日本が「リスクを取れる国」になるために、たった一つの重要なこと
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日本が「リスクを取れる国」になるために、たった一つの重要なこと

別所隆弘

(1)イノベーションに必要なマインドセット

日本という国が、今後国家として衰退する可能性を、全力で否定できる人は少ないかと思います。もちろん、将来のことは誰にもわかりません、実際ヨーロッパではアイルランドのような例があるわけですから。とはいえ、現状少なくとも日本はかなり不利な状況にあります。原因はもちろん、超高速で進む少子高齢化とそれに伴う労働人口の減少ですね。国家というのは結局のところ人口ピラミッドと地政学で繁栄の度合いが決まるようなところがありますが、その最も大事な要素の一つであるはずの人口において、2100年には半分近くになると予想されています。今の半分、6000万人。そして半分になっても、さらに少子化はおそらく解消される見込みがありません。そんな状況に対して、ちょっと前から「日本滅亡」と言ってたのが投資家ジム・ロジャーズでした。

彼がいうことが当たるかどうかは別にして(というか当たってもらったら困るんですが)、かなり不利な状況であることは、受け入れざるを得ません。

そんな状況下で日本という国家が、ある程度の成長を維持して生き抜くためには、たとえば移民への門戸を大きく開いたり、アイルランドに倣って法人税を引き下げて世界中から企業を集めたり、投資環境整えて金融国家へと舵を切tたりとか、色々やりようはあると思うんですが、おそらく抵抗も多いはずですよね。全部外需系の対策ですものね、日本は島国ですから、外から呼び込むのは苦手だろうと思うんです。

では他にもう打つ手がないのかというと、そうでもないと思ってます。これまで日本の経済は、基本的には「低い生産力を旺盛な人口と長時間労働で補う」というモデルでやりくりしてきたわけですが、それを転換する。つまり、内需で日本の成長を実現するには、「高い生産力を少ない人口で達成するイノベーション型の国家」へと変貌する必要があります。まあ、そんな簡単に達成できるもんでもないんですが、でもそのために必要なマインドセットはわかっています。それは「リスクを取る」ということ、この一点にかかっています。

(2)「リスクを取れる国家」になるために必要な、たった一つの重要なこと

でも、先日の「資本形成」の記事で書いたように、基本的には日本、あるいは日本という国家は、リスクを取りたがらない国であることは明白です。

そんな中で、「リスクを取れる国」へと日本が変貌することはできるのでしょうか?もちろん未来の行方は誰にもわかりませんが、でもそうなるために必要な、たった一つ重要なファクターが存在します。

さて、今日は短く結論を述べますね。

日本が「リスクを取れる国」になるために必要なたった一つの道は、「リスクコミュニケーションが可能な環境を作ること」

これだけです。たったこれだけで激変するはずです。でもこれが今までの日本ではできなかったことです。この国の生産力の低さの根源は、基本的にはまず「リスクを取りたがらない」という業病のような国民性が存在します。一方、そのような国民性が準備された理由は、そもそも我々日本人は、「正しいリスクの取り方」を教えられていないからです。つまり、リスクについて語ったり、知ることを避けてきたんです。誰も責任を取りたがらない国家ですから、仕方がありません。

一方この正反対が、アメリカ人です。子どもの頃から「リスクテイク」と「リスクヘッジ」の重要性を叩き込まれる。リスクを取った時に、初めて自分が持っていたものよりも大きなリターンを得られる、その発想が出やすいのは「リスクとは何か」というコミュニケーションを、ちゃんと子どもも大人も持っているからです。そのような環境がある理由は、アメリカが歴史的にそういう国家だったからです。17世紀から19世紀に渡ってフロンティア開拓を進める中で、アメリカというのは「リスクを取ることの必要性」を、建国からの国家形成の枠組みの中で、骨の髄まで叩き込まれている国家なんですね。ですので、今においても、たとえばスティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのような、規格外のスケールで「リスク」を引き受けて、巨大な成功を収める実業家が出てくる。ネトフリのSpace Xの創業の危機を語ったドキュメンタリーは、アメリカ人らしさが全開のフィルムでした。

まさに「リスクとは何か」を地で行くようなストーリーです。このような実業家は、今の日本にはほとんどいません。それは日本人が劣っているからでは決してなく、日本は「リスクの取り方を教えてもらっていないから」ですし、もっと突き詰めると「リスクとはなんであるのか」を語り、知ることのできる風土さえないからです。

たとえば公務員志向がやたら強かったり、新卒神話がなかなか解体しないのも、「リスクを考える方策を知らない」「リスクを語りたがらない」という国民性に起因したものだと言えるでしょう。よく見えないリスクは怪物のように膨れ上がるものですから、みんな安定をまずは求めてしまうんです。

だからこそ、今後の日本が「イノベーション国家」へと変貌できる可能性を探るならば、今すぐ、「リスクとはなんであるのか」をコミュニケーションできる環境を整えなくてはならないんです。そしてそれさえ本当にできるようになれば、日本の若者たちが10年後、20年後の日本をなんとかしてくれます。

(3)リスクテイクが投資になるのか、ギャンブルになるのかの分かれ目

とはいえ、リスクは何でもかんでも取ればいいって話じゃないですよ。ちゃんと取る方法を身につけないといけません。そこで大事なのが「リスクを知る」ことの、そもそもの大切さを知っておくことです。

日本人に「リスクを取ること」の話をすると、多くの人がまるで「人生かけたギャンブル」のように捉えがちですが、それは違います。リスクの存在を知り、そしてその総体がどのようなものであるのかをちゃんと知った上でリスクテイクをするのは、それはあくまでも「投資」なんです。仮に失敗に終わったとしても、そのリスクテイクの経験や決断は、必ず後に生きてきます。というか、イーロン・マスクでさえ、何度も取りすぎたリスクのために破産寸前まで行っているくらいです。でも最終的には大成功を収めていますね。つまり、我々の目には投機やギャンブルに見えるようなリスクテイクでも、イーロン・マスクの研ぎ澄まされた実業家としての目線からは、ちゃんと「投資」の判断だったということです。もちろん、間違ってたら破産をしていたのでしょうが、ちゃんと「リスクを知ってリスクを取る」と、その後に続くんです。

逆に「リスクを知る」ことなしに、リスクに飛び込もうとするのは、これは完全に投機、ギャンブルです。もちろん、そのようなギャンブルに大当たりしちゃう人もいます。でも多くの場合、リスクの総体を知らずに、ただただ「大当たり」だけを望んで人生をかけても、無残な失敗が残るだけです。そこからなんの教訓も経験も得られないまま、徐々に人生のリソースが減っていくだけの局面へと物事は至ります。

ということで、今回の記事はとても基本的で、でも日本に大きく欠けている「リスクについて語る/知る」ということ、つまりリスクコミュニケーションの重要性について書いてみました。具体例をあげようかなと思ったけど、僕が書くと「大学院に進学することのリスク」とか「写真家になることのリスク」とか、割と長くなりそうな具体例だったので、またどこかの機会で。とりあえず、40代50代くらいの、これまである程度成功した「リスクテイカー」が、どんどんnoteとかで「この業界のリスク」を、理性的に書いてくれるような時代になるといいなと願っています。

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別所隆弘

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別所隆弘
フォトグラファー, 文学研究者。滋賀、京都を中心とした”Around The Lake”というテーマでの撮影がライフワーク。 Twitterはこちら https://twitter.com/TakahiroBessho