トランプ大統領、次の矛先はメキシコ?
米中貿易協議の行方が不透明になる中。日本や欧州も矛先の一つであろうが、まずはメキシコに向かった。5月31日に米国政府は、「米国への不法移民流入をメキシコが止めるまでは、メキシコからの輸入すべてに5%の関税を課し、移民の流入が止まるまで最高25%まで段階的に引き上げる」という方針を発表した。6月10日に発動が予定されており、「メキシコ政府の効果的な取り組みにより移民流入危機が緩和されない場合」、段階的な引き上げが10月1日まで行われる見込みだ。
米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の協議段階で米国サイドから保護主義的な威嚇が登場するのは初めてではないが、今回は両国の議会で承認が順調に進展している状況で行われた。外交的努力により6月10日の実施は延期されるかもしれないが、今後も議会におけるUSMCA承認プロセスの過程でトランプ大統領がこの話を蒸し返すことは十分あり得る。
メキシコのロペス・オブラドール大統領は報復措置を示唆することなく、米国に交渉担当者を派遣した。恐らく米国への移民の移動を抑制するための追加措置を導入する以外に方法はなく、これまでは米国もそうした姿勢をもってよしとしてきた。だが今年に入り、米国政府は国内企業と一部議員の反対を押し切って中国向け関税を引き上げており、今回のメキシコも同様の措置となる可能性も排除できない。
仮にメキシコが報復措置として関税率を引き上げる場合、懸念されるのがメキシコのインフレ率への影響だろう。関税による直接的な輸入物価の上昇に加えて、為替レートのボラティリティ上昇もインフレ圧力となる。メキシコペソの対ドルレートはこの報道発表後に2.5%下落した。景気減速がインフレ上昇を部分的に相殺する可能性もあるが、中銀(Banxico)は金融緩和には慎重で、利下げサイクルが開始される可能性は極めて低い。むしろ為替レート次第では利上げが検討される可能性さえある。
6月10日に関税引き上げが発動されるかどうかとは別の問題として、USMCAの協議と両国の議会承認が遅れるのはほぼ確実であり、承認の遅れとともに企業は設備投資を見合わせることになる。特にメキシコ経済への打撃は大きいとみられる。米国の中国向け関税引き上げは、代替品目の輸入先としてのメキシコの製品の競争力を向上させるものとみなされてきたが、この理屈ももはや通用しなくなってくる。
新興国市場はグローバルな金融チャンネルと通商チャンネルの双方から影響を受ける。前者については、今後予想される先進国の金融緩和がドル安を通して新興国を支えると見られる。だが通商面では米国の貿易戦争に巻き込まれる個別新興国のリスクプレミアムは増大せざるを得ないのかもしれない。