母集団形成の限界:変わりゆく採用市場に対応するITエンジニア採用の戦略
近年、多くの企業でITエンジニア採用にマーケティング的なアプローチが導入されています。従来の「母集団形成」に基づく採用方法が一般的でしたが、転職市場の変化により、これらの手法が効果を発揮しづらくなっています。
特に以下の2点が大きな問題となっています。
人材紹介・スカウト媒体の変化
採用要件・ハードルの上昇
本記事ではこれらの背景を整理し、今後の対応策について考察します。
人材紹介・スカウト媒体の異変
スカウト媒体の現状と課題
近年、スカウト媒体が母集団形成の手法として一般化しました。特にビズリーチのような大手スカウト媒体の影響が大きいです。しかし、2024年7月現在ではスカウトの返信率が低迷し、スカウト媒体自体の母集団形成に疑わしい動きが見られます。
スカウト媒体は、企業が求職者に直接アプローチできる手段として人気を博しました。特に、RPAやテンプレート送信が一般化したことにより、「ひたすらスカウトを送る」という手法が定着しました。しかし、これらの手法が一般化することで、スカウト媒体内でのスカウト数が増加し、求職者の反応率が低下しています。
スカウト媒体自身の母集団形成の課題
スカウト媒体でのスカウト数が増加する一方、返信率の低下や登録者の質の変化が問題となっています。特に、アフィリエイターやフリーライターがSNSを利用してスカウト媒体への登録を促す手法が増えています。これらのアカウントは、自称エンジニアやブラック企業からの転職者を装い、共感を呼ぶ投稿を行いながら、スカウト媒体への登録リンクをリプライ欄に設置しています。
このような手法によって集まる登録者は、ジュニア層や未経験層が多く、企業が求める即戦力とはかけ離れています。スカウト媒体自体の母集団形成も岐路に立っています。
採用要件・ハードルの上昇
未経験者の採用難易度の変化
以前は未経験者でも採用されるケースが多かったですが、現在では即戦力が求められるようになり、未経験者の採用が難しくなっています。特に、ITエンジニアバブルの影響で、企業は即戦力となる人材を優先的に求めるようになりました。
2010年代前半から2020年にかけて、ITエンジニアの需要は急激に増加しました。スタートアップやSaaS、コンサルティング企業などでは、未経験者でも採用されるケースが多く、入社後の教育やトレーニングを通じて即戦力化することが期待されていました。しかし、2020年から2022年にかけての「コロナ禍の金余り現象」によるバブル状態が終息し、企業はより厳しい採用要件を設けるようになりました。
2022年までは「当該言語に興味がある」だけで採用されるケースがありましたが、2023年には「興味があるのにプライベートでキャッチアップしていないのはいかがなものか」とNGになる傾向が強まりました。2024年現在では「入社後から戦力化するのに2ヶ月はかかります」と言われると渋い顔をされることが多く、「1-2週間ほどで立ち上がれる人材が欲しい」との要求が一般的になっています。
プログラミング言語の多様化による影響
現在、サーバサイドのプログラミング言語は多様化しており、特定の言語経験者を採用することが難しくなっています。企業は広範なスキルセットを持つ人材を求めるようになり、これが採用ハードルの上昇に繋がっています。
2010年代前半のWeb開発では、SIerならJava、自社サービスならPHPというような明確な言語選定が一般的でした。しかし、現在ではJavaやPHPの求人は依然として存在するものの、Ruby、Go、Python、TypeScript、Rust、Kotlin、Scalaなど多様な言語が採用されています。フロントエンドも、jQueryから始まり、Angularを経て、現在ではReactやVueへと分岐しています。
このように2010年代と比較して各社で使われるプログラミング言語が多様化したことで、任意の言語経験者を未経験不可・即戦力採用することが母集団形成の段階からして難しくなっています。
経験者に対する高い人物要件
経験者であっても、コミュニケーションスキルやカルチャーマッチ、リーダー経験など、高い人物要件が求められるようになっています。企業はスキル面だけでなく、人物要件も重視するようになっています。
さらに、自社サービスを提供する企業では、事業や対象業界への興味やドメイン知識も求められることが一般的です。このように、高い人物要件を満たす経験者を見つけることがますます難しくなっています。
母集団形成に固執しない新たな採用方法
リファラル採用の重要性
従来の母集団形成に固執することなく、リファラル採用やセミナーを活用し、対象人物を直接アプローチする方法が有効です。リファラル採用は、既存の社員からの紹介を通じて優れた人材を獲得する方法であり、信頼性が高く、効率的です。
また、対象となる人物が集まる場(特定の言語のセミナーやカンファレンスなど)に積極的にスポンサーをし、参加し、将来的に一本釣りをする戦略も有効だと考えられます。このような直接的なアプローチは、自社が思い描く求職者の質を高め、採用成功率を向上させることがでるでしょう。
数値管理の新たなアプローチ
書類選考後の選考ステップをモニタリングし、選考辞退率を注視することで候補者体験の向上施策を練ることが重要です。従来の母集団形成に固執するのではなく、選考過程の各ステップを詳細に分析し、改善点を見つけ出すことで、採用プロセス全体を最適化することが求められます。
例えば、書類選考の通過率や面接辞退率を綿密に追跡し、改善施策を講じることで、候補者の満足度を高めることができます。これにより、採用プロセスの効率を向上させ、優れた人材を確保することが可能になります。
おわりに
従来の母集団形成に固執した採用方法には限界が見えてきました。これからの採用活動では、柔軟なアプローチと現実的な対応策が求められます。