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「社内公募」が従業員の成長を促す理由~ミドルリスク・ミドルリターンなキャリア自律の選択肢が必要だ~

 Potage代表取締役コミュニティ・アクセラレーターの河原あずさです。たった1回の「社内公募」への応募が、人生を変えました。苦労した経験から、キャリア開発のお手伝いなどもしています。

  さてさて大企業が働き方を見直し、ジョブ型などの新しいワークスタイルを導入する中で「社内公募」の価値が見直されているようです。特に、従業員の自律性を促し、企業もキャリアの道すじを従業員と共に考えていく「キャリアオーナーシップ」の考えを取り入れる企業では、積極的に推進されているようです。記事に出てくるKDDIさんもそのうちの1社です。

 コロナ禍になって、自身のキャリアについて再考するビジネスパーソンも増えている印象ですが、一歩立ち止まって自身のキャリアを考えたいビジネスパーソンにとって、社内公募は大事なきっかけになると私は考えています。自分自身が、まさに社内公募をきっかけに、キャリアを大きく変えたからです。

 そして、社内公募の価値は、労働環境が激変し、キャリアの自律性がますます問われるようになった今の時代こそ、ますます増しているのではないかと考えています。このような時代だからこそ「ほどほどのリスクをかけて、適度な変化を促して環境に適応する」ためのキャリアの選択肢が必要で、社内公募の特性はその条件にフィットするからです。

 私の経験談と、最近考えていることを以下記していきます。相変わらずの長文ですが、最後までお読みいただけると(そして何かを感じたら「スキ!」を押していただけると)大変うれしいです。

1本の社内公募が「ここではない、どこかへ」症候群の自分の背中を押した

 私は2003年に富士通株式会社に入社しました。当時は就職氷河期で、出版業界に行きたかった自分は、何十社と狭き門の編集職を目指して面接を繰り返しましたが、結果的に高倍率の出版社の内定はでませんでした。そんな状況で急遽方向転換し、新卒採用が終わり始める6月から、出版社以外の会社を受けることを決意します。明らかに即戦力人材ではない自分は、しっかりと教育してくれて、長い目でみてくれそうな大手企業から内定をとろう!と心に決め、最後の最後の募集枠で、7月に内定を出して拾ってくれた会社が富士通でした。

 文系でも数百名と言う採用枠のあるSE枠で入社したものの、企業向けの堅い仕事はどうにも性があいませんでした。コンシューマー向けのビジネスをやりたいという気持ちは捨てきれず、悶々と外資系金融会社をクライアントに販売推進をする日々が続きました。正直、モチベーションの低い社員でしたし、上司からの評価も決して高くはありませんでした。頑張ろうとした矢先にメンタルの病気にかかったこともあり、ますます評価を落としていたように思います。

 入社3年目までの自分のモチベーションをギリギリつなぎとめたルーチンが、業務時間の隙間に、部署のクライアント企業の採用ページを見ることでした。なぜクライアント企業だったかというと、万が一誰かに見られたときに「クライアントの最新動向を知るためのリサーチだから」と言い張れると思ったからです。

 とはいえ就職氷河期でようやくつかんだ大企業の椅子です。リスクをかけたくなくて、実際の転職活動はしていませんでしたが「世の中には様々な仕事がある」「キャリアの選択肢は様々ある」という事実を確認することで「このままではダメだ」と焦る気持ちを落ち着かせていたのです。当時流行っていたGLAYの曲名を引用すると「ここではない、どこかへ」症候群とでも言うべき状態でした。今振り返ってもなかなかに情けない話ですが違う会社で活躍している空想の自分が、その当時の自分を気持ちを、かろうじて支えてくれていました。

 そんな日々を過ごしていた2006年の夏、ぼんやりとイントラネットのページをみていると、人事部門からの掲示を見つけました。上期の社内公募が始まったという内容でした。

 こちらの記事で、最近の社内公募の活性化が取り上げられている富士通ですが、2006年当時も公募がとても活発でした。いろいろな部門の公募をぼんやり眺めていると、関連会社のニフティが、興味深い公募を出しているのを見つけました。

職種:アーティスト
自分の特技を生かして、新しいWEBサービスを立ち上げる気概がある人を募集します
年齢、等級は不問です

 他の公募と比べてあきらかに異色で、見た瞬間に「ここではない、どこかへ」症候群にとらわれていた自分の中二心がくすぐられました。しかも、多くの公募では自身が要件を満たしていなかった等級についても不問だというのです。

 合唱をやっていたり、音楽ライターの真似事をしてたり、給料の大半をCDやライブに費やしていたりで音楽が大好きだった自分は「これが最後のチャンスかもしれない」と直感的に思い、当時流行っていた梅田望夫さん提唱の「Web2.0」の考え方をふんだんに盛り込んだ新しい音楽のウェブサービスのアイデアを誰もいない夜のオフィスで必死に考え、企画書に起こし、ひっそりと応募しました。

 おそらく自分の人事評価の低さや病歴はニフティ側もわかっていたはずですが、熱意が伝わったのか、あるいは「このままではいけない」「ここではない、どこかへ」という必死さが、表情や言葉や添付資料として提出した分厚い企画書から面接官たちに伝わったのか、面接から1ヶ月後に転籍内定の連絡をいただくことができました。

キャリアを「自分で選ぶ」練習としての社内公募

 上司にニフティからの内定を報告すると、社内公募による子会社への転籍はあまり前例がなかったのか、大変驚かれました(社内公募は、上司に伏せた状態で応募ができ、選考も所属部署には伏せて進められます。上司に知らされるのは、異動が内定したときのみです)。

 所属の事業部はニフティが管轄子会社になっていて「そんなに行きたいなら、知っている役員もいるし、公募なんて使わずに、俺に相談してくれればよかったのに」と言ってくれた上司もいました。けれども、公募を使って、自分からアプローチして転籍を決めたことは、とても価値のあることだったと今振り返ると思います。

 なぜならニフティへの転籍は、自分自身がはじめて、自分の意思で「こういうキャリアを進みたい」と決めて、自分で勝ち取った、自分が選んだキャリアチェンジだったからです。

 富士通への内定はなんとしても大手から内定を取りたいという不純な動機から得たもので、その先のキャリアのイメージも漠然としていました。しかし、自分で決めて、必死になって選考を潜り抜けた上での転籍は、心持ちがまったく異なっていたのです。

 上司のコネなどで仮に異動できたとしても「ダメだったら上司に文句言って戻してもらえばいいや」という甘えた気持ちがどこかに残り、転籍後に挫折したら富士通に戻っていたかもしれません。しかし、今回の転籍は、必死に考えて、企画をつくり、決死のプレゼンをして異動を勝ち得た自分にとっては「覚悟の上での片道切符」でした。

 その後(案の定)鼻っ柱だけ強く社会人として未熟だった自分は、ニフティでも数多くの挫折をしました。しかし、結果として富士通の元の部署に戻ることはありませんでした。自分で選んだ道を肯定するために「ニフティで何かを形にするまではよその場所には行けない」とばかりに、必死にくらいついたのです。そしてひょんなきっかけでイベント部門で未経験のイベントの仕事をすることになり、またひょんなきっかけでサンフランシスコに駐在派遣され新規事業をつくることになり、その結果として、コミュニティの専門家としての今の自分がいるわけです。そのあたりの顛末はこちらより。

 ニフティという会社が自分を育ててくれたわけですが、それだけ長い間(富士通米国法人への出向期間も含めると、資本が変わった関係で担当してた事業を東急グループに譲渡して離れるまで10年間在籍しました)決して楽ではなかった会社員人生の多くをニフティで完遂できたのは、自分でキャリアを選んだからこその覚悟があったからだと今でも感じています。あのときの社内公募は、私のキャリアオーナーシップの目覚めであり、表現はちょっと微妙かもしれませんが「キャリアを自分で選ぶ"練習"」として、とても有効なものでした。

ミドルリスク・ミドルリターンのキャリアチェンジを促す社内公募

 キャリアチェンジは常にリスクを伴います。そしてそのリスクがかかった分、相応のリターンを得られる可能性があります。そんな自分の経験も踏まえつつ、私が思うに「社外転職はハイリスク・ハイリターン」な選択肢です。

 転職には大きなリスクを伴います。会社の文化がまったく違うことが多いでしょうし、なじむまでに時間もかかります。異業種の転職はなおのこと、自分との相性があわないリスクが高くなります。社内でつちかった人的ネットワークもリセットされますし、1から作り直しになるケースがほとんどです。大企業から規模の小さい企業に転職した場合、給与も下がり、福利厚生も薄くなることが多いです。企業年金の積み立てもリセットされますし、ちょっとした賭けであることは否定できません。

 一方で「リスクとリターンの大きさは相関する」という統計学の基本原則が語っているように、大きな変化は、ハマった時には多大なるリターンを人生にもたらします。転職も同様で、1つの転職をきっかけに飛躍を遂げた知人を何人も知っています。

 比べると、社内転職は「ミドルリスク・ミドルリターン」です。同じ会社で異動すれば、文化のギャップは、他社への転職に比べて小さくなります。会社の文化にもともとなじんでいれば、新しい部門や関連会社でもすぐになじむことができるでしょう。社内でつちかった人的ネットワークもそのまま生きてきますし、むしろ他部門の土地勘がある人材は新しい部署でも重宝される傾向もあります。給与も等級も待遇も福利厚生も変わりませんし、年金積み立てもそのまま残ります。

 その代わり、リターンの幅も「ほどほど」になります。劇的に待遇が上がることもないですし、社内での評判はそのまま引き継がれることになるので、一発逆転を狙うには変化として小さいものになります。

 20代の私にとってはこの「ミドルリスク・ミドルリターン」のバランスが、ちょうどハマりました。ここではない、どこかへ行きたい。けど転職活動をする勇気はない。けどこのままではダメだという気持ちはある。自分で次のキャリアを選択したい。そんな繊細なバランスにあった当時の自分にしてみると「社内公募」という選択肢は理想的だったのです。

ミドルシニア層の再活性の機会として社内公募を活用できる

 さて私の事例でいうと対象は「若手」ということになりますが、今のご時世をみると、市場的に選択肢を多く持てる若手よりも、バブル期より以前に入社しているミドルシニア層の再活性に、社内公募は有効になっているのではないかと考えています。

 冒頭申し上げた通り、昨今キャリア自律に関する考え方が急速に労働市場に広まっていて、人材の流動性もどんどん高まっています。それはいい側面はある一方で、急速な変化に焦りを感じるものの、動くに動けないという方も正直少なくないのではないかと思います。

 特にバブル期に入社した人材から上の世代からすれば、大企業に長くいることが最も安定していて、リスクがない、理想的な環境だったのに、突然ゲームチェンジが起きたわけで、どうアクションしていいのか戸惑いが止まらないケースも多いはずです。

 ミドルシニア層にしてみると「給料もらうだけもらって、ぼーっと仕事してないで、意識をもうちょい高くして、自分のキャリアについて考えなさい。あなたの弊社における存在意義はなんだね?どうありたいのかね?」と会社から突然日々問われるようになったわけです。優秀な人なら、そのゲームにのっかるか、その方針が合わなければ退職して違う環境を選べばいいわけですが、多くの人にとってみると、変化の速さに面食らって「このままではダメだとはわかっているのだけど……とはいえどうしろと……」と取り残されていくわけです。

 中二病とはちょっと違うかたちの「ここではない、どこかへ」症候群が発生します。しかしどこかへいこうにも行き先が皆目見当つかないし、動こうにも怖くて動けない。そんなミドルシニア層に対して「ミドルリスク・ミドルリターン」の選択肢を用意するのは、とても大事なことだと考えています。

 私自身は試行錯誤の末、運の良さもあって自分の会社を起業して、ビジネスをつくれるに至っていて、世の中的に「なんとかなってる側」とみられる自覚はあります。しかし、キャリア迷子の時期が長く「どうしていいかわからない側」にいた私としては「このままではダメだとはわかっているのだけど……」という側の気持ちが、どちらかというと、とてもよくわかるのです。(そして、新自由主義的な風潮は両者を自己責任論でもって分断しているわけですが、この「なんとかなってる側」と「どうしていいかわからない側」の差って、けっこう紙一重なところがあるとも思っています。)

 しかし多くのキャリア施策をみると「なんとかできる」人たち向けの目線で設計されがちで「どうしていいかわからない側」の人たち向けの施策というのは、様々な企業の人事改革施策を見ても、なかなか見当たらないというのが実情です。せいぜいのところ、1on1面談の数を増やして、再活性のための研修を用意し放り込んで、リスキリング(能力再開発)を促すくらいでしょうか。けど、それだけではなかなかうまく行きません。研修などは、きっかけづくりにはなっても、行動変容を促すには、もっと根本的なマインドと環境の変化を必要とするからです。研修きっかけで変われる少数の人たちはそれでいいのだけど、変われない人は置き去りにされたままで、下手すると企業側は変われない側の人たちを「お荷物」扱いします。(そしてそう扱われた側の人たちは、敏感にその空気を察知して、ますますモチベーションとパフォーマンスを落とすのです)

 しかし社内公募は「ミドルリスク・ミドルリターン」の特性も手伝って、上手に活用すると、上記のような「ここではない、どこかへいかないとまずい」「しかし今更過大なリスクは払いたくない」という「どうしていいかわからない側」のミドルシニア層に対して、有効な施策になりえると私は考えています。

社内公募を上手に活用して成長の行動変容を促そう

 このような図でその理由を説明します。

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 この図は、アメリカのオレゴン大学の心理学教授のエリオット・バークマン氏が脳科学の観点から、行動変容のメカニズムをまとめたものを分かりやすく起こしてみたものです。横軸は、タスクやアクションへのモチベーションの高低を、縦軸はタスクやアクションに要求されるスキルや能力の高低(複雑さ簡単さ)を示しています。どんなタスクやアクションが該当するかは、グラフの中の行動例をみると、理解いただけるかなと思います。

 さてエリオット先生によると、成長を促す行動変容とは、主にこの4象限の左半分にいる人たちを、1段階、ないし2段階移動させていくことにより生まれるというのです。図で示すとこんな感じです。

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 まずやるべきことは、タスクへのモチベーションをあげてもらうことです。象限の左から、右半分への移動を促すわけです。

 このプロセスは「従業員に仕事への意義を見出してもらう」ことで成立します。
最近流行りのビジョン/ミッション/バリュー経営とかパーパスドリブンとかは、この範疇に入る施策です。

 「会社にいる意義を見つけなさい」と、そんなことを考えたこともなかった従業員にも突然要求するわけなので、実際のところ会社都合な文脈にはなりますが、その事実を受け入れつつ、押しつけがましくなく、従業員にもきちんとメリットのある状態で促していくと、右象限への移動は上手く行きます。(逆に、従業員にとってのメリットが用意されないまま「存在意義の押しつけ」になると、うっかりすると「搾取」構造が生まれちゃうので注意が必要です)

 その次にやるべきことは、象限の下から上半分への移動です。新しいスキルや能力開発が必要とされる仕事に挑戦してもらえるよう、徐々にシフトしていくわけです。いわゆるリスキリングの促進ですね。

 私の大企業社員として、そして研修講師、トレーナー、コーチとしての経験を踏まえると、ちょっと能力開発の研修をやったくらいでは、変化のきっかけにはなれど、それだけでリスキリングはなかなか進みません。

 「ストレッチゾーン」という概念が示すように、人は「自分にとってほどよい、気持ちよさとつらさの間のギリギリのバランスで負荷がかかっている」環境に身を置くことで成長します。この「バランスのとれた挑戦」ができる環境を用意して現場に放り込み、モチベーション高く働いてもらうことこそ、従業員に成長を促し、パフォーマンスを上げていく唯一無二の方法なのです。


 というわけで図に従ってまとめると「仕事への意義づけ」と「ストレッチゾーンへの配置」を組み合わせて、1段階ないし2段階、各象限を移動させることで、多くの従業員が右上の象限に移動できれば、それぞれがモチベーション高く、成長実感を持ちながら働くことができ、その結果パフォーマンスが上がる組織ができあがるということになります。

 そんな夢のような話が……と思う方も多いとは思いますが、実際私の実例をみると、ここが(たまたまにせよ)上手くハマったことがご理解いただけると思います。私が「どうしていいのかわからない側」から「なんとかなった側」への境界線を越えられたのは「自分で適切な負荷の環境を選択して、その環境で時間をかけて揉まれた」からだと思うのです。

 というわけで、私の場合はたまたまの要素も大きかったですが、社内公募を上手にデザインして「ミドルリスク・ミドルリターンのキャリア転換」の機会として提供できれば、組織において右上に移行する人材の割合を増やせるのではないかという仮説を持っています。その根拠を2つ以下に挙げます。

 ①人は自分の選択を正当化し、意義を感じる生き物である

 これは先ほどの私の転籍エピソードも物語っていますが、人の脳には、自分の選択を合理的なものだと信じて正当化する習性があります。自分の選択は正しいのだ!というバイアスが働くのです。この脳の特性は、仕事に意義を感じてもらう上で、非常に役に立ちます。自分で仕事を選べば「この選択は自分にとって意義のあることだった!」と自然と判断するようになるわけです。

 というわけで、左から右の象限に移行する上で大事なのは「降ってきた仕事をこなす」ことではなく「自分で選んだ仕事をする」ことです。この事実は、自分で仕事を選ぶ機会とを拡充する手段として「社内公募」が大いに役立つことを証明しているのではないでしょうか。

 ②人によって快適な仕事の難易度は異なる

 「ストレッチゾーンに身をおけば能力は身につくし成長する」と簡単に書きましたが、なかなか一朝一夕にはいきません。それぞれの従業員の挑戦への許容度に応じて、適切な難易度のミッションを与えて、習熟に応じて、上方向上方向にスライドしていく必要があるからです。

 注意が必要なのは、挑戦への許容度は、その人の価値観や持っているスキルや経験によって、人それぞれ大きく異なるということです。

 例えば、複雑でチャレンジングな仕事の代名詞である「海外での仕事」を例にとってみます。例えば、英語がペラペラで海外に住むことをなんとも思わないバックパッカー出身の平社員がいるとして、上司からすると「こんな平社員の若手には荷が重すぎる」と判断するかもしれません。しかし実際派遣されると、海外慣れしているし物おじしないので、大活躍できるということがありえます。

 一方で「海外にはエース人材を!」とばかりに、役員候補の有望マネージャーを派遣するとします。しかし、そのマネージャーが、学生時代から英語がトラウマレベルにできなくて、環境変化が大きなストレスになる人材だとしたら、辞令を受けた瞬間にパニックになり、仕事へのモチベーションとパフォーマンスが下がる事態になりかねません。

 この例が示す通り、個々人にとって「適切な難易度の挑戦の機会」を用意するには、それぞれの許容度や特性に応じた、高精度なマッチングが必要になってくるのです。

 では人事部のスタッフが個々人にとっての最適な難易度を判断できるかというと、残念ながらそうではないケースが多いのではと思います。直属の上司が分かっているかも怪しいものです。そう考えると、結局のところ、自身の許容度をいちばん分かっているのは、従業員自身なわけです。

 では従業員自身が、自分にとって最適な難易度の「ストレッチゾーン」を「社内公募」を通じて自己申告して選べる状況が生まれたらどうなるでしょうか。多少の見込み違いはあるかもしれませんが、少なくとも、あまり自分を理解していない他人に見立ててもらうよりは、高い精度で選べるのではないでしょうか。

社内公募を社内活性する上での課題

 ただし上記のようにうまく社内公募がまわるにはいくつかの条件が必要になります。

・ミドルシニア層向けの施策であることを認知してもらうために、ミドルシニア層の公募異動の成功事例をつくる
・異動というリスクに見合うほどよいリターンを準備する(待遇や労働条件の変更、学習機会の提供、裁量の付与など)
・従業員自身が、自身のスキル、経験、得意不得意を客観的に知る機会をつくる
・自己肯定感の低い従業員に対しては、挑戦のために自信をもってもらうためのコーチングプロセスを準備する
・いわゆる「目玉プロジェクト」や「人手不足プロジェクト」だけではなく、様々な難易度のプロジェクトや、特性にばらつきのあるプロジェクトが公募にでてくる状況をつくる
・「慣れ」を起こしかける段階で、定期的に、積極的に更なる挑戦領域への異動をいざなうメンタリングプロセスを準備する
・より流動的な人材配置になる中で、全社の人材配置バランスを維持するために、事業部門と人事部門が緊密に連携する

 これらの条件を満たしてしていくためには「人事部と事業部門が連携した中長期育成方針の徹底(流動性と事業の成立に必要な人材配置のバランスをとっていく)」「マネジメント層のコーチングスキル、メンタリングスキルの向上(従業員のスキルの可視化やモチベートする役割への中間管理職の転換)」「挑戦と人事評価の連動(動いたもの損な状況の是正)」などなどがあると考えられますが、字数がいくらあっても足りなさそうなので、これくらいで止めておこうと思います。

 今弊社では、「個人の主体的なキャリア形成が、企業の持続的な成長につながる」という考えの下、「キャリアオーナーシップ人材を活用し、企業の中長期的な成長を生み出していくには、どうしていくべきか?」を考えるコンソーシアム「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」のサポートをしています。日本では先駆者といえる8社(冒頭に事例に触れたKDDIさんも含まれます)が参画しているのですが、実際に、各社ともに筆頭の施策としてあげているのが「社内公募」によるキャリア自律の促しです。

  もちろん社内公募は、企業の中長期成長を促すための手段の1つでしかありませんが、社内公募に人生を変えられた私としては、もっともっと多くの企業に浸透してほしいですし、その鍵になるのは「ミドルリスク・ミドルリターン」というこの制度の特性なのではないかと思うのです。「ここではない、どこかへ」症候群に迷いながらとらわれて動くに動けない従業員のみなさまを救うための1つの方策として、ますます発展していくことを願っています。

※当記事はこちらの投稿募集のお題で書かれました。締め切りに遅れましたが、なにとぞご容赦くださいませ……

※リスキリングを促す研修プログラムもご用意しております。お問合せはこちらよりどうぞ。


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