円安功罪論の考え方~総論賛成・各論反対の実情~

円安功罪論の難しさ

円安の功罪を問う議論が盛り上がっています。新聞紙面でも関連の議論を見ない日は無いと言ってもいいくらいです:

為替水準が一国にとってプラスかマイナスかは経済主体ごとに違うため、総論と各論では結論が違ってくるでしょう。そしてどちらも間違っていないので議論はいつまでも平行線になります。総論は既に日銀が1月展望レポートで計量分析と共に示しており、黒田総裁が連呼する通り、「円安は日本にとってプラス」というものです:

しかし、各論はもう少し複雑になります。上の記事のヘッドラインにも示すように、マイナスを被る経済主体もいるわけです。当然ですが、円安に伴うメリットやデメリットはその対象となる経済主体が異なり、程度も異なります。

展望レポートでは円安に伴うメリットとして①価格競争力改善による財・サービス輸出の拡大、②円建て輸出額増加を通じた企業収益の改善、③円建て所得収支の増大が挙げられる一方、デメリットとして④輸入コスト上昇による国内企業収益および消費者の購買力低下が挙げられています。「①+②+③>④」というのが日銀の示す総論ですが、①~④の当事者となる経済主体は同じではないという各論の難しさがあります。また、①~③のメリットも程度はそれぞれ異なります。以下はそれを表にまとめたものです:

例えば、①は相当に議論含みです。日銀も、財輸出に関しては海外生産比率上昇や製品の高付加価値化などを反映し、「(財輸出に対するプラス効果は)近年低下している」と分析しているくらいです。また、サービス輸出は円安による旅行収支黒字の増加が思い起こされるものの、パンデミック下ではこれが蒸発しているためか、展望レポートでは殆ど言及がありません。①のメリットは弱っているのが実情なのでしょう。

もっとも、黒田体制が発足した直後から①のメリットにまつわるこうした問題点は指摘されていました。しかし、「①がなくても②があるから円安はプラス」という主張が当時は盛んでした。要するに「円安で企業収益が増えれば賃金にも波及する」という考え方です。しかし、過去10年弱、現実はそうした展開にまで至らなかったのは周知の通りです。

こうした中、残る最後の円安メリットでもある③の「所得収支の増大」は「近年強まっている」とされ、「企業のグローバル化により、わが国の企業が海外事業から獲得する収益、及び配当等を通じたその国内への還流額は、着実に増加している」と結論付けられています。海外からの所得移転額が増えることが国内の設備投資行動にも寄与しているとの指摘もありました。

これは相応の説得力が感じられます。過去10余年で「貿易黒字の消滅」を経験した日本ですが、これを補うように第一次所得収支黒字が増加しています:

国際収支発展段階説で言うところの「未成熟な債権国」から「成熟した債権国」へ段階が進んだと言えます:

実のところ、「安全資産としての円買い」が過去10年で弱体化しているとの事実は為替市場では慢性的に指摘されていました。しかし、「所得収支の増大」により経常黒字が安定的に確保されていたので、現状のように「円の信認」がテーマになることが避けられていたように思います。

今も経常黒字基調は続いていますが、資源価格の騰勢が「戦争・感染症・脱炭素」といった大きな「うねり」の中で恒久化した場合、その限りでもないという視座が大事だと思います。だから長期的な議論が今必要なのであり、巷説見られる1月は春節絡みの季節要因で経常赤字になりやすいとか、季節調整で見ればまだ黒字だ、などの主張は正しいと思いますが、議論の次元が卑近にも感じます。

話を円安のメリット・デメリットという各論に戻しましょう。以上のようなメリット分析の一方、目下懸念されるデメリットである④は、円安の消費者物価への転嫁に関して「近年、強まっている」と記述され、展望レポートでは小さな紙幅しか与えられていません。その直後に「このように、近年の経済構造の変化を考慮しても、円安は<中略>景気にプラスの影響を及ぼすと考えられる」という総論が導き出されるのでやや唐突感を覚えるのです。

 日銀の示す3つの留意点

こうした日銀の分析を総括すると、サービス輸出はインバウンド消滅で全く期待できず、財輸出の効果は薄れ、企業収益増大の個人消費への波及効果も期待が持てないことは過去10年で実証済みであるため、円安メリットは「所得収支の増大」一点張りという話になります。それが物価上昇による購買力低下を打ち消すのかどうかですが、展望レポートはあくまで「①+②+③>④」という計算に立ち、「全体としてプラス」という総論に辿り着いています。後述するように、これは経済分析としては正しように感じます。

但し、展望レポートはメリット・デメリットのほかに3つの留意点を挙げています。それは(1)円安であれ円高であれ、「安定」しない相場は悪影響を及ぼす可能性があること、(2)為替変動の影響や方向性は業種・事業規模で様々であり、輸入ペネトレーションの高まりを踏まえれば消費者物価への影響は強まっていること、(3)為替変動は株価や物価に与える影響など情勢次第でマインドに与える影響も異なること、です。結局、この(2)と(3)が④に対する補足のような位置づけになっています。

特に、現状との対比では(3)が興味深いでしょう。内閣府「景気ウォッチャー調査」のコメント情報(家計動向関連)を見ると、(A)2012年末~13年の「円安」は「株価(上昇)」と共に景気の改善を示唆するコメントの中で言及される傾向があったという。だが、その後の(B)2014年秋~15年の「円安」 は「物価(上昇)」と共に景気の悪化を示唆するコメントの中で言及されていたという。日銀総裁自ら「円の信認」を擁護しなければならないほど急速な円安(および資源高)に見舞われる現状が(A)と(B)のどちらの状況に近いのかは明らかです

「①+②+③>④」が総論として正しいとしても、これらの留意点も踏まえ、「①+②+③>④+(2)+(3)」と言えるのかどうかは判断しかねます。

 総論賛成、各論反対になりやすい円安功罪論

以上のような日銀の計量分析はメリットとデメリットを足し算して不等号を付ければメリットが上回るという話であり、それ自体に違和感はありません。というのも、メリットを享受する主体は恐らくグローバル大企業製造業が中心でしょう。一方、デメリットを被る主体は内需に依存する中小企業や家計部門が想定されます結果、前者の数字の方が大きくなり、「GDP(ないしGNI)が計算上はプラスになる」という総論はエコノミスト目線でも正しそうに思います

ですが、各論に目をやれば「メリットで得する経済主体」と「デメリットで損する経済主体」の間に超えられない壁があるという事実も残るでしょう。恐らく、この点は上述の留意点(2)で言及している「為替変動の影響や方向性は業種・事業規模で様々」の論点と深く関連しそうです。

円安功罪論に際して配慮すべきは、日銀が総論として示す「日本経済にとってプラス」があくまでメリットとデメリットを差し引きした結果であり、各論である「各経済主体の置かれた状況」にはさほど関心があるとは言えないという点だと思います。各論を検討すれば「メリットで得する経済主体」と「デメリットで損する経済主体」の間に埋めがたい溝があります。

こうした状況を踏まえると、円安は社会における優勝劣敗の徹底を促す相場現象と言えるかもしれません。両者を繋ぐ道をどのように構築・舗装すべきかに関しては、雇用や税などに係る制度改革といった大きな話になりそうであり、今回の本欄では深追いはしません。少なくともそれらは中央銀行の仕事ではないのは明らかだと思います。いずれにせよ円安功罪論争を「良い」・「悪い」と一言で総括するのは誤解を生みやすく、総論・各論の立場に整理した議論が必要と考えます。

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