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「初音ミク」インパクトinドイツ

2018年12月4日、ヴァーチャルシンガー「初音ミク」の公式コンサートがドイツのケルンで初めて行われました。日本国外ではアジアや北米でコンサートを重ねてきた初音ミクですが、パリ、ロンドン、ケルンを巡る欧州ツアーは今回が初開催でした。

初音ミクは現地の人たちからどのように見られたのでしょうか?ドイツの事例をまとめてみたいと思います。

公演前のメディア報道:かつてない規模でローカル紙が掲載

欧州ツアーの初回公演となったパリ公演を報じるニュースがドイツでも広く伝えられました。内容は、初音ミクの簡単な紹介と数日後にケルンでも公演を実施するという短信です。この短信はドイツ通信社(DPA)が執筆したものですが、画像は初音ミクのオペラ作品「The End」のものが使用されています。これはおそらく2016年にハンブルク公演が実施されたときの記者会見時に撮られた写真だと思われます。

注目すべきは、この短信記事の扱われ方です。初音ミクを扱うニュース記事としては過去にない規模で報じられています。ドイツの各地方紙をはじめ、同じドイツ語圏であるスイスやオーストリアさらにはリヒテンシュタインの新聞がこのニュースを取り上げました。
正直なところ、筆者は地方紙の掲載ルールに詳しくありません。各紙の判断により掲載されたのか自動で配信されたのかは分かりませんが、いずれにせよ、掲載されたローカル紙の数は10紙を優に超えていました。
これは筆者の知る限り、ドイツ語圏における初音ミクを報じたニュースとしては最大の規模となります。

公演後のメディア報道:TVや新聞など各種報道陣が公演にかけつける

次に公演後のメディア報道に注目してみたいと思います。ケルン公演での取材をベースにしたニュースが新聞やTVで報じられました。筆者も現地でコンサートを鑑賞しましたが、来場者へのインタビューはそこかしこで行われていた印象です。

まず、テレビですが、公共放送のZDFや子供番組のKikaは会場前に集まるファンや関係者にインタビューを行うなど会場の熱気と主催者の意図を丁寧に伝えています。民放大手のRTLも現地取材をベースにした報道があったようです。一部はオンラインアーカイブでも視聴が可能となっています。

新聞の取り上げ方は?

次に新聞の取り上げ方を見ていきましょう。ここではオンラインでも確認できた地元ケルンのローカル紙2紙と全国区の大衆紙に注目します。

ケルンのローカル紙「ケルナー・シュタット・アンツァイガー」は、初音ミクに熱狂し一体化するファンについて「ファンがコスプレをするのか、それともシンガーがファンの希望と憧れを映して見せるのか、卵とニワトリの順序のようなもので、決めることはできない」と初音ミクとファンの相関関係を表現。結びには、「初音ミクの歌声にオートチューン効果が加えられるときが特に複雑で、声を異化させるソフトウェアにより人工的に生成された声を人間らしく聞こえるように操作している」と解説していました。コンサートでの体験をベースにヴァーチャルポップスターとはどういったものなのかについて考えてみるなど、真摯な姿勢が記事から読み取れました。

対照的だったのが、同じくケルンのローカル紙である「ケルナー・ルンドシャウ」でした。「声に関しては、人工的に作られていることで、甲高い歌声になっており、慣れが必要だ」としたうえで、ステージパフォーマンスに関しては、「動くADHS(多動性障害)のコミックキャラクター」とかなり辛辣な表現。記者によると、そう感じた人は「年を取りすぎた、またはオタク性が少なすぎる」のだそうだ。これは記者自身に当てはまることなのかもしれないですね。最後はもっと辛辣で、「自己紹介によると彼女は16歳で158cm、体重は42kg。はっきりとした拒食症だ。」と記事を結んでいます。
かなり「初音ミク」に違和感を感じた旨が書かれており、これはこれで興味深い反応のひとつでした。

最後に全国区の大衆紙「ビルト」にも触れておきましょう。同紙は「偽りのポップスターが本物の公演」と短い記事を掲載。現地でインタビューに応じた二人のコスプレイヤーを写真付きで紹介しました。大衆紙ということもあり内容は基本的にありません。ただ、このような大衆紙に掲載されることで、この初音ミクのケルン公演が一般社会にもかなり広く伝えられたことは事実です。

現地の人の感想は?

現地の人の感想はどうだったのでしょう?FacebookなどのSNSの各コミュニティを散見したかぎり大好評だったようですが、批判や苦言もみられました。1番多く言及されたのは、開催日が平日の火曜日だったことです。ロンドンとパリが週末に開催されたこともあり、ドイツだけなぜ平日になったのかという不満の声です。これは週末の開催であればさらに動員数を伸ばすことができた可能性を示すものとして考えることができるかもしれません。次に多かったのは、グッズの売れ切れについてでした。ケルン公演ではVIPチケット保有者の後に入場した一般入場客のあいだでグッズが買えないという事態が起こっていました。実際にどの時点でグッズが完売したのかは知りませんが、現地や公演後のネットでも、購入を楽しみにしていたファンたちの失望を見聞きすることが度々ありました。

公演後、フロアの様子を見に来ていた関係者に印象を聞くことができました。およそ「平日にもかかわらず、これだけのファンが集まってくれてよかった」と、喜ぶ一方、安堵の表情も見せていたように感じました。

最後に紹介するのは、会場で出会ったドイツ人エンジニアから後日もらったコメントとなります。

シュテファン・シュテンツェル氏は人口歌声合成に関する技術開発を専門分野のひとつとする開発者です。音楽会社Waldorf MusicにてCEO兼CTOを務めた経験を持つ彼に初音ミクはどう映ったのでしょう。

シュテンツェル氏は、「もしかしたら、ミクをめぐるカルト人気は人間のスターに対する抵抗のひとつなのかもしれない」と感じたようです。また、アメリカのトランプ大統領の登場以降、アメリカの支配的なポジションが薄れつつある点に触れ、「(アメリカは)もはや若者の理想ではなくなった」のかもしれないと推測しました。そして、人気の理由として日本の文化が独自の美的感覚を有していること以外にも、「われわれヨーロッパ人がより近いと感じることができる価値観を日本は持っている」と感じたそうです。

実は、シュテンツェルさんには技術的なコメントをもらいたいと考えていました。想定外のコメントでしたが、会場でコンサートを体験した欧州のいち大人の意見として紹介させていただくことにしました。

初音ミクがドイツに残したインパクトとは?

以上、ドイツの初音ミク公演の反応をまとめてみました。各種メディアのものから、ファンやファンでない外部の人など、様々な意見がありました。そこからうかがえるのは、賛成、反対を超えて、この初音ミクというヴァーチャルシンガーについて考えてみようというドイツの人々の心を動かしたということは言えるのはないでしょうか。今後の展開が非常に気になるところです。







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