策』に載っている紀元前3世紀頃の逸話だ。燕国の昭王が滅亡の寸前にあった自国の再興をするために、まず何をすべきかを師である郭隗に問いた。そのとき、郭隗はまず自分を厚遇することから始めよと答えた。郭隗に宮殿を与えて優遇することで、郭隗程度でも優遇されるのだからもっと優れた人物はもっと優遇してくれるだろうと期待し、人材が集まってくると言う。昭王は言われた通り、郭隗を厚遇すると、名将楽毅や蘇代などの人材が集まり、燕国は栄え、滅亡の危機を作った斉国の湣王を打ち破ることに成功する。

隣国に攻め滅ぼされそうな燕国と比べたら、現代日本の地方都市の緊急度は高くないかもしれない。しかし、危機的状況にあることは変わりない。国土交通省(2014年)は、2040年には全国896の市区町村が消滅可能性都市に該当すると予測している。同資料では、消滅可能性都市を防ぐためには、「①20~39歳若年女性人口の確保」と「②東京一極集中の人口移動」が最重要課題であると指摘する。つまり、若年女性が住みたいと思う魅力的な街づくりと若年層が働きたいと思える産業創造をしていかなくてはならない。

それでは、どのように地方都市は消滅可能性都市を回避するための地方創生を行っていくべきだろうか。今月は4回にわたって、地方創生の問題解決方法について考えてみたい。


地方創生の実行者は誰か?

地方創生の現場を歩くと、その担い手は「よそ者、若者、ばか者」だという言葉をよく聞く。実際に、町おこしのイベントの実行委員や地方都市で起業をする人々の多くは、都市部からの移住者や若者、それに地元での出る杭的な人が多い。地域おこし協力隊や地方大学で実施している地域きらめき隊などの取り組みが象徴と言えるだろう。

そのような中、地方創生が地元住民から遠いものになってしまいがちだという問題も孕んでいる。筆者の勤務する大学の1年生向け講義「キャリア論」で、大分県を盛り上げる主体者は誰だと思うかというグループディスカッションをさせたところ、50名余りの受講生のほぼすべてが「東京で活躍して地元に帰ってきた人」と答えた。当然、地方国立大学の最重要ミッションの1つは、地元都市をけん引するリーダーを育てることだ。しかし、学生にそのような意識は薄く、地方創生は地元住民にとって遠い存在だと認識されている厳しい現実がある。


隗から始めよ

ここで、冒頭に引用した故事を思い出して欲しい。地方創生のために、たしかにUターンやIターン人材の存在は重要だ。しかし、本当に優秀な人材を外部から調達したいのであれば、まずは地元を良くしたいと本気で考えている隠れた地元の勇士を厚遇し、優秀な人材が活躍できる環境が揃っていることをアピールする必要がある。なぜなら、ただUターンやIターン人材の人数を増やしても意味がなく、「①20~39歳若年女性人口の確保」と「②東京一極集中の人口移動」という2つの課題を解決できる能力を持った人材を惹きつけなくてはならないためだ。

しかし、勤務校の恥を晒した例でも示したように、現在の地方都市の多くでは、地元を良くしたいと本気で考えている隠れた地元の勇士が誰だかわからないという問題がある。なぜなら、地方創生のために動く人は「ばか者」扱いされるためだ。「その程度の逆境に勝てない奴が変革なんてできない」と言いたくなるかもしれないが、心理学的には人間は褒められないと能力も伸びず、モチベーションも上がらない。「地元を良くしたい」という思いが、ほんの少しでもあるならば、その芽を全力で応援して、育てていく仕組み作りが必要だ。


切磋琢磨できる学びの社交場作り

もちろん、これまで語ってきたような内容は、いくつかの地方都市で重要性を認識し、実行に移している都市もある。代表的なのは、高島 宗一郎市長がけん引する福岡市だろう。そのほかにも、ユニークな採用広告が注目を集めている生駒市やシビックイノベーション拠点「スナバ」を持つ長野県塩尻市など、いくつかの取り組みが事例としてあげられる。

そのような中、大分市では他の地方都市とは異なるユニークな方法で「隗から始めよ」を始めようとしている。2019年5月から、民間企業が主体となって産学官連携を行い、イノベーション人材の育成を目的としたスクール&コミュニティがスタートする。

【公式サイト】OITAイノベーターズ・コレジオ


地方創生の取り組みの多くは、行政か大学が主体となることが多い。例えば、長野県塩尻市の「スナバ」や大分県の「湯けむりアクセラレーション・プログラム」、熊本学園大学の主催する「次代舎」などが例として挙げられる。しかし、大分市での取り組みは、地元企業の株式会社ザイナスが中心となって、地元大学や行政を巻き込んで行っている点でユニークだ。中核メンバーには地元国立大学の大分大学の教員が加わり、有名私大の立命館アジア太平洋大学の出口治明学長がサポーターとして応援している。まさしく、「隗から始めよ」のスクール&コミュニティだと言える。


結語

「よそ者、若者、ばか者」ではなく、地元の人々が中心となって地方創生をしていくためには、同じ思いや課題意識を持った仲間が集まり、思いさえあれば誰もが受け入れられ、互いが切磋琢磨して地方の抱える課題解決に取り組むコミュニティの存在が必要だ。University College London のトゥーカ准教授は、そのようなコミュニティを「クラスタ」と呼び、社会イノベーションにとって不可欠な存在だと主張している。

OITAイノベーターズ・コレジオは、今年5月からスタートする、まだ実験的な色合いの強い取り組みだ。しかし、イノベーターとして実績のある多くのリーダーが、地元の人々が中心となってコミュニティを創り上げることの重要性を共有し、サポートを表明している。


行政発でもなく、大学発でもなく、民間発の地方創生コミュニティの可能性は先行きが不透明なところが多い。しかし、地方都市の抱える課題を解決する主体は、本来はその都市に住む地元住民であるべきだ。地元の人々の、地元による、地元のための地方創生が、大分から全国へと広がっていくことが期待される。消滅可能性都市を回避するのは、誰でもない、熱い思いをもった地元の人びとを厚遇し、活躍できる環境作りから始まるのだ。

是非、「隗から始めよ」の地方創生を推進して欲しい。

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