今、後世に残す取り組みを始めるべき日本の伝統工芸といえば暴走族車だって、ご存知ですか?
日本には、世界に誇る技術力と、それを連綿と受け継いできたそしてこれからも受け継いでいくべき伝統工芸がある。
よく日本ではそう言われています。そしてそれはとっても事実。なんとか「新しい」波だけに飲まれてしまい、残すべき日本のコア・コンピタンスでもある伝統や文化をみんなで残していく必要がある。新旧が揃って元気な状況が理想なはずである!そう思って、MOTIONGALLERYでも様々な伝統を残す為のプロジェクトを行っています。
「伝統工芸」という固定概念に引きづられすぎていたかもしれない
そんな私ですが、やはりどうしても『伝統工芸』というワードの前には、
こんなイメージが頭に浮かんでしまいます。
例えば、こんな美しい美濃和紙だったり、
こんな技工が籠もった、江戸切子だったりします。
そんななか、「いや、これがいま残すべき工芸だ!」とこの写真を見せられたらどう思うでしょうか?
”伝統的”である態度ってなんだろう
最初は私も頭がついてこなかった・・・。
だけど、HAE (Human Awesome Error) 代表の蔡 海さんの話を聞けば聞くほど、これは本当に日本の伝統工芸だ!!!と確信する様になりました。
そもそも「伝統」ってなにかという問いにしっかりと向き合った事があるのか?そう自分自身に問い直したくなった、そんな衝撃です。
その詳しい話を、noteで、蔡 海さんが書いてくれています。
小中学校時代の暴走族文化との出会い、
そして、工芸と暴走族のオートバイのプロジェクトの始まり、
そして、なんと、GUCCIやサンローランといったヨーロッパのハイブランドが、3年前くらいに暴走族を取り上げているという事実。
そして、後々知ることになる、型を意識しながら、自分の代でどう革新的な更新をしていくかという旧車會の若手のメンタリティは、あれ、これ工芸に似てねーか?という仮説に繋がってきた。
迷惑行為に文化もクソもあるか、というのはごもっともだけど、ただ、他人の家の壁に勝手に絵を描く迷惑行為だったものが、芸術史に残る傑作としてサザビーズでどえらい金額で取引されるようになったり、他人の家に無断で入ってプールでやってた遊びが、スケボーとして東京オリンピック正式種目になったりしたのは、批判以外の視点を向けたからこそ、違法行為の文化的側面が成長したことに着目したいと思う次第です。
そしてそして、今行われている試行錯誤について。
(族車のデザインに真剣に向き合う過程をしれて、とても理解が深まります。)
ダメ出しはどれも言われてみると納得できる。
議論の末、銅を硫黄で化合させる色上げ技法で、深くて暗い色合いの高級感を目指した。また、それに合わせて、CBX1型純正の紅いフレームカラーをエンジン全部バラして漆黒に塗り変えることになった。
文化史の特異点を作る、という目標に立ち返る度、このようなスタイル(様式)の議論の大切さをいつも感じている。族車に限らず、あらゆるクリエイションに関して、重要なことを思い出させられる。
伝統保存活動は、その文化の当事者が活動している間に始めなくては
今暴走族や暴走族文化がどうなっているかなんて、全然しらなかったけども、こういう状況らしい。
今、暴走族の文化を引き継いでいるのは暴走族というよりは「旧車會」と呼ばれるチームだ。
警察白書によれば、いわゆる暴走族と呼ばれる人たちは彼らが把握している限り、減少傾向にある。
https://note.com/woomee/n/n8e6fdfef4d99
つまり、暴走族という当事者たちがどんどん減少し、いまでは当時バリバリだった当事者たちを主軸に保存活動に移行しているとのこと。
知らかなったけど、たしかによく考えると族車をつくるには「技術」が必要だし、そこには機能性や目先の合理性の罠から逃れ、その文化圏の中の歴史と未来を考えた「美」を追求した結果がある。それは正にアート的であり、論理的合理性からは捉えられない凄みがあると海外の人が日本の文化を評価する文脈上にもあることから、まさに伝統的な日本文化的なものでもある。
映画がデジタルに大移行している今、フィルムで映画を製作して上映することの価値をしっかりと今残しておかなければ、デジタル後の将来の映画文化の発展が阻害されてしまうと、フィルムの文化で育った映画人達が保存活動に取り組んでいます。でも、デジタル化する映画に悲観的・批判的という事ではない。フィルムで作ることを保守するというよりは、フィルムで製作されていた時代の映画というあり方を保存しようとしているに近いかもしれない。
そんな、今居る人達が立ち上がらなければ消えてしまう、消えてしまう事で、未来の発展の阻害になるかもしれない、そんな印象を、同じ様に族車文化に持ち始めています。
私は、全然暴走族と縁がない人生を歩んできたし、どちらかというと暴走族にカツアゲされる方の人種だったわけですが、文化として捉えていなかったものを文化として捉え直してみると見える新しい景色に感動しています。
そんなプロジェクトに取り組み、そんな新しい視座を与えてくれた蔡 海さんのプロジェクトを是非個人的にも広げて行きたいと思っています。
そう、クラウドファンディング中なのです。
是非、いちどプロジェクトページも一緒に覗いて見てください!