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産育休中のリスキリング、首相発言炎上で考えたい3つのポイント

 Potage代表 コミュニティ・アクセラレーターの河原あずさです。0歳6か月と1歳8か月の2人の子供を育てながら、会社を経営している、絶賛育児中のパパ起業家です。コミュニティづくりのノウハウを活かして、色々な方々のキャリア形成をサポートするお仕事もしています。

 さて、キャリアに関する仕事をしている、現役バリバリのパパ起業家からすると、ちょっと無視できない出来事が、1月の国会質疑をトリガーにして起こりました。与党議員と岸田総理の「産育休中の学び直し」についての質疑が報道を通じてクローズアップされ、SNSなどに波及し、現役育児世代を中心とした様々な反論を招き、大炎上を巻き起こしたのです。野党からも批判が起きて、岸田総理は陳謝する結果となりました。

 どのような質疑だったかを引用すると、このようなものです。

大家敏志参議院議員「産休・育休の期間にリスキリングによって、一定のスキルを身につけたり、学位を取ったりする方々を支援できれば、子育てをしながらもキャリアの停滞を最小限にしたり、逆にキャリアアップが可能になることも考えられます」

岸田総理「育児中など様々な状況にあっても、主体的に学び直しに取り組む方々をしっかりと後押ししてまいります」

https://rkb.jp/news-rkb/202301304654/

 この一連のやり取りが「育児中の環境に対して理解がないんじゃないか?岸田さん本当に育児したことあるの?」という、主に現役子育て世代の反感を買ってSNS等々で大炎上するということが起きたわけです

 実際に僕は、0歳1歳の年子を奥さんと協力しながら育てている育児当事者なので、このニュースを最初に見た時に同様の感想を抱きました。平たく言うと「イラっときた」わけです。イラっときたので、最初はちょっと皮肉めいたツイートをしてしまいました。(ちょっと反省しています…)

 ただその後少し冷静になってやりとりを眺めてみると、このイラっと来たポイントが、複数の要素が絡み合っていて、もっと丁寧に考える必要がある気がしたのです。というわけで当記事では、できるだけ客観的に、冷静に今回の炎上騒動について思うことを整理して書こうと思います。言葉足らずなところももしかしたらあるかもしれません。暖かい気持ちで読んでいただけると、とても嬉しいです。

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1月に起きた「育休中の学び直し」についての大炎上、2つの論点

 ツイッターではどんな感じで炎上したかというと、以下の2つの論点が主に言及されています。

 1つ目は「そもそも政府与党は育児のしんどさをわかっていない」という論点です。野党も含めて、このやりとりを批判する人の多くが言及しています。

 「どれだけ育児がしんどいことがわかっているのか!育児の大変さがわかってたら、子どもを育ててる真っ最中にスキルの習得とか、勉強なんてしてられないことわかってるだろう!そんなことできるわけない!」等々の世論が、この発言をきっかけにあふれかえる結果になりました。

 2つ目は、野党議員の皆様からはあまり指摘されていないですが、実際に「育休中・産休中に新しいスキル習得に成功している方(主に女性)はいる」という、考えるべき点があります。

 ITベンダーに勤める僕の知人は、最初の産育休のタイミングで「育休MBA」に出会い、そこから母親のキャリア支援をするNPO法人を立ち上げて副業で活動しています。知人の経営者の方は、奥さんのMBA進学を支援して、実際に奥さんは育児と勉強を両立されて日々頑張っていると言います。「産育休中は育児に専念するしかない」という世の中では、実はないという事実もあるのです。(だからこそ、産育休中のリスキリングという話が、マスメディアでも話題になるところまできたのだと思います。)

 さて問題なのはここからです。実は今回の騒動で「産育休中に育児に専念するものだ」という世論自体が、実際にリスキリングを育児しながら行っている人に、ある種の疎外感を与えているのです。例えばこちらの記事を書かれた村井裕一郎さんは、育児中に会社経営とMBA習得を頑張っている奥さんをサポートする身から、次のように語っています。

産休育休中のリスキリングについて
『育児して人間を学び直した方がよい』
『育児してない人の発想』
『真面目に育児をしたとは思えない』

というような言葉を並べることは、今、産育休中のリスキリングに取り組んでいる人にとって
『あなたは、人間を学び直した方が良い』
『あなたは育児をしていない』
『あなたは真面目に育児をしていない』

と、いっているのと同じように聞こえます。

https://note.com/ymurai_koji/n/n5baa73e1ef71

 なんとか育児や家事のやりくりをしながら(そして大事な大事な子どもと向き合う時間をジレンマを抱えながら削って)頑張って勉強したり、資格をとったりしたのに、なんで否定されなくてはいけないんだ…とそういう当事者からすると思うでしょうし、野党議員の「産育休中に学び直しなんてできるわけがない!」という断言に対しても心を痛めていることは想像に難くありません。

 頑張れば頑張るほど自己肯定感を削がれる結果になっているわけで、ちょっと世論と現状のねじれのようなものを感じます。

 そもそも、僕自身もばりばりの育児当事者ですが、奥さんの第一子妊娠がわかってから会社を起業して、日々時短勤務状態で、ビジネスと育児の両立に向けて四苦八苦している一人です。仮に「育児中なのに起業なんて」もしくは「起業中に育児なんて」と第三者から指摘されたとしたら、感情的になって反論することでしょう。奥さんも、今まさに再就職のために就活中で、そんな彼女も「年子がいるのに自分のキャリアを優先するなんて」と言われたならもちろん傷つくだろうし、僕はその相手に対して、マシンガンのような勢いで反論を繰り出すであろうことが目に見えています。

 やってみると分かるのですが、育児の大変さはそれぞれだし、みんな大変だし、けどキャリアについて考えるのも同様に大変だし、みんなジレンマに挟まれながら悩んで悩んでもやもやしながらどうするか(大抵は苦渋の表情で)決断しているわけですよ。「みんなちがって、みんないい」の世界だし、そんな事実に対して「これが正解」みたいな感じで価値観の押し売りのようなことが結果起きているのがこの現象だと思うのです。考えれば考えるほど不毛です。

 前置きが長くなりましたが、そんな現状も踏まえて、僕ができるだけ客観的に、自民党の大家議員さんと岸田総理のやり取りを見て「 ここがちょっとおかしくない?」って思う3つのポイントをご紹介しようと思います。岸田さん、まともに育児してなかったでしょ?という感覚もあるし、質問をした側の大家議員のピント外れさにいたってはさらなり、なのですが、できるだけ客観的に、冷静に「ここを意識して丁寧に発信しましょうよ」と思うことを、以下お話できればと思います。ちょっとでも届くといいなあ。

考えてほしいポイント①:優先度高く支援してほしいポイントは「そこじゃない」

 多くの現役育児世代が感じているところと思いますが、このポイント①が、現役の育児世代にもろに反感を食らった1番の要因だと僕は思っています。

 例えば、東京都の小池都知事は、先日、0歳から2歳の第2子の保育料を無償化するという政策を発表して、これが育児世代に大きな支持受けています。

 個人的なことを言うと正直、僕と小池さんは政治信条はかなり大きく異なるのですが、この政策に関して言うと本当に英断だと思っています。ニーズをしっかりととらえた、ピンポイントな施策を提供してくれているし、この施策が、第2子、第3子の産み控えをしている方々に与える影響は、とても大きいと考えています。

 有名なところだと、明石市長の泉房穂さんがとられている育児に関する政策も、現役育児世代から大きな支持を得ていますし、全国の地方自治体のいいモデルケースになっています。(新区長の森澤恭子さんが当選された品川区は、子育てにフォーカスした政策を実行すると打ち出しています)

 まず大事なのは、現役育児世代の「ペイン」(しんどさを感じている深い悩みごと)をできるだけ排除していく政策を、優先度を上げて着実に実行することだと思うのです。

 例えば、志望度の高い保育園にできるだけ入れられるようにするというのは、育児とキャリアを考える上で大前提ですが、自営業やフリーランスの方からすると、多くの自治体においてはポイントが優遇されず、保育園に入れることさえもそれなりのハードルを越える必要があるのが現状です(我が家のある東京都北区は「たまたま」自営業と会社員でポイント差がつかないのですが、多くの自治体では、勤め人の方が認可保育園の入園に際してポイント優遇されます)。

 ちなみに我が家のある東京都北区の場合(めちゃくちゃ大変な)年子だろうが双子だろうが、お母さんが育休中だったり、一時的にせよ退職して専業主婦をしている場合、子どもが認可保育園に預けられないという問題もあり、就労準備をするのもままならないのが現状です。「自分たちで考えて、向いているキャリアの選択やスキル習得をしたいけど、その選択が育児の足かせになる」ということが当たり前にあるのが今の保育制度の現状で、フリーランスや起業家を増やしたいと国が言いながらも、そこがまったく是正されていないのです。(ちなみに我が家はこのあたりのハードルもあって、認可を諦めて、東京都の独自制度でつくられた「認証保育園」に入れることにしました)

 「保育園がダメならシッターに預ければいいじゃない?」と言う方もいるかもしれませんが、シッターに関するサポートも行政によりまちまちです。東京都北区の場合は残念ながら、近隣の23区の中でもかなりサポートが手厚くないという現状があります。東京都のサポートは比較的手厚いですが、需要の多さもあってか超高倍率でなかなか予約が取れないのが実態です。都道府県×市町村の制度の掛け合わせや人口などの諸要因により、居住地によってシッターサポートから受けられる恩恵が大きく変わるわけです。

 保育園の倍率や受け入れも含め、住む場所によって、ちょっとした「ガチャ状態」になっていて、他の自治体では当たり前のことが、住んでいる自治体では当たり前に受けられないということがままあるのです。(ちなみに自営業の目線からすると、子どもを預けないと仕事にならない状況でも、シッター代は会社経費にもできないという現状もストレスです。)

 何が言いたいかと言うと、もし、産休・育休中の人たちに「学び直し」をしてほしいと思うのであれば、「誰もが望めば自分の時間を持てるような育児環境を政治主導でまずは整えてくれ」「子育てを支えてくれる施策を一歩一歩つくりだしてくれ」ということなのです。これはもう心の叫びに近いものです。

 それができれば、男性だろうが女性だろうが、双子持ちだろうが年子持ちだろうが障がいを持っているお子さんの親だろうが、就職したい人はできるし、学びたい人は学べるし……という状態をつくれるでしょう。けどそんな状態から現実が程遠い中「国は何もやってくれていない」という感覚が根強くあるからこそ、岸田さんのやりとりは、大きな反発を食らったのだと考えています。

考えてほしいポイント②:政治が育児当事者の分断をあおってはならない

 これは①の問題が大きすぎて、あまりクローズアップされていないポイントだと思います。なかなか繊細な話で、誤解なく伝わるかが難しいところですが、できるだけ客観的に書いていこうと思います。

 今回の件を受けて「実際に産育休中にスキル習得や学位取得をした方」が自己肯定感を失い「自分はリスキリングをしている」と胸をはって言いづらい、ある種タブーな話題になってしまったことは「ひとつの国会質疑が社会の分断を助長してしまった」という事実を表してしまったと考えています。個人的には、これは本当にあってはならないことだと思っています。

 大前提を言うと、いろいろな育児中の方々のお話を地域や保育園や周囲から見聞きすると「子育ての難易度は家庭によって大きく違う」という事実があります。シンプルに言い換えると、育てやすい子どももいれば、育てるのが大変な子どももいる、ということです。

 つまり、10家族いたら10家族とも「子育て」とひとことで言っても、難易度が違うわけです。言い換えると「育児中に学びなおす」と一言で言っても、家庭によって実現にあたってのハードルの高さがまったく異なるということなのです。ちょっと工夫をすればスタートを切れる人もいれば、よっぽどの手立てを時間かけてしないとスタートラインにすら立てない、そういう人もいるのです。

 その状況を踏まえずに「産育休中に積極的に学び直しましょう」というキャンペーンを政治や企業サイドがはった場合、「〇〇さんにはできているのに、なぜあなたにはできないんですか?」という無責任や発言がおこったり「〇〇さんにはできているのになぜ自分はできないのだろう…私が悪いのだろうか…」という育児当事者の自己否定が発生したりすることが想像できます。そして今回のような「やりたくてもできない人たち」が「できている人たち」を攻撃する事態が加速しかねません。

 その積み重なりが「できている人」と「できない人」の分断を生み、植え付けられるキャリア至上主義や競争原理も相まって、社会全体を殺伐としたものに変えていく恐れがあると思うのです。

 「公正でやさしい」「芯の通った」政治を信条とされている岸田総理が、そのような分断社会をつくりたいとは到底思えないので、今起きていることは彼の本意ではないと思うのですが、結果、彼の不用意なやりとりが、この分断を助長するトリガーを引きかけているということは、強く自覚された方がいいのではないかなと考えています。

考えてほしいポイント③:リスキリングという概念に対する「流行りに乗っかった感」

 これは、個人的に、どう説明したものか悩みつつ書いていますが、大家議員の質問にせよ、岸田総理のリスキリングに関する普段からの発信にせよ「流行り言葉をなんとなく読んでいる感」があるのが、違和感につながっていると思うのです。僕の誤解だったらいいのですが「リスキリングという概念をちゃんと理解していますか?」という素朴な疑問がどうしても浮かんでしまうのです。

 特に、大家議員の質問に関して言うと、企業側の都合が多分に含まれている気がしています。企業からすると、リスキリングはHR界隈でのホットな言葉になっているしそれをクローズアップしたいし、産育休中期間中もコストをかけて雇用を維持しなくちゃならないし、それがしかも男性にも義務化される中で「いいんですけど企業側に何のメリットあるのですか?」という疑問が、どこかある気がしているのです。「休みをあげるんだから、その間、スキルの一つでも習得してよ。どんなときでも学び直ししてくれないと、うちの会社でキャリアアップして賃金を上げていくのは難しいよ」もしかしたら、そういう思惑のようなものが社会のどこかに存在しているのでは?とちょっと思うのです。(そんなことはないと信じたいのですが…)

 もしですよ。おそらく経済産業省の方がこのあたりの政策や答弁の原稿を用意されていると思うのですが、その人たちが政策を検討するにあたり意見を聞くのが企業経営サイドの人たちに偏っていて、政治家の皆様にインプットするときもそのような方々にばかり意見をうかがっているのだとすれば「企業サイドの都合だけじゃなくて、もっと現場の人たちや現役世代の人たちが喜んで働いて生きれるように、みんなのメリットを偏りなく議論してよ」という反応が社会から起きてしまっても、仕方ないんじゃないかなと思うのです。

 これは僕のうがった見方だと思うし、誤解だと思うのですが、そういう誤解が生まれかねない「流行りに乗った軽い発信」をしてしまっていることが、ちょっと雑だったなと率直に思います。燃える材料がたくさんあるトピックなのに、質疑の原稿を官僚のみなさんはちゃんと事前チェックしていないのかな?と疑問に思うくらいです。

 こと「育児とキャリア」という問題は、本当に社会システム全体に矛盾や硬直化した壁のようなものが存在していて、それを一つ一つ取り除いていくような、丁寧なコミュニケーションが大事になるし、現役世代の納得感のある政策や施策を、分かりやすい言葉で、共感ある言葉で発信する必要があると思うのです。この辺りを雑にやってしまったことが、今回の炎上につながったのかなと思う次第です。

分断ではなくて、対話と着実な実践を通じて「育児とキャリアの問題」を解決していきたい

 いろいろと手厳しいことを書きましたが、結局のところ問題の多くは「発信サイドのコミュニケーションの拙さ」からきている気がしています。対話を重んじるという触れ込みの現政権の思いが、パフォーマンスとしては表現されていないどころか、分断を呼んでいるわけで、すごくもったいないですよね。

 目立つ言葉をクローズアップして分かりやすく政策を打ち出すことも時として大事なのかもしれませんが、対話を重んじるのであれば、ちゃんと現場の声を丁寧に拾いながら、しかもスピード感をもって政策に反映していただきたいですし、きちんと現役育児世代の共感を生むような言葉や振る舞いで、社会の複雑な構造を少しでもシンプルにひも解いて、社会全体を地に足つけながら変えていってほしいなと切に思うこの頃です。


Potageでは「ナラティブインタビュー」というキャリアサポ―トサービスもやっています。情報はこちらの公式LINEよりぜひどうぞ!

※編集協力 横田真弓(THE MODERATORS & FACILITATORS受講生)

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