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生産性を高めるなら、内向き志向の事業開発をまず辞めよう

最重要課題である低い労働生産性

労働生産性を高めることは、日本企業にとって直近10年間で最も注目を集めた経営課題の1つだろう。労働生産性とは、「事業を通して生み出された付加価値」を分子として、「付加価値を生み出すために費やした人的資源」を分母で割った値だ。日本の労働生産性は主要先進国どころか、新興国以下の低水準で世界最下位層が定位置になっている。2019年の労働生産性もOECD37カ国中26位だ。しかし、低い労働生産性と一言で表しても、その内実は変化している。

バブル期の頃の日本企業の生産性も、お世辞にも高いとは言えないものだった。非効率的な仕事の進め方に若手社員が疑問を投げかけると、「若い奴はすぐに手を抜くことを考える」と言って上司から雷を落とされるというのは昭和の時代の伝統芸だ。「神は細部に宿る」と言って、品質を高めるための長時間労働は長年、美徳とされてきた。それでも、日本が世界市場でコストリーダーシップを発揮できていたころは大きな問題はなかった。実際に、製造業に絞った労働生産性は00年代初頭まではそこまで低いものでもなかった。しかし、中国をはじめとした新興国の台頭でコストリーダーシップを失い、人口減少と高齢化社会が追い打ちをかけた。結果として、分子となる付加価値は低迷し、高コストの分母だけが残った。

変化する労働生産性の質

現在はデジタル化という新たな変化の波が押し寄せている。労働生産性の文脈で、デジタル化という言葉には2つの意味が含まれる。

1つは、DX(デジタル・トランスフォーメーション)と呼ばれる、アナログ業務のデジタル置換だ。デジタル化は、アナログに慣れている人からすると習得に時間と労力がかかり、直感的にわかりにくいこともあってメリットも見えにくい。しかし、算盤ではどう頑張ってもPCの演算能力に勝てないように、デジタルを使いこなす人材にアナログの人材は生産性の面でどうやっても勝てない。長篠の戦いで火縄銃の隊列に突撃する騎馬隊のようなものだ。新テクノロジーに対して、旧テクノロジーは成すすべもなく蹂躙される。

もう1つは、デジタル技術による事業の高付加価値化だ。デジタル技術をベースとした事業の強みは、世界市場への進出のハードルが低く、事業拡大の時の追加投資が比較的抑えられることだ。1度、システムを作ってしまえば、それを繰り返し使うことのコストが安い。そのため、利益率の高い事業を大きな市場で行うことができる。FAANG (Facebook ・Apple ・Amazon ・Netflix ・Google )と呼ばれる、デジタル技術によって世界に大きな変化をもたらした企業群のビジネスモデルが代表的だ。また、テスラモータースは電動自動車の製造販売会社である以上に、その事業モデルの本質は自動車のデジタル化にある。自動運転だけではなく、車の挙動や状態もオンラインで統御されている。テスラモータースの車は、ある意味、動くパソコンだ。

このようなデジタル化への対応に苦労している国がある。労働生産性が世界で最も高い国の1つであるルクセンブルクだ。金融業に強みを持つルクセンブルクは、フィンテックと呼ばれるように金融関係のテクノロジー人材の獲得で周辺国と比べて出遅れている。そのことが響いているのか、近年、労働生産性の成長に陰りが見えてきた。

下記の日経新聞の引用記事では、ルクセンブルクの直面する課題から、日本企業へのヒントとして、遠隔操作のロボットシステム事業を紹介している。特に、医療と介護領域などのヘルスケアでの展開に希望を見出している。

しかし、ここで1つの疑問がでてくる。近年、日本企業の進むべき新たな領域として、介護と防災が目立つが、果たしてその方向性に日本の未来は待っているのだろうか。

"Think Locally, Act Globally" となっていないか?

前述したように、デジタル技術による事業の高付加価値化の大きなメリットは、世界市場への展開がアナログと比べて格段に障壁が低いということだ。そして、世界市場への事業展開を想定した時に、基本となる考え方が "Think Globally, Act Locally(地球規模で考え、足元から行動せよ)" である。

典型的なビジネスは、自動車メーカーの世界戦略車だ。世界市場で販売することを前提に製品を開発し、実際に売るときに市場に応じて、ローカライゼーションで調整する。ビジネスとしては、世界全体で辻褄が合うようにすることで、結果としてビジネスの規模を大きくすることができる。

しかし、日経新聞の記事にあったように医療や介護領域での遠隔ロボティクスが世界市場のニーズにどれだけ合致しているのかというと不安を覚える。そもそも、商売は成長している市場で戦うものであり、世界の成長市場の多くは人口が増え、若者が元気な国だ。高齢化社会で、介護問題が身近な日本人にとって、医療や介護に関連したビジネスは発想がしやすいだろう。しかし、その発想は日本の特殊事情に寄り添い過ぎてしまい、内向き志向になっていないだろうか。

同様に、防災に関する事業も東日本大震災以降、至るところで目にするようになった。しかし、防災という事業ニーズも、日本の特殊事情に寄り添ったもので、世界市場で大きなビジネスに成長するかどうかは疑わしい。かつてのSONYのウォークマンのように、世の中に大きな変化や影響力を発揮できるようなポテンシャルは残念ながら感じにくい。

オックスフォード大学で社会起業家の博士号を取った友人が、今の世の中で世界で最も偉大な社会起業家は Google だと指導教員から習ったと語っていたことが頭から離れない。私たちは、生産性を高めることができるような高付加価値の事業やサービスを生み出すために、世界を大きく変えるような社会的なインパクトを追い求めることを辞めてはいないだろうか。

東京五輪とパラリンピックの選手たちは、世界で戦うことの素晴らしさを私たちに教えてくれた。生産性を高めるためにコストカットに乗り出すのではなく、それ以上の付加価値を生み出すために、ビジネスの世界で金メダルを狙うことが求められている。

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