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下がりにくくなっている米国のインフレ率~上昇圧力は「財」から「サービス」へ~

実質所得環境の悪化が継続中

米国株の調整が続いております:

背景は言うまでもなくFRBの正常化プロセス、その大元にあるインフレ懸念となります。当初、エネルギー主導で一時的と評価されていた米国のインフレ率は明らかに様相が変わり始めており、焦る当局の胸中も理解は出来ます。5月11日に発表された米4月消費者物価指数(CPI)は総合ベースでは前年比+8.3%、食品とエネルギーを除くコアベースでは同+6.2%といずれも市場予想の中心(それぞれ同+8.1%、同+6.0%)を上回りました:


米CPIの加速は昨年春(4月以降)および昨年秋(10月以降)の2段階にわたって起きています。よってここから半年間におけるインフレ率の伸び鈍化はベース効果を踏まえれば、予め想定されたものです。しかし、既にウクライナ危機を経て資源価格全般が押し上げられておりヘッドラインの伸び率自体はどうしても高くなりやすくなっています。失業率の低位安定が示す通り実体経済の需要は非常に強いものがあります:

片や、戦時下で供給能力が回復する見込みはありません。その結果、金融引き締めで需要を押し下げて縮小均衡を図るしかないのが今のFRBが置かれた厳しい状況と言えます。現在の米国では総合ベースで8%前後のインフレ率が続く一方、平均時給は5~6%程度にとどまっている。結果、実質所得環境は悪化が続き、人々の消費投資意欲は衰える。図表に示すように、実質可処分所得は昨年9月以降、趨勢的に前年比でマイナスが続いています:

こうした所得環境にかかわらず辛うじて消費が増勢を保っているのは、米国特有の「所得以上に消費する」という文化の賜物でしょう。5月6日に発表された米3月消費者信用残高は年率換算で前月比+14.0%と大幅に拡大しています。とりわけクレジットカードなどの「リボルビング払い」ローンが同+35.3%と急増しており、これは1998年4月以来、約24年ぶりの大きさでした。こうして家計債務が積み上がることも経済の不均衡を大きくするものでありFRBにとって抑制すべき対象となります:

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN06BCJ0W2A500C2000000/

 
「財」から「サービス」へシフトする米国のインフレ

昨年来、住宅価格上昇がCPIの4分の1を占める帰属家賃を高止まりさせる影響が注目されてきました。4月CPIにおける帰属家賃は3月の同+0.4%から同+0.5%へ若干加速しており、落ち着きはまだ確認できません。住宅価格自体が昨年中頃にピークを付けていることから、帰属家賃がCPIを押し上げる構図も徐々に後退していくことが期待されますが、現状程度ではFRBの警戒は解けないでしょう:

また、もう1つの注目項目である自動車関連では新車が同+0.2%から同+1.1%へ加速しており、中古車も同▲3.8%から同▲0.4%へと下落幅が大きく縮小しています。住宅や自動車など過去1年のCPIを支えてきた項目の存在感はまだ健在と言わざるを得ません

一方、ここにきて新たに伸びの目立つ項目として航空運賃(Airline fares)があり、2月は同+10.7%、3月は同+18.6%と2ケタの伸び率を記録した上で加速しています。これは米国のインフレ率が供給制約に伴う「財」中心から旅行や外食などに象徴される「サービス」中心にシフトしていることを示しているでしょう。財の物価は供給制約と共に落ち着く見通しが立つものの、事実上、賃金の「塊」であるサービスの物価は一度上がり始めると緩やかにしか落ちません。この点は4月のIMF春季経済見通しでも指摘されていた事実であり、米国のインフレはその他地域のそれと比べて「もはやエネルギー主導ではない」という怖さを抱えています:

こうしたインフレ状況を受けてFRBが従前の姿勢を変えるとは考えられず、先行きの成長に賭ける株式市場が動揺するのも至極当然の展開と言えます。裏を返せば、4月の政策理事会後の会見において、FRBの正常化プロセスになぜ追随しないのかと問い質されたラガルドECB総裁が「(両者を比較することは)リンゴとオレンジを比較するようなものだ(comparing apples and oranges)」と一蹴した背景にはこうしたインフレ構造に関する根本的な差異があったことを知っておくと分かりやすいでしょう。日本では「欧米」という括りで議論が交わされがちですが、もはや欧州と米国の間には大分、実体経済の力強さに関し、距離が出来ている現実があります

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