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コングロマリット・プレミアムを生む経営の条件

最近、伝統ある日米の有名企業が、会社分割を選ぶ発表が相次いでいる。

アクティビストファンドにとって、これは教科書に載せたいような展開だ。彼らの目の付け所のひとつは「コングロマリット(複合企業)・ディスカウント」—すなわち、いくつかのタイプが異なる事業が一つ屋根の下にあるとき、市場から過小評価されるという点が攻撃材料となる。

では、どれだけ過小評価されるのか?定量的には、ひとつひとつの事業をばらばらに、属するセクターの価値算定倍率(例えばEBITDAマルチプル)を使って企業価値算定し、その総和が複合企業の企業価値(時価総額とネット負債の和)よりも大きいということを証明する。ほら、ひとつにくくることで企業価値を損傷しているでしょ?経営陣がきちんと資源配分していないからだ、というわけだ。

この古典的な技法はSum of the Parts(部分の和)と呼ばれる。10年以上前に、私がある米系アクティビストファンドのアナリスト候補として入社試験(もどき)を受けたときに、依頼されたのはまさにこの計算だった。

もちろん、Sum of the Partsは机上の計算なので、必ずしも会社分割が本当に企業価値を高めるかは分からない。これまでの大きな会社分割の実績を振り返っても、ケースバイケースである。しかし、計算が容易なだけに、シンプルな説得力があることも確かだ。

Sum of the Parts論者は、経営陣が思惑をもって采配するよりも、しがらみのない株主が、個々の銘柄となる個別事業にポートフォリオ投資するほうが、市場の論理に合うと主張する。では、この議論に対抗するコングロマリット・プレミアムは存在するだろうか?この対抗が出来るかどうかが、今後の複合企業の存在意義を左右する。

コングロマリット・プレミアムがあるとすれば、その源泉は、ブランド、イノベーション創出、株主よりも(ひょっとすると)より良いポートフォリオ運営の3つに集約されるのではないか。

まず、例えば「総合電機」や「総合商社」の看板が示すように、一つ屋根のブランドには、規模と複雑性に裏打ちされるブランド力がある。情緒的かもしれないが、総合ブランドが、後光のように個別の事業を照らし、助けてくれる。

そして、そのブランド力が、優秀な人材を惹きつける。もちろん、この人材プールは、社内の人材流動性により、適材適所に配置されなければその力を十分に発揮できない。伝統的な日本の新卒一括採用には、特に分かりやすいメリットだろう。優秀だが専門の色が付いていない若者を育てる器として有効だ。

このような優秀な人材の確保は、優れたコーポレート機能につながる。これが、事業部をまたがるイノベーション創出の鍵となる。もちろん事業部の中で起こるイノベーションもあるが、イノベーションの本質が異質なものの掛け合わせであるとすれば、異なる事業を掛け合わせるビジネス・デベロップメント(BD)機能や、コーポレートに属する中央研究所の存在は無視できない。

特に、中央研究所のミッションは、事業部の中のR&Dとは異なり、長い時間軸でアカデミックに近い探求をし、学者と同様に論文の質などで評価されることも多い。大学で博士を取った後の就職先としても人気がある。会社分割により、このような組織が解体してしまえば、国の科学技術力にとっては痛手ではないか?株主価値以外のステークホルダーへの社会貢献を考えることが「新しい資本主義」の根幹ならば、この問題は一考に値すると考える。

最後に、株主よりも巧みなポートフォリオ経営を経営陣が物にすることは、大きな課題だ。かつて、ある複合企業の経営者が、ポートフォリオのとある事業を指して「資本市場にはできないXX事業を育てて見せる」とコメントしていた。

XX事業とは、「当たれば」利益が大きいものの、足が長く不確実性の高い事業で、資本市場にそのまま置けば評価されないだろうという意味だった。ところが、一つ屋根の下にあることで、ほかの安定した事業からのキャッシュを受け、息長く投資ができるという。非上場企業のメリットを、上場した複合企業の傘下で受けられるという主張だ。一般株主が非上場企業にアクセスしにくいことを考えると、まるで上場企業の株式に「宝くじ」がついてくるようなこの議論が通る余地があるのかも知れない。

このように、コングロマリット・プレミアムの議論は、会社そのものの存在意義に立ちもどるものとなる。そもそも複合企業に育った背景を考えれば、それも納得ができる。

例えば、部品会社として創業したが、ある部品を作るために工作機械が必要となり、市場になかったので自社で作った。そのうち、外販できるようになって工作機械事業となった―というような自然発生的な複合企業ストーリーがよく聞かれる。

まさに、イノベーションが複合企業を作ったのだ。問題は、複合企業がイノベーションを作り続けられるかという点にある。

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