「制度の説明義務」を企業に課すのは当然か。制度の説明は国の責務ではないか。
少し前の記事になりますが、以下のとおり無期転換権について、企業に説明義務(明示義務)が課されることとなる見込みです。
これは無期転換制度の活用が思うように進んでおらず、その原因が「そもそも無期転換制度が知られていないからだ」ということから、周知を徹底する趣旨のようです。
(参考)
https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001030891.pdf
このようないわば「制度の説明義務」は、育児介護休業法の、育児休業等の個別周知・意向確認義務でも見られます。
私としては、無期転換制度や育児介護休業制度の重要性という点を否定するものではないですが、「制度の説明義務」を当然に企業の義務とすることには少々異論を持っています。
企業側に説明義務がある場合はある
確かに、労働関係の訴訟においては、企業側に事実上の説明義務を課すような場面はあります。
例えば、残業代請求訴訟では、厳密には残業時間の立証は労働者側が行わなければならないのですが、労働者側が一定の労働時間の主張をしている場合に、会社側から有効な反論がなされていないような場合には、「労働時間に関する情報は会社が持っているはず。それなのに有効な反論がないのなら労働者側の主張が正しいのだろう」ということで、概括的な認定がされることがあります。
その他、解雇無効、配転命令無効、降格無効等の人事権行使の有効性に関する訴訟でも、それらの人事権行使の必要性や合理性について会社側が説明(主張立証)できない場合には、「解雇、配転命令、降格等の必要性、合理性に関する事情は会社が当然把握しているはずなのだから、これが説明できないのなら必要性や合理性がないのだ」という判断がされることになります。
企業は社内の労務・人事情報を持っていても制度についてはそうではない
さて、上記のように企業に説明義務(主張・立証)が課されるのは、それらに関する情報が企業にある(はずだ)からです。
確かに、これらの情報については労働者ではなく企業側が把握しており情報の非対称性があることから、これを是正するために企業に対して事実上の説明義務が課されることは理解できます。
しかしながら、無期転換制度は、平成25年4月1日施行の比較的新しめの制度であり、中小企業を中心に、企業側においても、聞いたことがあっても詳細は良く分からないという企業が多いのではないかと思われます。
また、育児介護休業制度については、頻繁に制度が改正されており、相当に複雑な制度になっています。実際、法律の条文は、読み替え規定が大量にあり、法律家でも読み解くのが困難な状況になっています。
そう考えると、これらの制度については、「労働者よりも企業側の方が知っている」という情報の非対称性が存在しないように思われます。
安易に企業側の説明負担を課すのではなくまずは国おいて周知の努力をすべき
確かに、企業が雇用する労働者に対して制度の説明を行うことは、制度の周知の観点から効果が大きいだろうと思われます。
しかし、今一度考えてみると、そもそも法制度の周知は国において行うべきものではないでしょうか。
それを、制度の周知状況が芳しくないからといって、安易に企業側に対して説明“義務”までを課すのは本来例外的であるべきであろうと思われます。
特に中小企業においては、新たな制度について理解するだけでも苦労しており、それを従業員に対して説明することを義務付けられることは、相当な負担であろうと思われます。
私としては、今後、このような「制度の説明義務」が当然のように企業に課される流れが作られることに強い懸念を抱いており、このような「制度の説明義務」は、国において周知の努力を尽くした後に初めて課されることを期待したいと思います。
※今年からジム通いを再開しました。頑張ります。