自分を表すひとつの「肩書」が欲しい
肩書と聞くと、数年前までサラリーマンとして働いていた自分は、何かモヤモヤとした気分になる。
一般に肩書というのは、名刺で社名・部署名と自分の名前の間に刷り込んである役職名のことを指すもの、というのが一般的な認識ではないだろうか。
この意味での肩書がつくかつかないか、というのはサラリーマン生活を送る上では一つの重要なポイントである。肩書が何になるか、例えば課長なのか部長なのか、によって自分の給料・年収も、さらには裁量権も違ってくることになるので、いかにしてそれを獲得するかという、いわゆる出世競争とセットになっているものが肩書だ。
自分もそれは分かっていたつもりだった。しかし、会社にとってプラスがあるのであれば肩書もおのずとついてくるのだろうと、あまり組織論について理解していないサラリーマンだった頃の自分は勘違いしていたところがある。
現実には、会社にとってプラスがあるだけでは足りず、会社の方針に沿うものでありまた上司の意向に沿うものでなければ、仮にいくら売上げがあがり、利益を生み出そうと、この意味での肩書が得られないということを当時の私は理解していなかった。それは競争のルールを無視しているのだから、当然のことだ。
一方、独立してしまえばこの意味での肩書はほとんど意味がなくなる。自分の会社を作れば社長の肩書は自分が持つのが当たり前であって、この肩書を得るために何の努力も競争も必要がない。
独立しなくても、少なからず自分で主体的に仕事をする複業をしているような人にとっては、上に書いたような単線的な昇進・出世の目安としての肩書の意味合いは、曖昧になるのではないかと思う。
一方、今の自分が切実に欲しいと思っているものは、自分をシンプルにストレートに表すものとしての肩書だ。自分がどのようなことができ、どのような人間であるかということを一言で表すキャッチコピーのような肩書である。
今の私は、4種類の名刺を持っており、また1つの名刺に関して行なっている業務も、スタートアップや自分の会社のように小さな企業であれば、そこに一応の役職名=肩書として刷り込まれている以上の役割の幅をこなしているというのが実態。それは小さな組織なら当たり前のことだし、組織が違えば役割が違うのもまた当然だ。
一方、「どんなお仕事をしていますか?」「あなたは何ができる人ですか?」という問いに、シンプルにこたえられる肩書、あるいは職業名というものがないことには、独立以来どうしたものかと思っている。
英語で「肩書」がどのように訳されるか調べてみると、典型的には「タイトル (title) 」と「ポジション (position) 」という2つの単語が出てくる。
先に書いたサラリーマンの出世を表す意味での肩書はどちらかと言うと「ポジション」という言葉にニュアンスが近く、一方で、独立自営、あるいは複業で、自分がどのようなことができるか、どのような役割を果たせるのかということを表すなら、「タイトル」という言葉の方がニュアンスとして近いのではないかと気が付いた。
「ポジション」は自分が出世や降格をすれば他の人に譲り渡すものになるが、属人性の高い「タイトル」の意味合いの肩書なら、それは所属組織に左右されず、場合により一生涯にわたって自分を表現するものになるだろう。これは、以前書いた「人重視」と「役職重視」の違いにも通じるものがある。タイトルは人重視であり、ポジションは役職重視、ということになる。
これは、昨今にわかに注目されている「ジョブ型雇用」とも相性が良い考え方ではないだろうか。その人の「ポジション」ではなく「タイトル」に注目して人事施策を行おうというのが「ジョブ型雇用」と理解することも出来るのではないだろうか。
複業に関しても、複数の名刺を持ったり、そこに書き込まれるいわゆる肩書がいくつも出てくるということは普通だろう。しかし、その肩書は終身雇用が前提で一つの会社の中で単線的な出世の階段を上っていくという状況での肩書とは意味が異なるのではないだろうか。
そして、独立した私が今考えあぐねているような肩書の意味合いであるとすれば、つまり英語で言えば「タイトル」というニュアンスであれば、できればそれはその人個人を表すものとして1つであるほうが、わかりやすくて良いのではないかと思う。「ポジション」を表す肩書は、自分が置かれた組織ごとに複数あるのが自然なのとは対照的に。
ひとつのタイトルで括れない活動の場があるのであれば、場合によってはタイトルとしての肩書だけではなく、名前自体も例えばペンネーム・ハンドルネームのような形で使い分けていくことになっていくのかもしれない。単に肩書だけではなく、その人を表す名前もセットで変わっていくというのが、これからの当たり前になるのだろうか。
ともあれ、その人を一言で的確に表すキャッチコピー=肩書、であるなら、複業しているかどうかを問わず、1つが理想的なように思う。
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