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ファミリーシップの時代: 未来思考で「家族」の概念をアップデートしよう

(Photo by Norbu GYACHUNG on Unsplash

「すべての人に婚姻の自由」を認めない日本

今月20日、わたしはこの日、同性婚の棄却判決をいつもと違う距離感で受け止めた。その前日に大阪プライドセンターの主催するイベントで、同裁判の原告の同性カップルの方たちと一緒に、わたし自身がレインボーパレードのクルーズ船に乗っていたからだ。

彼らのニーズはとてもシンプルである。「愛する人と結婚したい」、ただそれだけだ。クルーズ船から手を振るわたしたちに、多くの人が手を振りかえしてくれた。まるで世界のみんなが、彼らを祝福しているようだった。

しかし翌日、次の記事が示す通り、訴えは棄却された。国の「結婚の目的は子育て」ととれる主張に対して、裁判所が「歴史的、伝統的に社会に定着している」と後押しした形になったという。

もし結婚が子育てのためのものであると、国が心から信じているのであれば、「同性婚カップルが結婚して子育てできるようサポートする」制度をつくる、という方向の議論もできるはずだ。

「同性婚を認める」を越えて、「LGBTQカルチャーから学ぶ」社会に

このイベントに参加し、わたし自身がとても印象に残ったことは、「すべての人に自由を」と主張するLGBTQの当事者と支援者たちが、「すべての人を思いやるあたたかさ」を体現していたことである。「LGBTQのコミュニティのもつ文化が心地よい」と、参加した多くの人が感じたと思う。

以前、南三陸町で震災後の地域活性化に長く取り組んできた地元経営者が言っていたのだが、「大津波があってたくさんの人が亡くなった直後の避難所で、人々が本当に心一つに助け合う状態を初めて経験した。ある意味で、究極の良い社会であると感動した」ということを聞いて、驚くとともに深く納得したことがある。

もちろんまったく状況は異なるが、「世界の不条理さに打ちのめされつつも、目の前の人を心からケアする心を忘れないで行動する」という意味では、震災後の助け合いとLGBTQコミュニティの文化には、共通したあたたかさがあるのではないだろうか。難しい環境の中でこそ、皮肉にも「社会の理想の姿」が立ち現れるのだろうか。

「家族はこうあるべき」を手放す

世界に対立をもたらす原因の多くは、「何が正しいか」という論議から生まれていると思う。だからこそ、まず「家族はこうあるべきだ」という考え方を誰もが手放すところから始めたい。

そして、「一人ひとりにとって多様な家族の形があっていい」というところに基点を置ければ、誰もがもっと幸せになれるのではないだろうか。

近い将来、同性婚は認められていくだろう。男女別姓もしかりだ。数十年後に振り返ると、「そんな時代もあったんだ」ということになるだろう。これから数十年かけて、過去のあるべき論に基づいて作られたほとんどの制度が、一つひとつ多様性包摂を前提とした制度へと置き換えられていくだろう。これは、大きなトレンドなので、後戻りはしない。

であるならば、今から私たちの意識や概念だけでも多様性包摂前提へと変えていき、そのあと制度はゆっくりついてくると考えられないだろうか。家族はファミリーシップと呼んで、「一人ひとりにとっての家族の多様な形」を尊重し合えるといい。

自治体、企業のサービス、そしてコミュニティから、家族の概念をアップデートしていけば、最後に国が変わるものなのだから。

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