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推し活の粋(いき) 「恋しさと寂しさとあきらめ」

↓の記事が炎上して「弱者男性の姫」というワードがツイッターのトレンド入りしたらしい。

このお天気キャスター自体を私は知らなかったのだが、“好きなお天気キャスター”ランキングで1位を獲得。地上波テレビへの出演がないにも関わらず、圧倒的な得票数で1位に輝いたとか。

そんな彼女がどこぞのプロテニス選手との熱愛を公言したことで、今までファンとして応援してきた男からの誹謗中傷が増えたとかなんとか。事の経緯は正直どうでもいいので多少間違っているのかもしれないが、そんな感じのものだ。

そもそも彼女は、ルックスは清楚系で、恋愛に関してもオクテであることを公言していて、こんな発言もしている。
「恋愛において諦めが入っててどうせ私に見向いてくれないんだろうなってなるタイプ」「あんまり自分から異性を好きになることがない、そもそも(恋愛感情が)芽生えないから追うことがない」
そういうところが、恋愛弱者系の男性にはウケたのだろう。

にもかかわらず、よりによって強者男性の権化みたいなやつと熱愛かよ、と憤慨した弱者男性がいたのか。

この話を聞いて、真っ先に頭に浮かんだのは「日本人は何百年も同じことをリピートしているなだな」という感想でしかない。

「弱者男性の姫」というならば、江戸時代にもいた。むしろ江戸時代から続く伝統的な話でしかない。

元祖アイドルといわれる茶屋娘の笠松お仙は、単に家の茶屋の手津田いをしていた店主の娘だったが、人気浮世絵師鈴木春信が描いたことで、その清楚なルックスで独身男からの人気が爆発。

一杯3000円もするぼったくり同然の値段のお茶代を設定しても店は大賑わい。同時に、今のアイドル商法と同じように、お仙グッズと銘打ったてぬぐいやすごろくなどを発売して、これも大売れ。歌舞伎の演目になったりと大バズリするわけですが、彼女はその後ちゃっかり玉の輿で結婚。その後悪意あるデマが広まったりしたあたり、冒頭の話と似ている。

詳しくはこちらの記事に書いたのでご覧ください。

今に始まったことではなく、200年以上も前も変わらない。まあ、その当時の江戸も「男余り」で独身が多かったという社会環境も今と似ているし、経済が元禄バブル崩壊後長期のデフレ期間であったことも似ている。

そういう環境だからこそ、一瞬の多幸感を求めて、こうしたアイドルなどの推し活にのめりこんだり、「食」というものにしあわせを見出そうとするのであろう。これが私のいう「エモ消費」(2017年「超ソロ社会」掲出)の原型なのである。

江戸時代と現代のソロ社会が酷似している話や、そうした環境下において「寿司」や「天ぷら」という今に続く料理や居酒屋などのが外食産業を世界に先駆けて生まれたという話は、2019年上梓した拙著「ソロエコノミーの襲来」に詳しく書いた。

まあ、ともかく、いつの時代だろうと恋愛弱者男性はパートナーとしては選ばれないが、金だけはとられるというだけのことであり、現代のマッチングアプリだって同じようなものだ。

それを「恋愛に興味がないなんて騙しやがったな」と激怒してしまうのもそれこそ粋じゃない。野暮っていうものだ。

お仙の例でいえば、茶屋の主人でお仙の父親鍵屋五兵衛は商売繁盛、物販用に外注を受けた業者もお仙特需、お仙目当てに参拝客が増えた笠森稲荷もご満悦、お仙ネタで狂言や歌舞伎を公演した芝居小屋も儲かり、お仙と結婚した夫は出世、9人の子どもを産んで天寿を全うしたお仙自身も幸せ。茶屋に殺到してお金だけ払っていた弱者男性は、立派に世の中の経済を回しているし、自分らはしあわせになれなかったかもしれないが、その他全員を幸せにしているのである。

それでいいんじゃないの?それがいいんじゃないの?

九鬼周造の「いきの構造」という本の中で、粋とは、「恋しさ」と「寂しさ」と「あきらめ」とを含むものとされ、何よりそうした部分も含めた「意気地」であると書いてある。「騙されて金をとられた」と憤慨するのは極めて「粋」ではないである。

実りはしなかったが(そもそも実るものでもないのだが)恋心は確かにあった。刹那のしあわせはあっただろう。そうして誰かの嫁になってしまう失恋というものを通じて「寂しさ」や「あきらめ」も感じただろう。だが、それらもひっくるめて、「まあ、しゃーないやな。今までありがとさん。次に行くわ」という意気地が大切なのだ。

粋とは「生き」であり、どうふるまうかが「生き方」である。粋でない生き方は生き方の弱者である。恋愛弱者であっても、人生の弱者になってはならないのでは?

「推し活」とはそもそもそういう束の間の幻を楽しむものであり、その束の間の幻を経て培った経験を、自己の認識の転換へと活用していくための手段である。幻を現実にすることは別に本意ではない。


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