複業の壁は「労働時間管理」よりも「労働時間通算」。過度な負担は“不本意”フリーランスを増加させる可能性。
どうも。弁護士の堀田陽平です。
今回は、「複業の壁」ということで募集がありますので、こちらについて書いていきます。
以前別の記事でも書いたように、私は、「雇用慣行」も複業の壁の一つであると思いますが、今回は法制面にスポットを当ててみます。
情報漏洩は「複業の壁」か
まず、以下の記事のように、情報漏洩のリスクは、確かにないわけではないでしょう。
しかし、それが「複業の壁」であるかというと、従業員を雇用している以上、情報漏洩リスクは常に存在しているはずです。
通常、企業は、労働契約(+秘密管理規程等の就業規則)で守秘義務を課すことや、適切に情報を管理することで、企業秘密を守っているはずで、複業との関係でも同様の対応が考えられます。
特に、複業に関しては、企業秘密が漏洩する可能性が高い場合には、不許可とすることができるので、社内で申告・許可制度を設けて、その点の審査をしっかりと行うことでクリアできるでしょう。
2つ以上で雇用される場合の労働時間の通算
複業の大きな壁として挙げられるのは、「労働時間の管理」の問題です。
労働時間や割増賃金等の労働条件について規制する労働基準法の第38条1項では、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。」と規定されています。
厚労省は、法文上はハッキリと書いていないものの、昭和23年の解釈通達以来、「事業場を異にする場合」には、事業“主”が異なる場合も含むと解釈しており、今年9月に行われた「副業・兼業ガイドライン」の改定でも同様です。
この解釈に従うと、複数の企業の下での労働については、労働時間が通算されて労働時間の上限規制や割増賃金の支払等の規制が適用されることとなります。
しかし、複業は、出向のような会社の命令行為ではなく、従業員が自由に行っているものなのに、「労働時間が通算されて規制がかかり、管理しなければならないのか」、という点が、課題とされています。
ただ、これはあくまで厚労省の行政解釈であって、法解釈の専権を持つ裁判所の解釈ではなく、裁判所は厚労省の解釈に縛られるわけでもありません。
また、学説上も、労働時間の通算は不要とする見解が有力に主張されています。
それでも労働時間を通算するという厚労省の解釈は、「何のため」、そして、「誰のため」の解釈なのでしょうか。
労働時間の通算は働きすぎの抑止となるか
労働時間の通算は、「長時間労働を抑制し、健康を確保するため」と言われます。
しかし、割増賃金規制は、「働きすぎを抑止する」よりは、働いてお金を多くもらうことで、「働きすぎを助長している」ともいわれます。
さらに、複業との関係では、複業先にとっては、1時間目からいきなり割増賃金の負担があり得るわけなので、複業先においては働きすぎの防止になるか疑問であり、複業そのものを抑制する可能性があります。
なお、健康確保のど真ん中の法律である労働安全衛生法という法律との関係では、通算は不要とされています。
誰のための労働時間通算か
複業を行っている人は、低所得者層と高所得者層とで二極化しており、「低所得者層にとっては労働時間を通算して働きすぎを防止する必要がある。」と言われます。
(出典)第155回労働政策審議会労働条件分科会厚生労働省提出資料より
しかし、複業先にとっては、1時間目から割増賃金を支払う必要がある場合があるため、コストに見合った高いスキルを持つ人を採用するはずで、結局、労働時間の通算は、“高所得者層のため”の解釈になってしまうと考えられます。
不本意にフリーランスになることも危険
「じゃあ、労働時間の通算がないフリーランスで複業しよう」という選択肢もあるでしょう。
しかし、フリーランスは「事業主」として、自分自身で事業の責任を負うことになるので、本当は雇用を希望する人が「雇用されないから」ということで“不本意”にフリーランスになるということは危険です。
壁は「時間管理」というより「時間通算」
厚労省の改定副業・兼業ガイドラインは、労働時間の通算を維持する一方で、労働時間の管理コストを軽減する方向を示していますが、その内容はかなり複雑であり、法解釈としても不明確な点があります。
私は、上記に述べたところから、労働時間“管理”ではなく、労働時間を管理できたとしても、“通算”されること自体が壁であると考えています。
特に割増賃金との関係については、1社であれば残業ができたかもしれないところを、複業であるがゆえに総体として法定労働時間内に抑制される可能性があり、大きな壁であると思われます。
高いスキルを持ち自律的に複業を行うことができる人とっては、「壁」はないかもしれません。
しかし、複業は、「職業選択の自由」として憲法上保障された権利でもあり、高いスキルを持つ人だけでなく、希望する人が「複業」という選択を可能にする仕組みが望ましいものといえます。