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ストーリーとしてのDX

こんにちは。グローバルでDXの調査・支援をしている柿崎です。
今回のタイトルをご覧になり、一橋大学の楠木建教授の著書『ストーリーとしての競争戦略』を思い出した方が多いことでしょう。ベストセラーになった本ですので、読んだことがある方も多いかもしれません。

10年前の本にDXの原理原則がある?

この本が出たのは2012年ですので、ちょうど10年前です。もちろん「DX」という言葉は出てきません。しかし、この本には、DXの大前提が書かれているように思います。
最近のDXに関するイベントのテーマが細分化される傾向にあり、そのような思いが強くなりました。

例えば、日経グループのイベントを紹介しているWebサイト「日経イベント&セミナー」のDXに関するイベントのタイトルを見てみましょう。

『DX時代に活躍するためのUX実践入門 -なぜ全てのビジネスにUXが必要になるのか-』
『DXを加速させ新しい働き方を実現する「RPA/AI」』
『営業DX~デジタルの力で営業を変える~』
『経理・財務・会計DX~企業価値を高めるバックオフィスのデジタルシフト戦略~』

DXという言葉が広まりつつある中、イベントの主催者は他との違いを明確にする必要があり、視聴者にとってもテーマが細分化されているほうが分かりやすいことでしょう。

DXに取り組んでいる方は、このようなセミナーに参加することをお勧めします。ただ、前提に誤解がある状態で参加すると、弊害を及ぼす可能性もありますので注意してください。
この点が『ストーリーとしての競争戦略』で分かりやすく書かれていますので、引用したいと思います。
「戦略」「競争戦略」と書かれている箇所を「DX」にすると、私が普段DXの現場で得られた実感と同様のことが書かれています。

 個別の違いをバラバラに打ち出すだけでは戦略になりますせん。それらがつながり、組み合わさり、相互作用する中で、初めて長期利益が実現されます。ストーリーとしての競争戦略は、さまざまな打ち手を互いに結び付け、顧客へのユニークな価値提供とその結果として生まれる利益に駆動していく論理に注目します。つまり、個別の要素について意思決定し、アクションをとるだけでなく、そうした要素の間にどのような因果関係や相互作用があるのかを重視する視点です。

『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』 楠木建/東洋経済新報社

ストーリーとしてのDXの具体例

DXが成功している日本企業としてSOMPOホールディングスが有名です。以下の最近の記事では、同社がデータを活用して新規事業を展開していることが紹介されています。さらにGAFAに勝てる可能性についても言及されています。

これまでバーチャルデータを中心とするデータビジネスではGAFAなど米IT(情報技術)大手が大きく先行していた。だが今後IoTやAIの発展に伴い、日本人が得意とするものづくりや「おもてなし」の分野で一段とDXが進めば、リアルデータ活用では日本企業にも勝機が生まれそうだ。

2022/2/19 日本経済新聞 電子版

以下の昨年の記事では、同社のDXの教育に関する取り組みが紹介されています。

SOMPOHDは30年度までに国内全従業員にDXの基礎的な知識を習得させる。まず約1万7千人が23年度までに、AIなどの基本概念を学ぶカリキュラムを受講。デジタルに疎い中高年の意識改革を促し、管理職らにはさらに高度な研修の機会を与える。

2022/1/2 日本経済新聞 電子版

さまざまな打ち手を互いに結び付ける

新規事業開発と教育は、一見すると個別の要素のように見えます。しかし、事業部門側にDXの教育をすることで、新規事業のアイデアが生まれる背景があります。新規事業開発と教育は密接に関連しているのです。
「うちでもデータを活用してDXだ!」、「うちでもDXの教育だ!」と個別の要素に着目して真似をするのではなく、さまざまな打ち手を互いに結び付ける視点を持つ必要があります。
イベントで聞いた事例を個別にバラバラに打ち出すだけのDXでは、組織に弊害をもたらす可能性があります。

新型コロナウイルス以降、猫も杓子も「DX」と言う状況になり、「うちの会社はDXが遅れてしまった」と焦る方々がいます。
DXは組織の変革であり、一朝一夕でできることはありません。先述のSOMPOホールディングスのようにDXの教育から新規事業を生み出すような取り組みは時間がかかります。さらにDXの教育はあくまで人間が対応するアナログ中心の活動です。

本当に一般性の高い法則があれば、その法則を取り入れて、それに従ってやっていればうまくいくのですから、経営などもそもそも必要なくなります。「こうやったら業績が上がる」という法則は、大変に魅力的に聞こえるのですが、こと経営に限っていえば、そうした主張はどこまでいっても嘘なのです。

『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』 楠木建/東洋経済新報社

法則ではなくストーリー

いづれにしましても、DXに法則はありません。
優れたストーリーのあるDXは、その組織にとって固有のものであり、再現性がありません。DXをストーリーづくりからはじめるのはいかがでしょうか。同書の以下にあるように「静止画」ではなく「動画」づくりからはじめてみるのはいかがでしょうか。

戦略をストーリーとして語るということは、「個別の要素がなぜ齟齬なく連動し、全体としてなぜ事業を駆動するのか」を説明するということです。それはまた、「なぜその事業が競争の中で他社が達成できない価値を生み出すのか」「なぜ利益をもたらすのか」を説明することでもあります。個々の打ち手は「静止画」にすぎません。個別の違いが因果論理で縦横につながったとき、戦略は「動画」になります。ストーリーとしての競争戦略は、動画のレベルで他社との違いをつくろうという戦略思考です。

『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』 楠木建/東洋経済新報社

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