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【ご意見募集】僕たちの未来を変えるプロダクトとは?

現在、日経本紙との連動企画として、この話題に対してご意見を募集しています。いただいたご意見は6月に日経本紙でご紹介させていただく場合があります。このページの下部にあるコメント欄に、ぜひみなさまのご意見をお寄せください。

平成から令和になった。10連休にマスコミ、新聞、雑誌、ネットでは、平成の30年はどんな時代だったのかの振り返りと、令和時代はどうなるのか?なにを期待するのか?という特集が多かった。「人口減少」「高齢」「少子化」「スマホ、AI」「グローバル」「インバウンド」「格差」といったワードが飛び交うが、ごちゃごちゃと複雑で、なにかよくわからない。

「文化」という言葉もよくでてくる。この言葉も、「伝統芸能・美術」とごちゃごちゃになって、わかるようでわかりにくい。文化はCultivateが語源で、土地を耕し、種を蒔き、水・養分を与えて、育て収穫し、良い種をとって、また蒔く…その繰り返しがもともとの語源。つまり文化とは耕作・栽培、派生して醸成・洗練を意味し、先人の技の本質を承継して「あるもの」を、ある一定の品質以上に、代々つくりつづける方法論と私は考えている。

その「文化」が弱まっている。文化はどのように生まれ育てられるかは、「風土-感性-文化」という関係性で考える。人は日々無意識に繰り返し繰り返し、身を置く「場」のなかで、「感性」が刷りこまれ鍛えられる。このプロセスから「文化」がうまれ、磨かれる。人もそう、組織もそう、まちもそう、ものづくりもそう。

自然やインフラや技術開発や制度や人口構造の変化によって、「風土」が変われば、日常的に接する感性が変わり、文化が変わる。このプロセスのなかで、「感性」が大事。ライフスタイル、ビジネススタイル、ソーシャルスタイルという方法論が磨かれ、劣化したりする。この「感性」が弱まると、過去から現在、未来に流れるモノ・コト、外と内でうまれるモノ・コトの「本質」が読み解けず、様式・方法論へと翻訳・編集する「文化力」が効かなくなり、結果としてコードをモードに転換できなくなる。そしてコードがコードのままに受け入れようとするから、意味がわからなくなる。これがモノづくり、まちづくり、企業、教育の課題である。そんななかこれからどうなっていくのだろう。

ということで、令和時代「僕たちの未来を変えるプロダクトとは?」のご意見を募集します。

なお、本企画は日経新聞本紙との連動企画のため、いただいたご意見は6月の日経新聞にてご紹介させていただく場合があります。また、さらなる連動企画として、日経COMEMO主催にて「僕たちの未来を変えるプロダクトとは? ~役立つだけじゃ売れない時代のモノづくりについて考える~」と題したイベントを5/17に開催します。人を幸せにするロボット「LOVOT」の開発者であるGROOVE X代表 林要さんをお招きし、一過性の消費で終わらない、暮らしをデザインするモノづくりについて議論します。

詳細・お申込みは↓からどうぞ


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過去と現在・未来をつなぎ、内と外をつなぎ、多層的な情報を編集・翻訳し、中長期ならびに技術と社会をつなぐ文化の方法論から、生活・社会・経済の今とこれからのあり姿を考え、発信していきます http://www.og-cel.jp/

コメント5件

(500文字に収まらず、ルール違反ながら三分割にてコメントします)
①環境技術やデザインに携わっていると、常に問われることが「自然」との関わり。「共生」や「里山」などは日本人には馴染みがいい。ただ、「風土」は曲者で、「風土」という言葉のなかに「暮らしや文化」が入り込んでいるため、時代にあわせて「風土」も少しずつ変化する。一方で「自然」は悠然と構えていて、人間が主因といわれる地球温暖化さえ飲み込んでしまうかもしれない。その「風土」を、池永さんが「風土-感性-文化」と柔らかい知性で織り込まれた。
自分のなかで以前から道標になっているものが「風土産業」という考え方。大正、昭和と長野県で教鞭に立たれた三澤勝衛氏の言葉で、大きな概念である「風土」を「地域の自然力」として身近に引き寄せ、そこから生まれる農業やモノを「産業」として一括りにしている。
谷筋ひとつ変われば、温度、湿度、風向きだけでなく、水も土もすべてが変わる「風土」を相手にした農業がもつ知恵と工夫に潜む価値に気づき、その「活用」にまで言及した人がこの時代にいたことに驚く。(②へつづく)
②「自然を守ろう、大切にしよう」では本質に迫れず、モノづくりの指針にはならない。「風土産業」における「活用」には、「人為による風土の補充」を含み、風土を読む力こそ地方振興の基礎と言い切る。「未来を変えるプロダクト」のヒントがここにある。
河川の高低差を使う水力エネルギーは土地に根ざす。一方で、産業革命は、化石の燃焼力で蒸気機関をまわすため、土地には属さず成立する。より安価な労働力を求めて産業が移動し、現在は、その圧倒的な延長線上にある。
私たちが「風土」に戻るべき理由は2つで、ひとつは持続可能な産業の創出。イナゴのように世界中の資源と労働力を食い荒らすのは、もう終わりにしたい。もうひとつは、池永さんが指摘する「コード」を「モード」に転換する力を取り戻すために、「風土」を見直すこと。
「風土に訊き、風土に従う」(三澤)という姿勢でプロダクトに臨むには、地域の素材、技(わざ)、そして、暮らしの見直しが不可欠。いまは、余裕ができた年輩の方々や、新鮮な感性の若い世代にこの感覚は広がり、希望はある。一方で、プロダクトは市場経済のなかの勝負。工芸品の復活とは異なる考え方や仕掛けが必要だ。(つづく)
③アメリカのキリスト教一派であるシェーカー教徒は、独自のコミュニティを形成し、規律を厳格に守り、自給自足の質素な生活をおくり、そこから生まれた手づくりの美しい暮らしの道具が世界のデザインに影響を与えてきた。理想的な暮らしを求めるコミュニティというと、いかにも閉鎖的なイメージだが、彼らは、市場経済を全否定したわけではなく、それらの道具を販売しコミュニティ運営を支えていた。残念ながら、手づくりの価値よりも、利便性やファッション性を重視する強烈な動きのなかで、すべてのコミュニティが生き残ったわけでないが、ここにも、未来のプロダクトを考えるヒントが潜んでいる。
地域の風土のなかでモノづくりすると、素材も加工も限定されるが、経費や資源は大きく節約され、世界経済の影響も少なく、生産が安定し、自然由来により品質は高まり、それらが総体としてプロダクトの「個性」となる。「風土産業」の概念をいまに活かし、閉じたコミュニティではなく、価値を認める人には、直接、届けることができる。そのような地域こそが「未来のプロダクト」の揺りかごになる。入口論にすぎませんが「未来のプロダクト」に対する意見です。(おしまい)
プロダクトがどうのという以前に、2ランク上の安全規格とその製品安全認証制度の制定を早期に実現し、世界の製品安全、労働安全をリードするようでなければ、早晩、先端技術で世界をリードすることなど、出来ないのではないでしょうか?

シンドラーエレベーターの死亡事故をスイスの企業が引き起こしたことなどと勘違いしてはなりません。我が国の製品安全・労働安全行政が、自国民を守れなかったということでもあるのです。

その点で、サイバーダイン社のリハビリ用パワースーツの治験がドイツの医療機関で行われ、CEマーキングの認証取得もTUVラインラントというのは、どのような判断からなのか、逆に取材して来て頂きたいくらいです。日本の医療機関や認証機関ではダメだったのでしょうか?
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